恋とはどんなものかしら
1
土曜日の午後、スーパーマーケットの食料品売り場はさまざまな客層の買い物客で混雑していた。幼い子供を連れた夫婦、年配のカップル、学生らしいにぎやかなグループ――それらの中に混じって、アダムとキールもカートを押しながら夕食の食材を買い込んでいる。
アダムはそばの棚からオリーブの瓶詰めを取り、裏返して賞味期限の表示をにらんだ。
そしてキールは、そんなアダムの横顔を物珍しそうな目つきで見上げていた。
「カミュさんて意外と所帯じみてるのな」
「家庭的と言いなさい、家庭的と。君んちのパパだって、共働きなんだからスーパーで買い出しくらいするだろ?」
「するけど、パパは
キールはアダムから受け取ったオリーブの瓶をカートのかごの中へ入れた。
「よく冷蔵庫の中に残ってるのと同じもの買って帰ったりしてママに叱られてる。ママは逆に几帳面すぎ」
「正反対なんだな。でも夫婦仲いいんだろ? 今夜も二人でオペラ観に行ってるくらいさ」
とアダムは言った。キールは「まーね」と間延びした声でうなずいた。やけに大人ぶった口調で続けた。
「まっ、いいことだよね。パパもママもまだまだ若いんだしさ。おかげで俺もこうして泊りで遊びに行ったりできるもんね」
「君さ、こういうチャンスに家に呼べる彼女とかいないの?」
とアダムが尋ねてみると、キールは途端に赤くなってしまった。隠し事のできない少年である。
「なんだ、いるんじゃないか」
「いや、ま、まだ彼女じゃないし――ちょっと仲良い女の子ってだけで――」
「そーれはそれは。今夜は詳しく聞かせてもらおうじゃないの」
とアダムはにやついている。
二人は生鮮食料品売り場までやって来た。
アダムは先に立って、新鮮な野菜がひしめき合っている棚を隅々まで眺めた。カートを押して来るキールの方を振り返る。
「で、今夜は何食う? 何でも君の好きなもの作ってやるよ」
キールは、少しまごついてから、
「ミートボールのスパゲッティ――」
と答えた。
「――子供っぽいと思ってるでしょ?」
「言わなきゃ思わなかったのに」
アダムはまたにやにや笑い、棚へ手を伸ばして、色が濃く鮮やかなパプリカやズッキーニをつぎつぎ選び取った。
精肉売り場では牛のミンチ肉をたっぷり包んでもらった。
「イチから作んの? 本格的。俺んちはママもパパもレトルトのミートボールだったよ」
とキールは感心している。
アダムは尋ねた。
「パパやママによく作ってもらった?」
「うん――パパは、ママが教団に行ってる週末の昼ご飯とかいつもそれ。ママはたまに。パパの方がミートボールに味が染みてて美味しい。ママもそう言うし」
パパ、ママ、パパ、ママ――キールの屈託のない声からは、彼が両親を愛している素直な気持ちと、また両親からも惜しみない愛情を注がれて育ったことが伝わってくるようだ。アダムにはそれが半ば心地よく、半ばくすぐったい。
「カミュさんは誰に料理習ったの? お母さん?」
と、今度はキールの方から尋ねた。
アダムはかぶりを振った。
「いや、死んだ父さんにさ。父さんはまるで自分が早く死ぬのがわかってたみたいに、何でも教えてくれた。母さんの方は俺が小さい頃に父さんと離婚して以来、ほとんど会ったことない」
「―――」
――ごめん。とキールはうつむいて、しょんぼりしてしまった。
アダムは、そんなキールの頭のてっぺんをぽんと
「よせって。謝るこたない」
「―――」
キールはアダムに
「トマトの缶詰めは家にストックがあったはずだし――パスタも――」
アダムはぶつぶつとつぶやきながら、自宅のキッチンに買い置きされている食料品を頭の中にリストアップしてみているらしい。それにこのスーパーマーケットの常連客で商品棚の配置を熟知している。必要なものが思い浮かぶと、迷いなくそちらへ足を向ける。
