被衣

 だいぶん寒くなってきたものだわ…
 光橘は古ぼけた地味な被衣かずきを深く被り、庵への足取りを速めていた。
 町へ出たのは久しぶりであった。
 有髪とはいえ、尼である自分にはそう町に出る必要も無い。
 長月の半ば。
 最近では、もう朝など吐く息が白い。
 今も冷たい風が頬を撫でている。
 時期に風花が散り、辺りを白く覆うのだろう。
 そんなことを思うと子供のようにわくわくと気持ちが高ぶってくる。
 しんしんと積もる雪の音が好きだった。
 寒ささえ心地良く、時を忘れてそれに聞き入るほど。
 そういえば…
 あの御方が亡くなられたのも…いえ正確には亡くなられたと私の耳に届いたのも、そのような時だったかしら…
 光橘は不意に足を止めた。
 もう二年、いえ、三年?
 まだ私は十五で、あの御方は十七だった。
 でも私は、五つの頃からずっと、会う日を心待ちにしていたというのに…
「…いけない、こんな感傷的な心では…」
 光橘は小さく首を横に振った。
 仮にも俗世を捨てた身。
 こんなことで感傷的になっていては…
 と、
「あっ!」
 一陣の風が光橘の周りを取り巻いたかと思うと、被っていた被衣をふわりと奪い去った。
 地味な濃い茶の色の被衣が高く舞い上がった。
 手を伸ばしてももう間に合いはしまい。
 あきらめ、溜息をつこうとした、そのとき、
「ほらよ」
 え…?
 舞い上がったはずの被衣が目の前に差し出された。
「おまえのだろ、尼さん」
「あ、はい」
 慌ててそれを受け取り、光橘はその差し出した手の主を見た。
「あの…」
 見てすぐに、綺麗な顔、とそう思った。
 額に十字の刺青がある。
 尼とはいえ、女の自分より長い髪をなんとも珍しい結い方…丁寧に編みこまれた下げ髪。
 真っ白な小袖に、真っ白な袴を身につけていた。
(ひょっとして明や朝鮮の人かしら…でも言葉は私と同じ…)
 気づかぬうちにまじまじとその手の主の顔を見つめていたらしい。
 その手の主…まだ成人したかしないか程の少年は、光橘の顔を見てにやりと笑った。
「尼なんかにも、あんたみてえに若くて器量良しがいるのかい」
「は…」
「墨染めなんか着せとくにゃ勿体ねえな」
「あの…」
 せめて名前でも尋ねておこうかと思ったが、言う前に、すでに少年はその場を去ろうとしていた。
 引き止めるほどのことでもない…
 光橘は手に持ったままであった被衣をもう一度深く被り直すと、再び住処へと向かって歩きだす。
 それにしても、あんな綺麗な顔の男の人は久しぶりに見た…
 少し頬が熱くなった。
 元来男性に会う機会など少なかったけれど…いやだわ、こんな身になってから…
 あの御方にも、俗世ではお会いできなかったのに。
 幼いころから、両親に話を聞かせられるばかりで…それでも…
(好いていたのに…)
 顔も知らない、いつか私をお嫁にもらってくれる人。
「そう、所詮お顔も知らぬ方だったのよ…」
 あの御方が亡くなったとき、何度自分にそう言い聞かせたことか。
 それでも駄目であった。
 結局、十六という若さで出家してしまった。
(もしあの御方が生きておられれば…さっきの人のように精悍な顔立ちをしておられたかしら…)
 やはり頬が熱い。
