男のロマン?
今日は一段と暑かった。
マンションの階段を上りながら、睡骨は思う。
ポロシャツの首の周りが汗で濡れて気色が悪い。
こんな日はさっさと風呂に入ってビールでも飲んで……
できれば夕飯は冷たい物がいい。
だがそうめんは嫌だ。
せめて冷えた酢の物とか冷やし中華とか……
(いくら蛇骨でも、こんな日に鍋焼きうどんだとか、そういうことはねえだろう)
今日の飯当番は蛇骨である。
蛇骨のことだから、名前のある料理は作らないだろう。
残り物パスタとか、ごった煮みたいものばっかり作りやがる。
良く言えば冷蔵庫の掃除人とでもいったところだ。
……そうだ、ざるそばとざるうどんも嫌だ。
うどんは昼に病院の近くのコンビニで買って食った。
冷やっこなんか、いいな。
刻んだねぎを多めに盛って、生姜をきかせて。
もずく酢やめかぶもいいが、確か冷蔵庫には入っていなかったはずだ。
蛇骨がわざわざ買出しにいくとは思えない。
アイスクリームくらいなら買いに出かけるかもしれないが……アイスか、たまにはいいかもしれない。
蛇骨が年中食っているのを見ていると、見ているだけでこっちまで口の中が冷たくなってくるが、たまには一緒になって自分も食べるのもいいだろう。なにせ暑い。
身体が冷たいものを欲しがっているのだ。
睡骨はドアの鍵を開け、ノブを回して引いて、
「ん?」
気がついた。
チェーンロックがかかっている。
「おい蛇骨」
部屋の中に向かって呼びかけると、
「あっ、悪ぃ今開ける」
と、中で声がして、蛇骨がこちらに駆けてくる音がする。
チェーンが外されたのを見計らって、睡骨は再びドアを開く。
そして、一瞬絶句した。
が、すぐにはっと気がついて、部屋の中に入りドアを閉める。
「…ご近所さんに見られなかっただろうな」
「何をだよ」
「何をじゃねえ! おまえ自分の格好見てみろ」
「……」
言われて、気がついたらしく蛇骨は押し黙った。
そうしてしばらく経ってから、不意に頭を抱えて、唸った。
「あ~、俺としたことがよりにもよってこんな奴に裸エプロンかよ」
「妙な言い方するんじゃねえ! なんで上半身裸なんだてめえ。下はちゃんと穿いてんだろうな」
と、蛇骨の格好を指して睡骨は言う。
上半身は何も身に付けず、下は丈の長いギャルソンエプロンで、その下から素足がのぞいている、という格好である。
「いや、クーラーが壊れちまってよ、あんまり暑かったもんだから」
答えながら、蛇骨は台所の方に向かって踵を返す。
後姿は、かなり低い位置で穿かれたローライズのボクサーパンツ一枚である。
「だからってパンツ一枚でうろうろするな!」
「いいじゃねえか、ただで俺のケツが拝めたんだから」
さー飯だ、飯……と言って奥に消えた蛇骨を疲れた目で見ながら、睡骨は漸く靴を脱いだ。
部屋の冷房は本当に壊れているらしく、奥から漂ってくる纏わりつくような熱気がそれはそれは不快である。
蒸し暑い外気、冷房の壊れた部屋、野郎の裸……不快指数は計り知れまい。
なんだかどっと疲れが肩にのしかかってくるような気がして、睡骨は大きく溜め息をついた。
ちなみに夕飯には冷やっこが出た。
ただ、それ以外のものは、冷蔵庫に残っていた緑の野菜をミキサーでクリーム状のソースにして、冷やしてパスタとからめたものと、ガスパチョであったので、多少アンバランスではあったが。
消費期限が過ぎたものは、食い合わせが何であれ食ってしまわなければならないのである。この家では。
翌日、蛇骨の裸エプロンをばっちり目撃していたご近所さんに、睡骨が不審な目で見られまくったという話は、また次の機会に。
(了)