七人の傭兵

 遠くから、じゃらじゃらという音が聞こえる。大蛇が硬いうろこを地面へこすりつけながらはい寄って来るような、不気味な音である。事実その音はこちらへ近づいてきていた。
 大蛇の正体は、百人ばかりの兵の進軍であった。先頭に当世具足を着けた騎馬武者が二、三騎、従者を引き連れて、兵たちを率いている。急いではいない。どちらかといえば、今たそがれ時の薄闇に隠れるようにしている。
「気が進みませんな」
 と、侍のうち、最も若いと見える青年が言った。
 隣の馬上で手綱をさばいているのは、最年長、この少数部隊の大将らしい白ひげの武将である。
「余計なことを考えるな」
 とだけ答え、黙って馬を歩ませた。
 向かう先は、小高い山中の集落である。二十余軒の農家が集まったささやかな村だが、この国の国境に極めて近い地にあり、軍事上の要所となっていた。
 村からしばらく先はもう敵国の領地である。下手に騒いで刺激してはまずい。
 山道を黙々と進んでいくと、少し開けた野原へ出た。
 行く手に元は段々畑だったようなゆるい斜面が見える。脇にはやや細まった道が続く。道はともかく、畑の方は今はすでに人の手を離れたらしく、雑草がみっしりと生え、荒れ放題であった。
 初め、その斜面と道の前に巨大な岩が立ちふさがっているように見えた。夕闇の濃い影が落ちているせいでそう思ったのである。
 先頭の大将が手綱を引き、馬を止めた。
「止まれ、止まれぇい!」
 武将たちが兵を止まらせ、前方をうかがって首をかしげる。
「あんなところに岩が」
「いや……」
 大将は、じっと目を凝らして、岩のような影をにらんだ。
 その影の輪郭が、ぐらりと揺れる。ゆらゆらと左右にうごめいた。兵たちのみならず武将までが驚き、
「うっ、動いた!」
「うろたえるなっ! 静まれ!」
 大将は一喝して皆を静まらせ、先ほどよりも険しい顔つきで行く手の影をにらみつける。
「何者だ。人か? 人ならば姿を見せぬか」
「へへ……」
 と、影の中から若い男の声がした。
「出て来いってよ、凶骨、銀骨」
 影が、ぬっと立ち上がる。のしのしと歩いて、今にも沈もうとしている夕日の当たるところまで出てきた。
 男が三人。一人は天を突かんばかりの大男。もう一人はそれより一回り小さく、体中を鉄と歯車で覆われている。そして最後の一人はその機械人間の肩にちょんと腰掛けている。二十歳そこら、女と見まごうほどの美青年……蛇骨であった。
「よっと」
 蛇骨は銀骨の肩から飛び降りた。三人の異様な風体に面食らっている武将たちの顔を一つ一つ確かめ、残念そうに首を振る。
「うーん、どれもおれの好みじゃねー」
「何だ、おぬしらは。我らは先を急いでおる。そこをどけ」
「どけって言われてもねぇ、おれたちゃ、あんたらを皆殺しにしようと思ってここで待ってたんだから」
「なに?」
「全部合わせて百人てとこか。なあ凶骨、百人をおれたち三人で分けたら、一人頭何人だ?」
 凶骨は「知るかよ」と地響きのような声で言った。
「早いもん勝ちでいいじゃねえか」
「おめえの頭じゃわかんねえんだろ、ばーか」
「じゃあおめえはわかるのかよ」
「………」
 ともかく、と蛇骨は背負った蛇骨刀のつかへ手を掛けた。
「いい男もいねえし、さっさと片付けようぜ」
 武将たちが、特に若い武将がにわかに色めき立った。
「たわけたことを言う。異な輩ではあるが、たった三人で何ができるというのか」
「ええい騒ぐな!」
 大将が叱りつけ、
「兵は列を乱すでない。皆浮き足立つな! あのようなしれ者相手に……」
 その後が続くことはなかった。