 いやだ…私はもうこんな気持ちは…
 なんとなく歩調が早まってしまう。
 しかし自分に弁解しながら、自分でもよく分からない気持ちであった。
 この気持ちは、あの御方と、先ほどの人と、一体どちらに向いているのかしら…


 それから数日が過ぎていった。
 ますます冷え込んできて、昼間に庵の中に居ても尚肌寒い。
 そろそろ火鉢でも用意しないといけないかしらねえ・・
 一人ぽつぽつとそんなことを考えている。
 あの少年のことは、もう忘れかけていた。
 所詮は一瞬の気の迷い、そんなものだったのだろう。
 ふっと外を見た。
 すると、
「えっ…」
 思わず身が固くなった。
 思いもかけない人物が、そこに居た。
 あの少年が。
「…よお」
「あ、あなた…」
 この前の…
 あの、お下げの人。
「何か、御用でも…」
「ん、まあ用っていや用なんだけど…」
 なんとなく歯切れ悪く、少年は答えている。
 なんなのだろう、一体。
 見れば今日はこの前と装いも違っている。
 この間は、ただ白い小袖と袴だけの姿であったが、今日は。
 とても町の中を歩くような格好ではない。
 白い小袖と袴を確かに纏ってはいるのだか、その上に付けられたのは、白地に青い草のような模様の入った、簡素な鎧…
 篭手に脚半に…手には…なんだろう、大きな…
 それは半分ほどが布にくるまれており、黒く光る柄のみが、それでも少年の体長近くあるほど伸びていた。
 そんな姿を見て、光橘の体はますます強張っていたらしい。
 そんな彼女を見て、少年はからからと笑った。
「なんだよ、そんなに恐がんなくてもよ、別に取って食いに来たわけじゃねえんだ」
「…何用ですか」
 少年はゆっくりと、こちらへと近づいてくる。
 何故だろう…
 恐い。
 少年は光橘の前に立った。
 光橘は庵の座敷の縁に座していた。
 少年が手を伸ばせば、すぐに届く距離だった。
 少年は無言で手を伸ばした。
 頬に当てられたその手は、ほんの少しだけ、温かかった。
「冷てえな」
「……」
 …体が動かない。
 今にも震えだしそうだ。
 恐い。
「おいおい、そんなに俺が恐えのか。まだなんもしてねえだろ」
「ま、まだって…」
 喉の奥から声を絞り出し、やっとそれだけ口に出す。
 少年は、獣に怯える野兎のように縮こまっている光橘をにやにやと見ながら、そっと手を離した。
「ま、おめえならな。ちゃんと働いてやるか」
「……」
 は、働く…?
「ほんとは面倒臭えんだけどなあ、こういうの。俺たちは使いっ走りじゃねえってんだ」
 何の話だろうか…
「あ、あの、何の話で…」
「光橘」
 な…
「何故、私の名を…」
「もとは姫さんだったんだよな、おめえ」
「!」
「この辺を治めてるお武家さんの分家の姫さん」
「…どうして、それを知っておられるのです」
「さてねえ。それより、おめえの知らねえこと、教えてやろうか」
「えっ?」
「おめえ狙われてるんだよ」
「…なんですって」
「嘘じゃねえぞ」
「どうしてそんなこと…」
「おめえの正体が」
 少年の目が細まった。
 刺すような、男の視線だった。
「その実、本家の姫君だ、なんて面倒臭えことになってるからだよ」
「……」
 声が出なかった。
 …私が?
 本家のむすめですって?
