俺たち男の子

「おい蛇骨、明日の朝めし何か食いてえもんあるか」
「んー?」
 玄関口に立っている睡骨を振り返りながら、蛇骨が訊いた。
「睡骨おまえ、出かけんのかよ」
「トイレットペーパーが切れそうだから、ちょっとそこのドラッグストアまでな。近くのスーパーと商店街までなら寄ってやる」
「…あー、なら椿屋つばきやのベーグルでベーグルサンド」
「クリームチーズと林檎ジャムでいいな、間に挟むのは」
「いーよ」
「んじゃ行ってくる」
 しかし、と言ってドアを開けた睡骨を、蛇骨が呼び止めた。
「何だ、まだ何かあんのか」
「ついでにコンドームとローションも」
「……」
「あ、ローションは二本な」
 心なし、赤い顔をして睡骨が蛇骨を睨みつけた。
「んなもんてめえで買いに行け!」
 そして大きな音を立ててドアをくぐって行った睡骨に、
「ちぇっ、ケチなんだからよ」
 と、悪態をつきながら、蛇骨は居間のソファから立ち上がって台所の方へと向かう。
 もう夕飯の準備はできているらしく、醤油と砂糖の程よく煮詰まる甘辛い匂いが漂ってくる。
 火を止めたガスコンロの上にかけてあるフライパンの蓋を取って、中を覗き込む。
(肉じゃがか…睡骨の野郎が作る肉じゃがは砂糖が少ねえんだよなぁ)
 そして蛇骨が作る肉じゃがを、睡骨は、砂糖が多すぎる、と、言うのである。
 お互い、どうしても相容れないところというものはあるのである。
 それがたとえ、同居人であってもだ。
 というかむしろ、寝食をともにしているからこそ、見えてくる相手との相違というのもある。
 蛇骨は、じゃがいもを一つ摘んで口の中に放り込んだ。
「…うまい」
 別に砂糖がきいていないからといって、不味いわけではないのだ。
 睡骨の作る味がして、それはそれで、自分が作る味とは違うがうまいのである。
 今夜の夕飯は、肉じゃがに味噌汁に夕べの残りのほうれん草のおひたしってとこだな、と、蛇骨はフライパンに蓋をしながら考えている。
 そういや冷蔵庫に椎茸があった。
 焼いておひたしに合わせればうまい。
 ま、それくらいなら睡骨が戻る前に俺が……
 と、思って冷蔵庫の方に向かおうとしたが、そのとき、はたと気がついた。
(そうだ、今睡骨いねーじゃねえか)
 近所のドラッグストアまで、歩いて八分。
 往復で十六分。
 トイレットペーパーを買って、ついでに椿屋まで行って戻って十五分。
 つまり、合計すると三十一分。
(三十一分……三十一分あれば、ちょっとくらいいいところまで見れるかもしれねえ……)
 うむ、と、蛇骨は一人で頷くとすぐに居間へと踵を返し、大急ぎで自分の部屋へと向かったと思うやまたすぐに戻ってきた。
 その腕の中に、黒っぽいDVDのケースが一つある。
 いそいそとそれをテレビの下のプレーヤーに突っ込んで、再生ボタンを押すと、蛇骨はソファに腰掛けて傍にあったクッションを一つ腕の中に抱えた。
 程なくしてテレビ画面にDVDのメニュー画面が映し出される。
 その中から再生を選んで、そしてジーンズのジッパーに手を掛けかけて、
(いや、でも……)
 しかし思い直してやめた。
(睡骨が帰ってくるまでに抜けなかったら困るしな……)
 画面には、大きめのソファに学ラン姿の少年が二人、並んで腰掛けているところが映し出されていて、二人は何やらインタビューでも受けているらしい。
 顔にモザイク等一切無しで、二人は名前やら年齢やらを語っている。
 両方とも今年で十七歳だそうだ。
(蛮骨の兄貴とタメじゃねえか)
 そういや最近、蛮骨の兄貴にも煉骨の兄貴にも会ってない。
 蛮骨の兄貴は中間テストがあるとか言ってたけど、大丈夫だったのかな。
 英語はかろうじて得意だったはずだが、受験英語は嫌いだとか言ってたからどうせまた赤点ぎりぎりか。
 煉骨の兄貴がまた夜中まで個人授業に精を出してたことだろう。
 そんなことをとりとめもなく考えている内に、DVDの場面は切り替わっていて、丁度片方の少年がソファに横たわって、もう片方がその股間を制服の上から撫でさすっているという場面になっていた。
 蛇骨が思わずテレビに向かって身を乗り出す。
 タチの方が俺好みの顔だ。
 吊り気味の目が、気が強そうで、だからこそかえって、一旦落ちてしまえばとことんまで可愛く身をよじって泣いてくれそうな感じがする。
 そういう妄想をすると、余計に下半身が強張ってくる。
「ん……」
 と、ウケの少年が上げる声もなかなか色っぽくていい。
 タチの少年の手がウケのズボンのボタンにかかる。
 それを外して、さらにジッパーを下げる。
 ズボンを膝まで引きずりおろすと、陸上でもやっているのか、すらりと細い脚が覗いた。
 グレーのボクサーパンツの前の膨らみ辺りを凝視しながら、蛇骨は音を立てて口の中に溜まってくる唾液を飲み込んだ。
 たまんねえ……
 まだ高校生のくせにいい体してやがる。
 タチの少年がその膨らみにそっと口をつける。
 赤い舌先を覗かせて、くすぐるように舐めた。
「ぁ……」
 少年の喘ぎ声につられるように、蛇骨が思い切り前に身を乗り出した。
「あーもう、いいからさっさと脱がせろっつーの!」
 つい、若干興奮した声で画面に向かって文句を言ってしまった。
 まさにその時であった。
「痛っ!!