 大将の首がふいに、ぐらりと左へ揺れたかと思うと、そのまま胴体からぽろりと落ちた。
「ひっ!」
 途端に隊列中から悲鳴が上がる。馬までもがほとばしった血に驚いて脚をもつれさせそうになった。
 ジャッ、
 と小気味いい音を立てて、大将の首を落とした蛇骨刀は蛇骨の手元へ戻った。
 蛇骨は、動かなくなった大将の顔をまじまじと見つめた。
「もう二十くらい若かったら、結構おれ好みだったかもしれないんだけどなぁ」
 文字通り頭を失い、統率の乱れた将兵へさらに蛇骨刀を振るう。飛び出した刃は鋭くうねり、毒蛇が鎌首をもたげて獲物へ食いつくように襲い掛かった。
「うわっ!」
 さすがに武将は逃げ出さなかったが、兵の中には恐怖に駆られて転げるようにその場を離れようとした者もいた。
「ぎしっ、逃がさねえ!」
 銀骨の背から射出された五つの丸刃が兵たちの逃げ道をはばむ。間髪入れず肩の石火矢が火を噴き、ドォン、と腹の底に響く轟音ごうおんが辺りへのしかかった。
 それでも致命傷をまぬがれ地をはってでも生き延びようという者へは、銀骨の左腕に仕込まれたかぎが見舞われる。
「そらよ! ぎしし」
 肉体と頑丈な鎖でつながった鉤でもって人をヒエかアワのようにむしる。
 ばたばたと折り重なる死体を凶骨の人間離れしてばかでかい手がかき分け、その下で息を殺して隠れていた者までつまみ出した。
「へへへ……わかるんだよ、生きた人間のにおいでな。それにしても、やせてまずそうなやつらばっかりだぜ」
 ほとんど寸刻の間に、百余名いた兵、武将、それに彼らが騎乗していた馬も含めて血の海に沈んだ。生き残った者はいない。

 村からいくらか離れた林の中へ四、五人の人影が潜んでいる。宵闇をうまく利用し、陰から陰を渡るように移動しながら、周囲をうかがっている。皆、着ているものはそれぞれ野良着と大差ないぼろだが、濃い色目で闇によく溶けた。
 中でも多少身なりのよい、頭目格の男が、
「遅い」
 と、いらだちをあらわにしてつぶやく。
「御大将が城を出たのは二刻も前だぞ。百そこらの兵がまだ山道でぐずぐずしているのか」
「かしら、若いのを様子を見に遣らせましょうか」
「そうだな……」
 頭目がしばし思案していると、
「かしら!」
 と手下が一人、脇の茂みから駆け寄ってきた。
「お耳に入れまする。四半刻ほど前、村の方から異様な風体のが三人、御大将の率いなさる兵の方へ向かったと」
「異様とは?」
「一人は大男、もう一人は鉄の化け物、もう一人はひどく美男だったそうで」
「七人隊のやつらか」
 頭目は表情を険しくした。
「あの外道共が動き出したとあれば油断はならん。御大将にお知らせ申せ」
 すぐに手下を指揮して諜報ちょうほう活動を続けようとした、そのときである。
 どこからか霧のような白い煙が流れてきた。
「かしら、霧が……」
「馬鹿な、今宵の風は乾いておる。霧など出るはずが」
 その煙を一息吸い込むと、急に吐き気をもよおし、脳みそを布に包んで振り回されたみたいに目の前がぐらぐら回った。慌てて姿勢を低くする。
「皆伏せろ! 霧ではない、毒の煙だ!」
 勘のいい者はとっさに伏せたが、遅れた者はたちまち中毒を起こして気を失い、ばたりとその場へ倒れた。
 生き残った者は懐から黒い布を取り出して頭へ巻いた。できるだけ肌の露出を抑えるよう、目だけ残して覆面をする。
 煙から逃れ風上へはって行く。
 頭目は、はいながら背の忍び刀を抜いた。煙を透かして、ぼんやりと人影が浮かんでいる。それがこの煙を流した張本人であろう。向こうもこちらに気付いたらしい。
「なんだ、生きてやがったか。おれの毒を耐えるとはよ」
「貴様、七人隊か」