アダムが他の買い物客の合間を縫ってずんずん進むので、キールもその後をヒヨコみたいにとことこ追っていく。と、入ったところは細い通路になっていて、両脇の棚に多種多様なレトルト食品が並んでいた。キールは意外そうに首をかしげた。
「カミュさんでもこういうの買うんだ」
「そりゃ俺だって、疲れてたりして飯作れない日はあるし――でもまあ今日は、自分の分を買いに来たんじゃなくてだな――」
なんとなく言葉を濁しながら、アダムは調理済みのスープや蒸した白身魚、シロップ漬けの果物などを選んでかごに入れていく。
会計を終え、買い込んだ食料品の詰まった紙袋を二人がかりで駐車場へ運び車に積み込んだ。
アダムは運転席に体を沈めると、
「ちょっと寄り道して帰るからな」
と助手席のキールに言った。
「いいけど、どこに?」
「マダム・マグダのとこ」
アダムはライムグリーンのトヨタを発進させ、郊外の広い道路へ出た。
車を走らせるうちに辺りの景色はみるみる変わって、ビルが増え、その高さも増していく。
アダムは隣の車線へ入るためにウインカーを出した。都心へ向かうのだ。
「マダム・マグダって、ガンなんだってね」
と、あるときキールがぽつりと言った。
「俺全然気がつかなかったよ」
「俺もだ。マダムから打ち明けられるまで、そんなこと考えてもみなかった――気づかせなかったマダムがすごいんだよ。マダムの方が俺たちよりまだまだ
とアダムはキールを慰めた。
「うん――」
キールは寂しげな表情でうなずき、
「早く元気になるといいよね――なってほしいよね――」
と、つぶやきながらシートに深くもたれかかった。その後はマグダの住むマンションに着くまで黙り込んだまま、首だけを傾けて、ドアウィンドウの外を流れるビル群の合間に
2
自宅で静養しているマグダはアダムたちが思っていたよりも顔色もよく、
「退屈していたところなのよ」
と喜んで二人を玄関先まで迎えに出てきた。
「こんにちはマダム・マグダ。寝てなくて大丈夫ですか?」
「ありがとう、キール、今日は痛み止めの注射が効いているから随分楽よ」
「うえ、注射の方も痛そう」
キールがマグダに寄り添ってリビングへ向かい、アダムは買って来たレトルト食品をキッチンへ運んだ。
マグダは普段の食事を宅配サービスで済ませているらしく、調理台の上に昼食のトレーが蓋付きで置かれていた。食べ終わった容器は次の食事の配達時に引き取られるのだろう。
アダムはトレーの蓋をちょっと持ち上げてみた。マグダは昼食を半分以上食べ残していた。
果物の入ったパウチを冷やしておこうと冷蔵庫を開けると、三段ある棚の一番上と下には似たようなレトルトパウチが雑然と積み重なっていた。そして中央の段には、マーマレードとアイシングの塗られたどっしりと丸いケーキが鎮座している。
リビングの方からマグダの呼ぶ声がした。
「アダム、冷蔵庫にケーキがあるの。持って来てちょうだい」
アダムはマーマレードのケーキが載った皿を取り出し、上からかけてあったラップを外してそれを切り分けた。
キールがひょこひょことキッチンへ入ってきて、お茶を
リビングのテーブルに三人分のお茶とケーキの支度が整った。L字のソファーの角にマグダが座り、アダムとキールはその両隣に座った。
「このケーキ、もしかしてマダム・マグダの手作りですか?」
とキールが尋ねた。
「そうよ――今日は本当に気分がよかったの。はりきりすぎてしまったわ、ふふ、なんだか若い頃に戻ったような気分だったのよ」
「俺が子供の頃、誕生日にはいつもおばさんがケーキを焼いて家まで持って来てくれた」
と言ったのはアダム。
「嬉しかった。小学校の同級生はみんな誕生日には母親の手作りでさ――でも俺の母さんはもういなかったし、父さんは料理は得意だったけど、お菓子までは手が回らなかったし」