 がつんっ
 と、音を立てて何かが後頭部にぶち当たってきた。
 その何かは、鈍い音とともにソファの上に転がり落ちる。
 コンドームの箱であった。
 しかも、二ダース入りである。
 蛇骨が慌てて背後を振り返ると、居間の入口に、ドラッグストアと椿屋のビニール袋を手に提げている睡骨が、鬼のようなぎょうそうで立っている。
「げっ」
「…変に親切心出してゴムなんか買ってきてやるんじゃなかった」
 睡骨が、低い声で言った。
「い、いやそのほらあの、は…早かったじゃねえか、睡骨おめえ……まだ十五分くらいしか経ってねえのに」
「バイクで出たんだよ、夕飯前だったから……」
「……」
 テレビにはついに下着を下ろされた少年の姿が映り、その喘ぎ声が流れている。
 それが蛇骨と睡骨の間に流れる気まずい雰囲気を、この上もなくさらに気まずいというか、重々しいものにしてゆくような気がした。
 ぎっ、と、睡骨が蛇骨を睨んだ。
「AVもDVDもエロ本も家の中には持ち込み禁止だって約束だろうが! てめえこないだ俺の裏ビデオ全部処分しやがったくせに!!
 怒鳴り声とともに、蛇骨の顔面に十二個入りのトイレットペーパーが恐ろしい勢いで飛んでくる。
「でっ!」
 それをもろに受けて、蛇骨はバランスを崩してソファから転げ落ちた。
「おかずはネットでダウンロードしろって言っただろうが!」
「そ…、んなこと言ったってこのシリーズDVD販売しかしてねえんだよ!!
 負けじと蛇骨もクッションを引っ掴んで投げつけてくる。
「出てくる男に俺好みなのが多いんだからしょうがねえだろ!」
 いやちっともしょうがなくない。
「てめえの好みなんぞ知るか!!
「うるせえこのナース服フェチ!」
「誰がナース服フェチだ! こちとらんなもん毎日飽きるほど見てんだよ!」
「でもこの前の裏ビデオにあったじゃねーか、ピンクのミニスカナース服コスプレもんがよ」
「持ってねえ! そんなもん」
「あ、じゃあミニスカポリスだったか…それともセーラー服……」
「……」
「ああ、そうだ女教師だ」
「てンめぇ……」
 いつの間に背後に回っていたのか、睡骨の両拳が蛇骨のこめかみにそれぞれ押し当てられる。
「いい加減にしねえと金輪際野郎とできねえ身体にしてやるぞ」
 そしてぐりぐりとその拳をこめかみをえぐるように動かす。
「っで、いででで、痛い、痛い痛い痛ぇっ!!
「ナニ真っ二つにされたく無かったら少しは反省しやがれ!」
 睡骨も恐ろしいことを言う。
 ところで二人とも、夕飯のことはすっかり忘れてしまっているらしい。
「痛っ、痛ぇってば! これ以上馬鹿になったらどうしてくれんだよ!」
 こうしている間にも台所では、着々と肉じゃがが冷めてゆくのだ。
 二人がこの子どものような喧嘩に飽きて、膨れ面で、差し向かいで食卓につく頃には、さぞやよく味が染み込んでいることであろう。

(了)