「そうだよ。まあほんとは、おれはもっと強い毒を使いたかったんだ。だけど一度にみんな殺すんじゃねえってわがまま言うやつがいてよぉ」
「!」
 突然煙の中から飛び出してきた男が、頭目の眼前へ獣のように四足着いて着地した。羅刹のような恐ろしい顔に、両手へは長い鉤爪をはめている。その猛獣が煙の出所へ怒鳴った。
「霧骨! 煙を止めろ! おれまで顔が上げられねえだろうが」
「げへへ、睡骨、まあ頑張れよ」
「ちっ!」
 うんと腰を沈めて頭目へ組み付くと同時に、一撃で鉤爪がのどをかき切る。
 手足で弾みをつけ次々後続を襲い、全滅させた。

 蛇骨、銀骨、凶骨、霧骨、睡骨の五人は村へ帰ると、まっすぐ村長の家へ入った。
 小さな村だが、立派な家を持っている。部屋がいく続きにもなっており、ちょっとしたお屋敷といった風である。庭も広く、そこが七人隊の本陣のようになっていた。ただし凶骨だけはそれでも入りきらないので家の外にいる。
 庭に面した濡れ縁に蛮骨が腰掛けて、残りの六人は庭の好き勝手な場所に立ったりしゃがんだりしている。
「よっしゃ、みんなうまくやったらしいな」
 蛮骨が蛇骨ら五人の報告を受け、膝をぽんと打って、脇を振り返った。そこへ年老いた老人が縮こまって座っている。しわで潰れた目元がかすかに笑ったようであった。
「それはようございました。ありがとうございまする」
 この老人が村の村長を務めていた。今回七人隊へ仕事を頼んできたのはこの村長である。
 数日前のことだった。
 七人隊は近頃ふもとの町で暇を持て余してのらくらと暮らしていた。近隣では戦もない。仕事もない、金もない、で、日がな一日腹を空かしている。町外れのあばら家に勝手に住み着いて、町の住人からは不審がられている。
 そこへ訪ねて来たのが村長であった。用心のためか供に屈強な若い者を一人連れていた。村長はあばら家の前に立つなり、自らの名と出生を名乗り、
「こちらに大層腕っ節のお強い、七人隊と申されるお方がおいでだと聞き及んでおりまする」
 と、面会を求めた。
 ほどなく中から煉骨が出てきて、
「何の用だ、じいさん」
「手前様方にお仕事を頼み申したいとやって参りました」
「おれたちがどんな輩か知ってて言ってるのか」
「それはもう、よく存じております。戦場いくさばでは百人、二百人の働きをする雇われ兵……」
「そこで待ってろ」
 煉骨は一応蛮骨に伺いを立てに中へ戻った。すると蛮骨は、
「聞くだけ聞いてみようぜ、どうせ暇だしよ」
 と言うので村長をあばら家へ招き入れた。家の中は床が腐ったり屋根が抜けたりとひどい有様だが、できるだけましな部屋を探して、蛮骨と煉骨が村長と対面した。七人隊の他の五人は、何だ何だと庭や濡れ縁から様子をうかがっている。
「実は、村が侍に襲われそうなのでございます」
 と、村長は切り出した。
「侍? 落ち武者くずれの野盗かなんかか?」
 蛮骨が尋ねると、村長は首を横に振って否定し、
「いいえ、野盗などではございませぬ。歴としたお侍、この国を治めるお方でございます」
「侍が自分の国の人間を襲ってどうすんだ」
「わけがございます」
「わけって?」
「この国は今は平穏でございますが、近々隣国と戦を始めることになっております」
「戦ぁ? なら陣触じんぶれがあるはずだろうが」
 陣触とは、敵国からの宣戦布告があったり、敵国を攻める準備を始めるときに領内の武将へ出陣を知らせることである。これは鐘や太鼓の音で知らされたり、遠くへは早馬で知らされる。自然、騒がしくなるので町村の人々も戦が近いと知ることになる。
 それがない、と蛮骨は言ったのである。
「陣触はこれから十日と経たないうちにあるはずでございます」