「えーめっちゃいい話。マダム・マグダがカミュさんのお母さんみたいなものだったんだ?」
とキールに言われ、マグダは困ったように
皆でケーキを食べてお茶を飲んで――マグダも口に入れるのは少しずつだったもののケーキを一切れ食べ終えたのを見て、アダムはいくらかほっとした。
「俺、今夜はカミュさんちに泊めてもらうんです。さっきまでスーパーで晩ご飯の買い出ししてたところ」
とキールはマグダに教えた。
「セラフィナはお父様と出かけているの?」
とマグダは尋ねた。セラフィナというのはキールの母マダム・モネのことである。
「そうです。二人でオペラ観に行ってデート中」
「あら、いいわね」
「今夜の演目は『フィガロの結婚』だって」
アダムがスマートフォンで劇場のウェブサイトを見ながら言った。
「それなら私も観たことがあるわ。うんと昔のことだけれど――ジーンと――アダムのお父様と一緒に行ったのよ」
「え、父さんと」
「あなたがバイオリン教室の遠足に行っている間に――」
マグダはそのときの思い出をまぶたの裏にまざまざと映し出すことができた。アダムと同じ赤毛で背の高かったユージーン。彼の肩に頭を預けて見上げた赤い髪のきらめいていたこと。舞台の幕が下りた後も、二人ともそのまましばらく席を立てないでいたこと――
「――オペラを観て、その後は遠足から帰ってくるあなたを迎えに行くために二人ともまっすぐ帰ったのよ。本当にそれだけよ」
ほほほ、と笑っているマグダは、なんだか娘のように頬を上気させていた。
「ジーンはいつでも、アダム、あなたのことを何よりも大切に考えていて、私は彼のそういうところを尊敬していたわ」
「おばさんは――それでよかったわけ?」
「私は、私の愛した人は父親として男性として素晴らしい人だったと誇りに思うことができて幸せよ。それ以上の満足があるかしら」
「――そっか」
アダムがふと視線を動かして見ると、キールがアダムとマグダの話を聞きながらすっかり赤くなって照れていた。
「なーんで君が赤くなってるんだよ」
「ええだ、だって、なんか、お、大人の恋愛的な話してると思って」
「大人の恋愛ねぇ。父さんもおばさんと再婚しちゃえばよかったのにな。俺のことを一番に考えてたっていうなら、なおさらそうすればよかったんだ」
食べ終わった食器をキールが率先して片付けてくれている間に、アダムはマグダを寝室へ連れて行き、楽な姿勢で横になれるように手伝った。マグダは鎮痛剤が効いていても背中が少し痛むと言う。横向きに寝て、肩の後ろをクッションで支えると幾分痛みが和らぐらしかった。
アダムはマグダの枕元にうずくまり、その顔を
「おばさん、何か他に手伝うことない? 家事とか、買い物とか」
「家のことは介護士さんがしてくれているから大丈夫よ――」
「手足のマッサージとか」
「恥ずかしいわ」
とマグダは笑った。
「あなたはジーンの若い頃によく似ているんだもの」
「そりゃ親子なんだから当然だよ」
「ねえアダム――私ね、近頃痛み止めの薬が増えていくにつれ、ぼんやりすることが多くなってきたわ。随分昔の、幸せだった出来事ばかり思い出しているの。だんだん複雑なことは考えられなくなってきて、そのうち自分が死ぬことさえ忘れるのかもしれないわ」
「おばさん」
「頭の中にまだ自分がちゃんと存在して、自分で体を動かせるうちに入院するつもりよ――」
マンションを出て駐車場に向かいながら、アダムもキールも一言も口を利かず押し黙っていた。
車に乗り込んでからもしばらくの間、アダムはハンドルの上にうなだれているばかりでエンジンすらかけなかった。キールが、ついに見かねて、
「カミュさん。大丈夫? 少し休んでから帰る?」
と声をかけると、アダムはようやく顔を上げた。
「いや、大丈夫だ。帰ろう」
キーを回しエンジンをかける。
