ドールハウス
レオナはベッドの上を心地よく転がって横断すると、サイドテーブルへ手を伸ばした。そこには古ぼけた着せ替え人形が男女二体仲良く寄り添うようにして座っている。
レオナは女の子の人形の赤毛のショートヘアを指先でちょいちょいと
彼らはフロクシリアにあるレオナの生家の物置でドールハウスとともに眠っていた。それを妹のドロシーに頼んで送ってもらったのである。
「古いけど、思ったより綺麗じゃん。家の方はしっかりしてるし」
送られてきた荷物はアダムと一緒に開封して見た。ドロシーが簡単に掃除を済ませておいてくれたらしく、埃っぽい感じはしなかった。物置にしまい込まれていたおかげか、あまり変色もしていない。とはいえ古ぼけているのは否めないし、ドールハウスの内部の壁紙は剥げて家具もいくつかなくなっていた。
「家は塗装し直したらいいよ。俺んちのガレージでやったげる」
とアダムはこともなげに言った。
そういうわけで、今日レオナはアダムの家へ来ていた。
アダムの家は水色の壁に灰色の屋根、窓枠は白。曽祖父アレクセイが建てた、よく言えばアンティークな一軒家である。こんな家に住むのも素敵だろうな、とレオナは思う。
アダムは塗装用の塗料やらエアスプレーやらを用意して、DIY用のエプロンも着けて、準備万端で待っていてくれた。
「色は夕べ送ってくれたイラストの通りでいいんだな? 壁がグレーで、屋根はグレーピンクね」
任せなさい、とアダムは自信ありげに請け負う。
「俺んちだって俺が自分であちこち直してるんだから」
アダムがドールハウスを塗り直してくれている間、レオナは洗面所を借りて人形たちを洗い、新しい洋服に着替えさせた。女の子の人形はもともと長いロングヘアだったが、長い間しまわれているうちに髪は傷んで元の形に戻らなくなっていた。そこで、思い切ってショートカットにしてしまった。
洋服はおもちゃメーカーのオンラインショップで購入したものだ。レオナが子供の頃からは考えられないほど洋服や小物の種類が多く、セクシーなドレスや日常生活で着ている既製服そのままのデザインのものもあった。女の子にはシンプルなノースリーブのドレスと、おそろいのバッグとパンプスを買ってあげた。
男の子の人形も少し髪型を変え、シャツとスラックスを着せ、小さなオレンジ色のネクタイのパーツを苦労して取り付けた。
子供の頃よりもずっと大人っぽいカップルになった彼らを眺めて、レオナは満足だった。寄り添わせたり、腕を組ませて並んで座らせたりしていると、急に、
「レニー、お人形さんは綺麗になった? ちょっと早いけどそろそろ晩飯にしようぜ。俺汚れちゃったから、今夜はデリバリーでも――」
とアダムの声が近づいてきた。レオナは慌てて人形たちを引き離して置いた。
「おお、いいじゃんお似合いのカップルじゃん。彼女の方ショートにしたんだ。可愛いな」
アダムはエプロンに引っかけていたタオルで手を念入りに拭いてから男の子の人形の方を取り、女の子の人形にぴったりくっつけて肩を抱かせた。
「彼氏くんも前より近くに寄り添えるようになったかな」
レオナは少し複雑な気分で、自分の髪をそっとひと
アダムも入浴を済ませて寝室へ入ってきた。
ベッドにもぐり込み、レオナの隣に寝転がると彼女の髪に顔をうずめて甘えた。
「アダム、くすぐったい」
レオナは笑いながらベッドの端へ逃れた。アダムの方を見やると、彼のお気に入りのロボットアニメのTシャツが目に入った。
「逃げないでこっちおいで。ドールハウスの家具選ぼうぜ」
とアダムは言いながら、ベッドの中まで持ってきたタブレット端末の画面を
新しい壁紙は落ち着いたグリーンのストライプ、ダイニングテーブルの椅子は二つ、ベッドは一つ――と、レオナは楽しそうに恋人たちの家の内装を決めていった。そんな様子を見ていて、アダムは、
「あの家とお人形さん、よっぽど大事にしてたんだな。子供の頃いっぱい遊んだ?」
と聞いてみた。
レオナは困ったような顔をした。
「実はそうでもなかったりして――親に買ってもらったときは嬉しくて毎日遊んでたんですけど――」
「うん」
「ある日おばあちゃんに見つかって――その、男の子の人形と女の子の人形にハグさせたり、キスさせてみたりしてるところを――そんな遊びをしちゃいけないってひどく叱られたんですよね。それから、なんだかお人形遊びもあんまりしなくなって、ずっと倉庫にしまわれたんです。高いおもちゃだったのに、って、それはそれで大人にはいい顔されなかったですけど」
「――なるほど」
アダムはレオナのたてがみのような髪を愛おしそうに
「お人形の彼氏と彼女、また恋人同士に戻れてよかったな。家もリフォームして新生活」
「今は大人が遊ぶためのお洋服や家具もたくさんあるみたいですしね」
レオナはアダムにお礼を言った。
「ん? 何が? ドールハウス塗り直したこと?」
とアダムは首をかしげている。
「いろいろですよ」
と、レオナは答えて、アダムの横顔にキスした。そのキスも、次には唇と唇とになり、長い時間をかけてお互いを求め合った。
「――君は恋人と一緒に暮らしたいと思わない? 水色の壁に灰色の屋根で小さな庭付きの家なんてどう?」
アダムはそんな冗談を言って、レオナをうろたえさせたり、赤面させたりもした。
(了)