「どうしてわかるんだ」
「それは……こちらの事情がございます」
 村長は適当にお茶を濁してしまうと、
「わたし共の村はこの国と敵国の国境に近いところにございまして、へんぴなところとはいえ領内でございますから、国を治める方々は人夫を出せ、米銭を出せと大変無理を仰います」
「そうだろうよ」
「わたし共はそれをお断りいたしたのでございます」
「ほー、そりゃ度胸のあるこったな」
 蛮骨は納得がいったという顔をした。
「なるほど、そのせいで村に侍が攻めてくんのか」
「国を裏切るのも同然だからな」
 と、横に座っている煉骨もうなずき、
「だが一度でも大名に逆らったとなれば、この先もただではすまないぞ」
「もとより承知の上。どうせじきに戦が始まって、国境にある村はわやくちゃになるに決まっております」
「それはそうだが」
「ま、いいじゃねえか煉骨」
 蛮骨は気が乗ったのか、身を乗り出してきた。
「おれたちもこうして暇を持て余してんだ。人殺しの働きをしてくれってんならしてやろうじゃねえか。その代わり、高くつくぜ、じいさん」
「承知しておりまする。その点はご安心くだされ」
 というわけで、七人隊は仕事を引き受け、村へやって来たのであった。
 話は村長の家の庭へ戻る。
 蛮骨は村長へ念を押すように言った。
「じいさん、聞いての通りここへ攻めてこようとしてた侍共は皆殺しにしてやったわけだけどよ、本当に金払えるんだろうな」
「蛮骨の兄貴、心配いらねえだろ」
 と、蛇骨が近づいてきて隣に座った。行儀悪く右足を左脚へ乗せる。ぐるりと首を回し、屋敷を眺める。
「山の中なのに、こんなでっけえ屋敷持ってるんだぜ。ていうかなんでこんなにもうかるんだ?」
「それは……」
 村長が答えようとする前に、庭で銀骨の石火矢を掃除していた煉骨が口を挟んだ。
「それは、この村ではりの炭ができるからだろう」
「煉骨の兄貴、榛の炭ってなんだよ」
「炭は炭だ。炭は火薬の材料になる。特に榛の木の炭を使うと質のいい火薬ができる」
 銀骨の背負った筒へ棒を突っ込んでススをかき出しながら言う。
「この村の周りには榛のたくさん生えた林があるようだ。見て回ったところ炭焼き小屋もいくつもある」
 屋敷の外で煙を上げている小屋を指差す。
「ああ、あれ炭焼いてんのかよ。おれはてっきり晩飯の魚でも焼いてんのかと」
「あんなに煙をもうもうと上げて焼く魚があるか。火薬は戦に欠かせねえものだろうが。そこら中の城が金に糸目をつけずにほしがるに違いねえ」
「それでこの村はもうかるってわけか」
「そういうことだ」
(だが考えてみれば、それだけ金があれば、わざわざ危険を冒してまで領主に逆らうこともないんじゃねえか)
 と煉骨は口には出さず思った。
 煉骨の言ったことは当たっていたらしく、村長は否定はしない。
「………」
 しわだらけの表情の読めない顔はゆるくうつむき、小さく体を丸めて石仏のようになっている。
(妖怪じみたジジイだな。何を考えていやがるものやら)
 そんな無遠慮なことを煉骨が思っているとは知らず、銀骨がのんきな声を出した。
「ぎしし、いい炭が取れて火薬の材料にできるとなりゃ、煉骨の兄貴も黙っちゃいられねえんだろう」
「まあな」
「ぎししっ」
 笑った拍子に背中の辺りが大きな音を立ててきしんだ。
 近くの丸太へ腰掛けていた睡骨が顔をしかめる。頭痛でも抱えているのか、音が頭に響くらしい。
「ともかく」
 と蛮骨が言った。
「これで仕事は済んだんだ。じいさん、明日の朝までに金を用意してもらおうか」