「俺一人だったら――ここでこのまま動けなくなってたかもな。君がいてくれてよかった」
アダムが車を発進させながら言い、キールも、
「俺だってもし同じようにママが――」
と、言いかけて、しかし言葉はそこで途切れた。そんなことを想像するだけでも寂しくて、涙声になってしまいそうだった。
3
大きなボウルにミンチ肉を入れ、ハーブミックスと砕いたクラッカーを加える。さらに卵を一つ割り入れて、
「キール、料理の極意その一を教えてやる」
と、エプロン姿のアダムが先輩風を吹かせて言う。
キールもアダムに借りたエプロンを着け、腕まくりではりきっている。
「は、はい、先生!」
「その一はだな――生肉を触る前と後には必ず
「それだけ?」
「いやいやめちゃくちゃ大事なことだぜ」
キールはアダムに言われたとおり念入りに手を洗うと、ボウルに手を入れてタネを混ぜ、全ての材料がよく混ざってから、それを一口大の大きさに丸めてはバットの上に等間隔に並べた。
その間にアダムの方はトマトソースを作り始めた。ニンニク、玉ねぎ、ニンジンを細かく刻む。大きな鍋にオリーブ油を温め、ニンニクから炒めていく。
アダムの流れるような手つきを横目に見ながら、キールは
「ミートボールできたよ。ちゃんと十六個」
キールは几帳面な母親似らしい。同じ大きさ、同じ間隔で並べたミートボールをアダムのところへ持って行って得意げである。
「おっけ、じゃ手を洗って、バットにはラップ掛けて冷蔵庫に入れる。十五分くらいかな」
時計を見ると午後六時を回ったところだった。
「『フィガロの結婚』は今三幕目辺りかね」
とアダムがつぶやくと、キールはなぜか気恥ずかしそうにもじもじし始めた。
「パパとママ、今夜は遅くまで帰らないんだろうなぁ――デートの日はいつもそうだし」
「デートで思い出した。君の彼女の話」
「ま、まだ彼女じゃないんだってば!」
いいから話してみろよ、とアダムがせっつく。鍋には缶詰のトマトを加え、へらで潰しながら煮詰めていく。
キールも、なんやかんや言いつつも誰かに話してみたい気持ちはあるらしい。もじもじしていたのは最初だけで、一旦口を開いた後は詳しく教えてくれた。
「学校は違うけど、ゲーセンでよく会う子――レースゲームがむちゃくちゃ上手。オンラインランキングに入ったこともあるって。たぶん年上だと思う。名前は――個人情報だって言って教えてくれない。むこうは俺の名前聞いたくせに」
彼女のことを思い浮かべながら目を細める。
「長い髪を黒に染めてて、右のこめかみのところだけ紫のメッシュ入れてる。服もいつも黒っぽい。よく紫のカラコンしてる。でも本当は緑色の目なんだ――」
自分も左のこめかみに紫のメッシュカラーを入れているのを指差して、
「これ、その子に言われて入れたんだ。おそろいにしようって」
と言う。
「なんつーかミステリアスな女の子なんだな」
とアダムは感想を述べた。それから、ちょっとにやついた。
「で?」
「で? ――って何が?」
「決まってんじゃん、どこまで進んでるんだってことだよ」
「―――」
「あ――もしかしてもう全部済ませちゃってるやつか? それはちょっとショックかも――」
「ま、まさか」
キールは慌てて、首をぶんぶん横に振る。
「まだ全然そんなのじゃなくて、ただ、その、キ、キス」
「したのか?」
「ううん――されそうになっただけ」
キールのまぶたの裏側にそのときの光景が
「ねえ、あれ取れる?」
と、彼女がクレーンゲームを指差して言ったのだ。ガラスケースの中にはアニメキャラクターのぬいぐるみが山積みで、彼女はガラス越しに薄紫色の髪の女の子のぬいぐるみを指している。
キールは、しばらくガラスケースの中を眺めてから、
「やってみる」
メダルを投入口へ入れた。
「どうやって取るのか教えて」
と、彼女はキールの隣に肩を並べた。