 そんな…
「嘘じゃねえ」
「そんな…」
「この前本家の当主が死んだ、流行り病でな。しかも跡取りはなし。それでどうしようかって話になって、出てきたのがおめえさ」
「……」
「おめえは前の当主、つまりおめえの親父の最初の正室の子ども。でもその正室は早くに死んでな、次にはそのときの側室が正室に上がった」
「……」
「その正室はおめえを分家に養女に出しちまった。まだ物心もつかねえ幼子おさなごをな」
「……」
「けど今度、当主が死んで、跡取りもなし、このままじゃお家が途絶えちまう。そこでだ」
 少年は言いよどむことも無く喋り続けている。
 光橘の頭の中を、その言葉はただ泳ぐように通り抜けていった。
「おめえを本家に戻して養子でも取らせようかっていう話になった。でも、おめえは何分尼の身だし、まだちゃんと決まった話な訳じゃねえ」
「だ、だからといって…」
 何故、私が狙われたりなどしなければ…
「本家になあ、性根の悪い奴がいるわけよ。まだ決まったわけでもねえのに、おめえに戻られると肩身が狭くなるってんでな、それならいっそ…」
 殺しちまおう、ってわけさ…少年の声がやけに遠く聞こえたような気がした。
 喉がからからに渇いてひりついていた。
 視界さえも…白く濁って……
 光橘の体はふらっと後ろへ倒れそうになった。
「あ、おいこら」
 そのとき、背を抱きかかえてくれた男の腕。
「…嘘よ」
「嘘じゃねえよ、おめえ殺されそうになってんだ、今」
「……っ」
 どうしたら…
 光橘は両手で顔を覆った。
 死ぬのは、恐い。
「…おめえもよ、意外と頭悪いな」
「え…」
「何のために、俺が来たと思ってる」
「それは…」
 にやり、と少年は口の端に笑みを浮かべた。
「俺はな、蛮骨ってんだ。本家のご家老に雇われた…っていっても、おめえを狙う方じゃなくて、護る方にな」
「……」
「いや、ほんとは合戦のために雇われたんだけど、まあこれも仕事の内ってことで…」
「あ、あの、それでは私は…」
 ああ、と少年は不敵に笑っていた。
「護ってやるよ」
 少年の手が頬に触れた。
 賊に指一本触れさせねえようにな、と少年…蛮骨は囁くように言った。


「つーわけで、俺の後ろから離れんなよ。もし離れたらそれ以上は保障しねえぜ」
「は、はい…」
 よし、と蛮骨はうなずくと、手に持った蛮竜に被せられた布袋に手をやった。
 ゆっくりと置いた手を滑らせ、その刃を露わにしていく。
 鈍く光る大鉾の刃に、光橘は目を見張った。
「…それで、戦にも出るのですか」
「ああ? …ああ、まあな」
「人を殺すのでしょう?」
「殺すのが戦なんだよ…まあ、殺されるのも戦だけどな」
「……」
「好い人でも戦で死んだのかい」
「…顔も見知らぬ夫となるはずの人を、亡くしました」
「そうかい。そりゃ、運が無かったな」
「運、ですか…」
「運の悪い奴は死ぬし、良けりゃ生き残る。ま、俺は悪くたって生き残るけどな」
「お強いのですね」
「強えさ」
「…あなたのような人が、夫なら良かったのに」
「なら惚れろよ、俺に」
 …え?
「惚れるだけならただだぜ」
 言って、蛮骨は、ははと笑った。
 そして、俺あ滅多に惚れねえがな、と付け足した。
「…蛮骨殿」
「あ?」
「私の命、あなたにお預けします」
 光橘は小さく微笑んだ。
 その後、少しばかり間を置いて消え入りそうな声で、
「裁ち落とした後ろ髪が恨めしい…」
 と呟くように言った。
 それを聞き取ってか、蛮骨が一瞬きょとん、とした表情を見せる。
 だがすぐに、光橘の言う意味に気づいて眉をひそめた。
「…修行不足だぜ、尼さん」
「本当に」
 くすくすと、光橘は笑っている。
 ちっ、と蛮骨は舌を打った。