「承知いたしました。今夜はどうぞごゆるりとおくつろぎください。かような田舎で大したおもてなしもできませぬが、酒食をご用意いたしますゆえ。お望みとあらば女子おなごも」
「へっ、ありがたく頂こうじゃねえか」
 そこでふと思い出し、蛇骨を指差した。
「あっ、こいつは男が好きなんだ。女はいらねえから」
「はあ」
 村長はいまいちピンとこないらしい。しきりと首をひねっている。
 けっ、と蛇骨は面白くなさそうに悪態をついた。
「田舎娘に酌させたり尻触ったりして何が楽しいんだか」
「おまえだって、好みの男見つけたら町中だろうが山ん中だろうがおかまいなしだろうが。ケダモノとおんなじ」
「なんだよ、そういう言い方ねえだろ」
「そうだぜ大兄貴、そりゃあんまりだ」
 と、意外な助け舟を出したのは睡骨であった。やはり頭が痛むのか、眉間に何本もしわを寄せ、血色の悪い顔色をしている。
「そいつと一緒にされたなんて、ケダモノが聞いたら気を悪くするだろうよ」
「睡骨っ! てめっ!」
 蛇骨が騒々しく立ち上がった。今にも背の蛇骨刀を抜かんばかりの形相で睡骨へ詰め寄っていく。
 村長が蛮骨の表情をうかがい、
「お止めにならなくてよろしいので」
 仲裁に入ってはどうかと勧めたが、蛮骨は慣れっこだから、
「ほっとけ」
 と、あっけらかんとしている。

 その夜、すっかり月が高くなるまで酒宴は続いた。屋敷へたっぷりの酒と山の幸が運ばれ、女も呼ばれた。皆田舎者で素朴な娘ながら、美貌だけは選りすぐりであった。
 の刻も近くなった頃、ようようお開きとなり、
「それでは皆様お休みなさいませ」
 村長が用意してくれた部屋の寝床へ七人隊は収まった。ただし凶骨は入れないので、外の風をしのげるところで休んでいる。
 一旦は皆が横になり、村長はそれを確かめてから家の奥へ引っ込んだ。
 四半刻ほど経ったとき、ふいに、蛇骨がむくりと起き上がった。寝床からそっとはい出す。忍び足で外へ行こうとする。
「蛇骨、どこ行くんだ」
 と背後から呼び止められた。振り返ると、霧骨が両目を開けてこちらを見上げている。
「どこって、その……かわやだよ、厠」
「ふうん」
 霧骨ものそりと体を起こした。
「確かに、ずい分飲まされたもんなぁ」
 蛇骨が出て行くのを見送りながら腹をさする。まだ胃の中がたぷたぷしているような気がする。
 他の寝床を見ると、皆酔いつぶれて、ぐっすり寝入っているように見えた。
「あーあ、なんだか目がさえちまった」
 霧骨も寝床から出ると、調薬の道具を抱えて庭へ降りた。家の中だと音がうるさいから、蛮骨辺りが目を覚まそうものなら、
「夜中にうるせえんだよ!」
 と寝起きの機嫌の悪さで、ごつんと拳固を食らいかねない。
 庭木の陰に凶骨が座り込んでうとうとしている。霧骨が地面へ薬研やげんを置いて、ごりごりやり出したので、凶骨は迷惑そうに目を開けた。
「うるせえな」
 霧骨をじろりとにらんでみたが、
「おまえより蛮骨の大兄貴の方が怖えから」
 と、効果のあった様子はない。
「ちっ」
 忌々しい。無理やり目をつぶって寝入ろうとした。が、ふと気が付いた。
「おい霧骨」
「なんだよ」
「その音を止めろ」
「我慢しろよ、このくらい」
「いいから止めろ」
 霧骨は薬研を動かす手を止め、
「なんなんだよ」
「おい、やけに静かじゃねえか」
 そう言われて耳を澄ますと、確かに屋敷中、というより村中、しいんと静まり返っている。村人が眠っているにしても、人の気配が感じられない。
「変だな」
 と答えたのは霧骨ではない。寝間の方から声がして、霧骨と凶骨が振り返ると、蛮骨が濡れ縁に立っている。残りの七人隊も起き出してきていた。
 蛮骨は鎧の肩紐を締め、身支度をしながら言った。
