2060年の予定

「アダムと一緒に買い物に来ると、つい予定外の物まで買っちゃうんですよね」
 レオナは洋服やアクセサリーの入ったショッピングバッグをいくつも持って苦笑いしている。
 アダムに誘われてショッピングセンターに来るといつもこうなのだ。レオナがちょっといいなと思った洋服などを手に取ると、すぐアダムは、
「それ可愛いな」
 と言ったり、「試着してみたら」とか「このネックレスも合わせたら似合う」とか勧めてきたりする。レオナもそう言われてまあ悪い気はしない。で、気がついたら買いすぎてしまうというわけである。
 そのことをレオナに言われて、アダムも笑いながら肩をすくめている。
「いやいやそれは精神的鍛錬が足りない。俺は俺の美的感覚に照らして思ったことがそのまま口から出ちゃうだけだもんね」
「あと、この間アダムに褒められてつい買っちゃった服でドロシーに会ったら、『レオナちゃんが派手な女になってる!』――って言われちゃいましたよ」
「いいじゃん、実際似合ってるんだから。今着てる服も」
 と、アダムはレオナの着ている鮮やかなグリーンのブラウスを指して、
「この前、一緒にアウトレットに行ったときに買ってたやつだろ? やっぱり可愛いじゃん。そういう綺麗な色も似合うよ、レオナ。君ってスタイルもいいし」
 とまた調子のいいことを言う。
「お世辞じゃないよ。俺、そんなこと言えるほど器用じゃない」
――ありがとうございます」
 アダムがそういうふうだから、レオナも無駄遣いしたという気はしないのだが。それに、今まで色彩に乏しかったクローゼットの中が次第に赤や緑に侵食されていくのは、意外と愉快な気分だった。
 レオナは途中アダムに断ってお手洗いに立ち寄った。
 ついでにメイクも直そうと、鏡の前でポーチを開けると、流行色のチープなリップグロスや小さな貝殻の形をしたフェイスパウダーのコンパクトが出てくる。どれも近頃友達になったエリオットに勧められた物だった。人気のユーチューバーがレビューして高評価だったからとか、パッケージが可愛いから色違いで一緒に買おうとか。でも、化粧品だって以前ならもっと無難で失敗しないような物ばかり選んでいた。
(アダムやエリオの影響はあるにしても――それにしても、歳を取ると羞恥心がなくなってくるってことなのかな)
 レオナは今年の四月で三十歳になった。世間的に言えば、歳を取った、というほどの年齢ではまだないが。
 レオナはリップグロスを控えめに塗り直してから、お手洗いを出た。
――いやむしろ、逆かも。二十代の頃って、なんであんなに周りの人の視線が気になってたのか)
 アダムの姿を探すと、彼は近くの眼鏡店をぶらついて待っていた。ちなみに、今日の彼のファッションは原色の赤、青、緑や黄色が入り交じるインコ総柄のTシャツの上にグレーのベストを重ね着、というものである。インコがたくさん描いてあって可愛いとレオナは思う。
「アダム、お待たせしました」
「そんなに待ってないよ」
「眼鏡が欲しいんですか?」
「いや、そういうわけじゃないんだけど」
 ではアダムは眼鏡店で何を見ていたのか――とレオナは辺りの様子をうかがった。
 特別変わったところはないようだが、目に止まったことといえば、店内の片隅に高齢のカップルが一組。青春の頃の恋人たちと同じように寄り添って、指を絡め合って手をつなぎながらショーケースの中を眺めていた。
 素敵なカップルだな、とレオナは思い、
「ああいうのっていいですよね――
 と、そっと口に出してから、少しまごついた。自分はいいなと思っても、高齢者なのに人目もはばからず――という意見が案外アダムにないとも限らない。
 しかし、アダムの方も彼らのことが気になっていたらしく、
「だよな。いいよな。夫婦かな、老いらくの恋かな。ちょっと憧れる」
 と小声で言う。レオナはほっとした。
 アダムもレオナと意見が合ったので嬉しそうだった。
「俺んちに残ってる古い写真でさ――歳取ったひいおじいちゃんとひいおばあちゃんがツーショットで写ってるのが何枚かあるんだけど、どれも仲良く腕組んで、ぴったりくっついててだな――
――それで、ひいおばあ様っ子のアダムはそれを見て憧れたり、ひいおじい様にジェラシーを感じたりしていたと」
「まあ、そう。またそれが、ひいおじいちゃんがやたら若く見えて、割と美形のじーさんだから腹立つ〰〰ってなるわけよ」
「アダムだって若々しいおじいさんになりそうですけど」
「いや、なれないだろ」
――少なくとも、私はそうなったらいいなと思ってます」
 と、レオナは言い返してみた。それから、やっぱり少し不安になってアダムの顔色をうかがった。
 アダムはなんとなく困ったような顔をしていた。
「レオナこそ、可愛いおばあちゃんになりそうだ。なんか今からでも想像できるもん」
「そ、それは、喜んでいいのかわからないんですが」
「そうだな、もし、その頃まで俺が生きてたら、またデートに誘っちゃうかもね――
―――
 レオナは顔を赤くしながら、じゃあ予定を空けておきます、と答えた。
「今から? たぶん四十年くらいは先の話だぜ」
「二〇六〇年のスケジュールに書いておきますから」
 本気ですよ、とスマートフォンを取り出してカレンダーを開いたら、レオナの使っている機種では二〇三六年までしか登録できなくて、そこでオチがついてしまったけれども。そのときになって、アダムはやっと笑ってくれたのだった。

(了)