 そのときばかりは、秋の肌寒ささえも心地良く。
 光橘の心の底に、ぽっ、と温かいものがあった。
「…光橘」
「はい」
「お喋りは、しめえだ」
「……」
「俺から離れるんじゃねえぞ」
「…はい」
 蛮骨の目がすいっ、と細くなって、同時に光橘の耳には嫌な音が届いてくる。
 馬の…しかも、一頭や二頭じゃない…
 すぐさま、耳への刺激は視覚への刺激へと変貌した。
 十頭近くはいるだろうか、体の大きな馬に、これまた大柄な男達がまたがり、こちらを見下ろしている。
「けっ、たかが尼一人殺すのにご大層なこった」
「やかましい、童。そこをどけ」
 男の一人がいけ高に言い放つ。
「そういうわけにはいかねえよ」
「…貴様、何人なんひとかに雇われた者か」
「そういうてめえは、口振りからして本家のゆかりの侍か? この尼さん殺して、お家が途絶えちまってもいいわけだ」
「貴様の知ったことではない…者ども!」
 おお、と、男達から一斉に声が上がる。
 馬の蹄が打ち鳴らされた。
「光橘」
 蛮骨の声は先程からと少しも変わるところが無い。
「血が恐えっつっても、絶対に目え閉じんじゃねえぞ、死にたくなかったらな」
「はい、必ず」
「よし」
 この人に任せれば、きっと大丈夫だと。
 賊を前にして不敵な笑みを一面に浮かべている少年の姿に、不安を感じるはずはなかった。


 不安は感じないといったものの、いざ落ちる首や胴体を見るとやはり身がすくんだ。
 あまりの赤さに視覚が麻痺してしまいそうだ。
 びたっ、びたっ、と肉の塊の落ちる音に聴覚はすでにおかしくなっているかもしれない。
 それでも唯一救いなのは、
「うらぁ!! どうしたいお侍さんよぉ! 全然手ごたえねえじゃねか!!
 蛮骨がずっと面前から離れずに居てくれたことであろう。
 おかげで、彼の向こうにある死体が、はらわたや脳髄を体外に流しながら倒れているのは見なくても済んだ。
 だがそれ以上に、蛮骨の戦い振りに心を奪われる。
 なんて強さ…
 馬に跨った侍と…それもこんな大人数と、対等に渡り合えるなんて…
 大鉾を何度も横に薙ぎ、その度に侍の側からは悲鳴とも呻き声ともつかない声が漏れる。
 それに叩かれただけで骨が砕けるような音もする。
 対して蛮骨の方はかすり傷一つおっておらず、ただただ返り血にその身を汚されていた。
 血肉。
 びちゃっ。
 うぁっ!
 肘から上のない腕が土にまみれて転がっていく。
 脚も。
 血の臭い、内臓の臭い。
 飛んでくる返り血の生温かさ。
 五感が悲鳴をあげそうだ…
 蛮骨の振る大鉾が風を切る音。
 ひゅんっ。
 彼の額を流れる汗に、被った血が混じって…
 物凄い速さで、光橘の感覚は疲労していく。
 足下がおぼつかなくなりそうだったが、なんとか力を入れ、立っていた。
 倒れてはいけない。
 目を閉じてはいけない。
 そういったことにばかり気がいって、つい、
 キィン…
 注意が散漫になっていた。
 金属の割れるような音がどこかで聞こえた。
「くそっ!」
 その蛮骨の声にはっとした。
「光橘! よけろよ!!
 よける!?
 視界の上のほうで何かがきらめいた。
 上?
「え…」
 とても、よけきれるとは思えなかった。
 真上から降ってきたのは、侍たちが持っていたものか、折れた刀の残骸…
「きゃ…」
 よけれない!
 だが、

 シャッ

 と、金属の擦れるような音が聞こえた気がした。
 キャンッ
 今度は金属同士がぶつかるような音であった。
「…?」
 落ちてこない。
 おそるおそる顔を上げてみた。
 何も無い。
 どうして…
「あーあ、よりにもよって女なんか助けてやんなきゃなんねえとは」
「だ、誰!?