「どうもいやな感じだぜ」
「大兄貴、起きてたのかよ」
「村のやつらは、おれたちに酒を飲ませて朝まで起きねえようにしたかったみてえだな。凶骨、そこから村の様子が見えるか?」
 凶骨は立ち上がって周囲を見回した。月明かりがあるから真っ暗ではない。小さな村一円くらいなら見渡せた。
「どの家も明かりが消えてるぜ」
「それだけか?」
「山腹にかがり火が見えるな」
「なんだと」
 蛮骨は庭へ駆け出て、凶骨の腕へ飛びついた。その大きな手を借りて肩まで押し上げてもらう。
「どこだ? かがり火って」
「あそこだ」
 凶骨の指差す山中の闇に、赤い点が五、六個浮かんでいる。
「大兄貴、侍共があきらめずにまた攻めて来ようとしてるのかもしれねえ」
「馬鹿言え」
 蛮骨は顔をしかめ、
「あっちは敵国の領地じゃねえか。あれ敵兵だぜ」
 しばらく動向を観察していると、やがてかがり火から数え切れない小さな灯火へと火が移り、それらがムカデの足のようにぞろぞろと動き始めた。
「こっちへ来る」
 蛮骨は凶骨の肩から飛び降りた。
 その間に煉骨と睡骨が手分けして屋敷中の様子を探っていた。
「村長どころか下働きのやつらまで、誰もいない」
 煉骨が蛮骨へ伝えた。睡骨はもう一段切り込んだ意見である。
「村のこの静けさじゃ、どうやら村中の人間が姿を隠してるらしい。姿が見えねえといえば……蛇骨の野郎はどこ行った」
 ちょうど話題に上ったときであった。
「ただいまー」
 と、気の抜けるような声とともに、庭の隅から蛇骨が入ってきた。
「なんだよ、みんな起きたのか」
「長ぇ厠だったなぁ、おまえ」
 霧骨が呼び掛けると、
「馬鹿、ほんとに厠に行ってたわけじゃねーっての」
「じゃあどこ行ってたんだ」
「うっ」
 それは、と途端にどもり、ごまかすように手に持ってたものを前へ投げ出した。
「そ、それよりこいつ」
 一見ぼろきれみたいな塊だったが、よく見れば村の若い男らしい。体中傷だらけで、着物もずたぼろになっている。よほど恐ろしい目にあったのか、縮こまってうわ言を言いながら震えている。
 蛮骨がその男の顔と蛇骨を交互に見て、
「蛇骨、おめえ趣味悪いな」
「違うって! おれはもっといい男を探してたのに……」
 あっ、と慌てて口を押さえる。
「やっぱりケダモノ並みじゃねーか。こんなときに男あさりに出かけてたのかよ、おめえ」
 それはそれとして、事情を聞いたところ、蛇骨は次のように語った。
「村に行ってみたんだけどさぁ、誰もいなくってよ。こいつも荷物や銭をまとめてどこかへ逃げようとしてたんだ。それで捕まえて」
「なぶって連れてきたわけか」
 蛮骨は男へ歩み寄り、乱暴に胸ぐらをつかみ上げた。男は上ずった悲鳴を上げ、
「ひいっ!」
「おい、村のやつらはどこ行った? 知ってんだろ」
「ひ、ひ」
「てめえはどこに逃げようとしてたんだって聞いてんだよ」
「か、隠れ里へ……」
「隠れ里?」
 どうやら、合戦時などに、村人が身を隠すための集落が近くにあるらしい。男は問われるままにその場所までしゃべってしまった。
「どうしてみんなそこへ逃げたんだ」
「もうすぐ敵国の兵がここを襲う」
「どういうわけだ」
「おれたちの村は敵国に炭を納めてたんだ」
 どうも話がつながらない。
「おい煉骨、おまえ頭いいだろ。こいつの言ってることわかるか?」
「どれ」
 と煉骨もやって来た。
「村が敵国に炭を納めてただって?」
「こいつはそう言ってるけどなぁ」
 ふうむ、と煉骨は思案して、
「大方、炭を納める代わりに、合戦が始まっても村では屋落としや刈り田働きをしないようにもちかけたんだろう」