「えっと、あそこじゃアームに引っかけられないだろ? だからまず位置が変わるように周りにアーム入れて――」
キールが説明しながらクレーンを二回、三回と操作していたとき、不意に、肩先に彼女の体がぶつかってきた。
驚いて顔を上げるとすぐ間近に彼女の紫色の瞳があった。
「―――」
彼女はさらに顔を近づけようとしたが、キールは反対に、びくっと跳ね上がるようにして体を後ろに引いた。そしてもう一度それと同じことを繰り返してから、
「ご、ごめん」
と、キールがガラスケース伝いに大きく後ずさりして離れたので、彼女ももう追わなかった。
彼女は急に深刻な顔になって言った。
「――あたしとじゃ嫌だった?」
「なんでしなかったんだ?」
というアダムの声でキールは引き戻され、カァッと顔を赤らめた。なんでもないようなことですぐ赤くなってカッコ悪い、と自分では思う。
「それは、だってちょっと、びっくりしたから――嫌だったとかじゃないんだ」
今になって思えばもったいないことしちゃった、とキールは正直な気持ちを話した。
「あの子にカッコ悪いって思われたかな? どう思う?」
「どう思うも――彼女とはその後どうなったんだよ」
「別に今までどおり。その子にも、びっくりしただけで嫌じゃないからってちゃんと伝えたよ。そしたら変な顔してたけど。でもそれからの方が、なぜか少し優しくしてくれるようになった気もする」
「女の子の気持ちって謎が多いもんな」
とアダムもなにやら心当たりがある様子である。
「俺は君とは逆に、自分からキスしようとしたら顔にバッグぶつけられたことあるけど、でもなぜかその後ほっぺにキスしてもらったし、いまだによくわからん」
「それってあの、メイガスハンドの地鎮のときに研究所で会ったジュネさんて人のこと?」
「――なんでこういうときに限ってカンが鋭いんだよ君は」
アダムも隠し事がさほど上手くないから、キールに「付き合ってるの?」と聞かれると、
「まあその、あれよ、君と同じような状態だよ」
としぶしぶ答えた。キールはなんだか少し嬉しそうに、「大人になってもそうなんだ」とつぶやいた。
いろいろな恋の仕方があるのだ。とキールは思った。
いつのことだったか――アダムとも好きな女の子とも出会うよりずっと前に――今日と同じように二人でオペラを観に行った両親が夜遅くに帰宅した。その晩は、キールは家で留守番をしていて、夜中に喉が乾いて階下へ下りてきたときに、キッチンから漏れている明かりに気がついた。
中からは両親の気配がするが、なんとなくひそひそした感じだった。廊下の陰からそっと
キールは驚いて、それと同時にうんと息をひそめ、足音も立てないようにして二階の自室へ逃げ帰った。
マグダはアダムの父親とのプラトニックな恋がこの上なく幸せだったと言っていた。
そしてアダムは、好きな女性と一緒に過ごしながら、なかなか最後の一歩を踏み出せないでいるらしい。
人にはそれぞれのペースと愛の形があるのだ、きっと――
十五分経った。
キールは冷蔵庫で寝かせておいたミートボールを取り出してきて、たっぷりオリーブ油を引いたフライパンに並べた。アダムに教えられながらそれに火を通していく。焦げたり崩れたりしないように、スプーンを使ってミートボールをころころ転がし、全体に美味しそうな焼き色が付くまで。
手を動かしながら、キールは、なにやら大人の階段を一段上ったような顔つきをしてうそぶいた。
「あーあ、やっぱ、あの子とちゅーできなかったのもったいなかったな。次こそはする」
「君さぁ、俺より初体験早そうでおにーさん複雑だわ」
と、アダムがまんざら冗談でもなさそうな調子で言うものだから、
「しょ、しょたしょたい――ってもういきなりそういう話に飛躍するのやめてよ!」
さっきまでの顔つきはどこへやら、また少年らしく赤面した。
(了)