 蛮骨とも侍たちとも違う声の主は、侍たちの残骸の後ろからこちらを見ていた。
「仕事じゃなかったらぜってえ手え出さねえっつーの」
「何ぶつくさ言ってやがる…大兄貴! 手が足りねえかと思って来たけどよ…」
「おう、来たのか、蛇骨、睡骨」
 言いざまに、蛮骨は大きく鉾を薙ぎ払った。
 最後の一人の首が飛んだ。
「一足遅かったみてえだな」
 睡骨が少し残念そうに呟いた。
 対して蛇骨は思いっきり、力いっぱい不満を口にする。
「なんだよつまんねえな。女助けてやっただけでお終えじゃねえか。くそっ」
「そう言うなよ、蛇骨。おめえにしちゃ上出来だぜ」
 蛮骨は額の汗を拭いながら、笑っていた。
「あの、蛮骨殿あの方たちは…」
「ん? ああ、そうか。俺の弟分だよ、二人とも」
「はあ…」
「あー、そうだ睡骨、やっぱおめえちょうどいい時に来たわ。この尼さん本家まで連れて行ってやれよ」
 俺がか? と睡骨が聞き返す。
「おう、俺はこんな格好だしな。それに蛇骨は嫌がるだろ」
 自分の返り血だらけの姿を指して蛮骨は言う。
 睡骨は素直に頷いていた。
「んじゃ光橘、屋敷でまた会おうぜ」
「あの、必ず行かねばならないのでしょうか…」
「また狙われてえんなら別に構わねえけど、俺は」
「あ…そうですね…」
 確かに、行かねばならないようだ。
「じゃあ姫君は…」
 睡骨に促され、光橘は蛮骨の傍を離れた。
 入れ違いに蛇骨が蛮骨へと歩み寄っていく。
 睡骨の、この黒づくめの大男の前まで来て、光橘は後ろを振り返った。
 蛮骨の白い小袖に染み込んだ血の赤が、妙に生々しかった。


 結局、本家に戻るという話はなくなって、命を狙われる立場からも解放されることとはなった。
 だがそう決まったのは光橘が本家を訪ねてから、すでに三日も経った後のこと。
 四日目の朝、ようやく帰宅の準備を整え、光橘は本家の門を出ることが出来たのである。
「おい」
 門を出るとすぐに、横から声をかけられた。
「蛮骨殿、でしょう、その声は」
「当たりだよ」
 そう言ってふらりと角から姿を現したのは、確かに蛮骨であった。
「本当に、あなたにはなんとお礼を言ったらよいのか…」
「別に、礼なんていらねえよ。仕事なんだからな」
 そういう蛮骨の姿は、一番初めに出会ったときと同じ、白い小袖と袴だけの姿である。
「この町にはまだしばらく留まるのですか?」
「ん、まあまだ合戦があるからな。でもどうせこっちに詰めっぱなしだ、もう会わねえよ」
「あら、私は別に会うとか会わないとかそんなことは…」
「言いたそうな顔してたんだよ」
 確かにそう思わなかったわけではない。
 まるで心の中を覗かれたようで少し恥ずかしかった。
「そうですか…ではこれでお別れですのね」
「そう」
「…それでは、もう出ます。いつまでも別れを惜しんでもしようがありませんもの」
「ん」
 蛮骨は特に引きとめもしなかった。
 憎い人。
 少しくらい…と期待していた自分がますます恥ずかしい。
 光橘は小さくうつむいた。
 二人の間は次第に離れていく。
 ちょうど一間も離れた頃であろうか。
 背後で、ばさりと何か布のようなものがはためく音を、光橘は聞いた。
 突然、視界が暗くなる。
「きゃぁっ」
 何…?
 何が起こったのかと思えば、頭の上から着物のようなものが被さっていた。
 身を起こせば、それは浅葱色をした、それほど上等とはいえないが美しい被衣。
「やるよ」
 蛮骨がこちらを見て笑っていた。
「餞別だ。七人隊から、な」
 何の、と聞こうとしたが、それより早く、蛮骨は振り返り歩きだす。
「……」
 …まあ、いいか。
 光橘は受け取った被衣を深く被り、自分も自分の帰路の方を振り返った。
 何故だかその被衣は温かい。
 どんな衣よりも、温かく心地良く感じられたのであった。

(了)