 屋落としは敵兵が戦場付近の民家を取り壊して回ることで、刈り田は同様に田畑を荒らすことを言う。
「だがこの国の領主がそんな勝手を許すはずがない。敵に助力するばかりか、いつ敵に寝返るかわからない領民なんぞ、危なくて抱えていられないからな。この村が襲われた本当の理由は、人夫や米銭を差し出すのを拒んだせいじゃなく、敵にこびを売ったのがばれたせいじゃないのか」
「そ、そうです……」
 男はようやっと返事をした。
「領主様が村へ攻めてくるって話を聞いて……それで町で評判になってたあんたたちに頼もうと」
「おれたちに頼んだはいいが、金を払うのが惜しくなったか」
「最初から払うつもりなんかなかった。あんたらが村さえ守ってくれたら後は」
 そこまで聞いて蛮骨も納得した。
「なるほどね。それで敵国の兵が今ああやってこっちへ向かってるわけだ」
「まだるっこしいな」
 蛇骨が首をひねっている。
「じゃあ最初から、その敵兵ともに助けてもらえばよかったじゃねえか。わざわざおれたちになんか頼まなくたって」
「まだ陣触も出てねえのに勝手に国の兵同士が争うわけにゃいかねえだろ。そこいくと、おれたちみてえな根無し草なら生きようが死のうが誰も気にしねえもんな。蛇骨、もういいや、この野郎おめえにやるよ」
「別にいらねーよ、おれだって」
 と言いつつ、蛇骨は震えている男を受け取って始末をつけた。蛇骨刀を背の袋へ戻しながら、蛮骨の顔色を伺う。
「で、どうすんだ大兄貴、これから」
「決まってるだろ、あのクソジジイから金を取り立てねえとなぁ」
「それだけ?」
「へへっ」
 蛮骨は口の端をつり上げ、背筋がぞっとするような笑みを浮かべた。

 隠れ里は村から山頂の方へ登って、獣道を少し入ったところにある。戦から避難する場所であることはもちろん、戦況を見物する場所でもある。見物といっても、見世物のように面白がるわけではない。戦の勝敗は下々の民衆の生活に直結する。戦後の身の振り方を考量するためだ。
 あるいはこの当時、将兵が退却した後の戦場へ民衆が赴き、死傷者から金目の物を略奪することが当然のように行われた。そのためには戦場の場所、戦況を把握しておく必要があった。
 隠れ里には手頃な小屋がいくつかあり、女子供はそこへ、男たちは念のため交代で見張りに立った。
「………」
 年老いた村長は村の長老たちと一緒に小屋の一つへ収まっている。
 そこへ、突然村の若い者が血相変えて駆け込んできた。
「じいさま! 大変だ、村がっ!」
 小屋から出てみると、男たちが物見やぐらへ集まって、ざわざわ騒ぎ立っている。村長の姿に気付いた者は口々に、
「じいさま、村が!」
「村が燃えてるんだよ!」
「何度か石火矢の音がしたんだ。そしたらすぐに火が」
 と、わめいた。彼らの指差す先では、確かに村のあった辺りの山腹がごうごうと炎を上げている。
 皆、ぼう然と我を失った。所詮炭焼きをなりわいにする村人に過ぎなかった。見張りのことなどすっかり失念している。その背後で、
 ドォン、
 と爆発音が響いた。爆風に乗って土や枯葉、板切れが吹き付けてくる。倒壊した小屋からあっという間に火の手が上がった。
 炎の中へ、ひゅんと風を切って、先に分銅の付いた鉄線がいくつも飛び込んでくる。鉄線にはたっぷり油が塗られている。そしてその先は、煉骨の右の手甲へつながっていた。
 煉骨が大きく腕を振れば、炎が鉄線へとたやすく絡め取られた。さらに腕を振ると、燃え上がる鉄線が分銅の重みで別の小屋や周りの木々へ巻きついて炎を広めた。
 煉骨は、いつしかできあがった火の壁を眺め、
「外道が」
 低い声で吐き捨てた。
(まあ、人のことは言えねえか)
 今頃、銀骨と凶骨が村を焼き払い、残りは蛮骨に率いられ、こちらへ攻めて来る敵国の将兵の元へ向かっているはずである。

 数騎の騎馬武者が先頭に立ち、百名ばかりの兵がそれぞれ槍や弓を手に、空いた手には松明を掲げて黙々と歩を進めている。
「我らが討ち取るべきは七人隊なる雇われ兵とのこと」
 馬上の武将のうち、最も若い青年が言った。隣を行く大将がうなずく。こちらも見たところさほどの高齢ではない。三十に手が届くかどうかといった容貌であった。
「噂に聴くところでは、戦では百人、二百人分もの働きをするが、大層非道な輩らしい。油断するでないぞ」
 若侍は、いかにも若者らしい豪快さで笑い飛ばした。
「なに、噂などはあてにならぬもの。いかほどに乱暴な輩であろうとも我が一刀の元に……」
 と、言いかけたときであった。
 進んでいく山道の先に、月明かりで照らされた人影がちらついているのが目に入った。一人ではない。三人、いや四人。
 武将たちは馬を止めた。兵たちにも大声で命じる。
「止まれ! 止まれい!」
 大将が前方の人影へ声を掛けた。
「何者だ、行く手にふさがるとは無礼者め」
「お侍さん方、どこへ向かってんだい」
 影の方も悪びれた風もなく答える。大将はその不躾な口調と、彼らの異様な風体に思わず面食らった。四人、誰一人まともな姿でない。真正面に立ちはだかっている小柄な少年などは、人の背丈を越える大鉾を軽々肩に担いでいる。
「この辺りで戦があるとは聞いてねえがなぁ。化け物でも退治に行くのかい?」
「七人隊なる外道を討つのだ。貴様らも巻き込まれたくなければ早々に立ち去るがいい」
「へえ、七人隊」
 少年が……蛮骨がにやりと笑う。
「じゃあ七人全員討たなくちゃならねえんだろうな」
「その通りよ」
「でも悪いけどさ、今この通り四人しかいねえんだ。なんせ事情が複雑で、あっちこっちやることがあって忙しいもんだから」
 蛮骨が蛮竜を振りかぶって、一振り、としか見えなかった。一気に距離を詰めてきた蛮骨の速さを目で追えない。あまつさえ蛮竜がどこをどう切り裂いたのか、後続の兵たちには見極められなかった。気付いたときには、先頭の武将たちの首と胴が離れ離れになっている。
 どさどさどさ、と気味の悪い音を立てて肉塊が地面を転げた。
「ば、化け物っ」
 誰かがそうつぶやいたのがまるで合図のようであった。兵たちはてんでばらばらに悲鳴を上げ、わあわあともんどりうって逃げ出した。
「逃がすかよ! おれはな、今虫の居所が悪いんだ!」
「おーこわ」
 と後ろで蛇骨がとぼけたように頬をぽりぽりかいている。睡骨も霧骨も、手を出すまでもない。
 蛮骨が、とんと身軽に地面を蹴る。
 蛮竜の一振りで十の首が飛ぶ。二振りで二十。三振りで……数えるのも馬鹿らしい。
 じきに、山は夜の静けさを取り戻した。
 翌朝になって、将兵が城へ戻らないことを不審に思った領主がこの地へ人を遣り、ずい分騒ぎになった。が、そのときにはもう七人隊の姿はどこにもなかった。
 山へ薪を拾いに入った老人が、国境を越えていく七人の男を見たという噂もある。一人は天を突く大男。一人は体中を鉄と歯車で覆われている。一人は白装束の覆面。一人は羅刹のような恐ろしい形相。一人は女と見まごうほどの美青年。一人は目つきの冷たい坊主頭。最後の一人は、彼らを率いる、人の背丈よりも大きな鉾を担いだお下げの少年。
 しかしいくら探してもその姿は見つからず、結局彼らの話は、いつの間にか人々の心から忘れ去られてしまった。
 ただ、ときどきは思い出す人がいて、
「七人隊って雇われ兵がいてさ……」
 と語る人もいるそうである。

(了)