月齢十三

 煉骨が町屋の二階へ上がってゆくと、暗い部屋の中には睡骨一人がいた。格子の窓の際に座り込んで、じっと外を見ている。
「おい」
 と声を掛けるとこちらを向いた。
「何をしてる」
「待ってたんだよ」
「何を」
「月の出をだ」
 今夜は十四日で待宵の月だ。
 階段の暗がりで煉骨が低く笑う声がした。
「柄にもねえことを言いやがる」
 煉骨は部屋の真ん中へと進んだ。窓から空をちょっと眺め、遠くに青く臨む山々に掛かる満月に近い楕円の月を見やった。
「大兄貴たちは」
 と睡骨も月を見た格好のまま尋ねた。
「さあな」
 と煉骨は答える。おおかたどこかへ遊びに行ってしまったのだろう。
 窓の格子を透かして入り込んでくる青い月光が、煉骨の体の上にいくつも筋を作った。
 冷たい風が小袖の下にまで忍び込んでくる。
「寒いな」
 煉骨は呟いた。
 睡骨は答えない。
 物も言わず待宵月をにらんでいたが、やがて静かに立ち上がった。
 煉骨の斜め後ろという妙な場所に座り直した。
 煉骨が振り返ると、
「何しにきたんだ」
 と問われた。
「別に用はねえよ」
「じゃあなんできた」
「おかしなやつだな」
 理由がなければねぐらにも帰れないというのか。という目を煉骨はして見せた。
 睡骨は目をそらし、
「そうは言わねえが」
「ついにここに来たか」
 と、煉骨は自分の頭を指して言った。多重人格のせいでついに気でも違ったか、という意味だ。むろん冗談ではあるのだろうが。
―――
「おい、よせよ」
 睡骨が黙り込んでしまったので煉骨は苦笑した。まさか本当におかしくなったわけじゃあるまい。
 そのときだった。
 ふいに睡骨の左腕が腹の前へ回ってきて、手を懐に差し込まれた。
 煉骨はぎょっとして体を離した。
「何しやがる」
「案外、兄貴の言う通りかもしれねえな」
「何がだ」
「ここに来た、って話がだ」
 睡骨は、そうするのが当然だ、というようなゆったりした動作で煉骨を引き寄せると、改めて懐に手を入れた。
「す、睡骨てめえ」
「ずっとこうしたかった」
「ばかなことを」
 言うな、と言おうとした口をふさがれる。すぐに入ってきた睡骨の舌が舌の根元までからみつく。
「っ」
 煉骨は顔を背けて逃れた。
「よせっ」
 睡骨を押し返そうとするのだが、腕の力ではかなわない。
 体をひっくり返され、背中からのしかかられる。ずるりと小袖を引き下げて肩を剥き出しにされると夜気の冷たさに思わず背筋が震えた。その震えをなだめるように、睡骨が首の付け根から腰のところまで口を這わせてくる。
 唇と濡れた舌が肌をかすめる感触に、煉骨は寒さとは別の意味で震えた。
「しょ、正気か。睡骨」
「さあな」
 返答は短かった。
「てめえこんなことして、どうなるかわかってるんだろうな!?
 と、煉骨が声を荒げてみてもあまり効き目はない。
「そりゃ、よくなるだろうぜ」
 とふざけたことを答えて、下半身の方にまで手を伸ばしてくる。
「離しやがれ」
「離さねえよ」
 手早く袴の紐と下帯をほどき逸物を握った。
「くっ」
 性急に上下にしごき始める。
 すぐに硬くなってしまった棹の部分を丹念にしごきながら、一体どうやったのかわからないが、あっという間に煉骨は裸形らぎょうにされた。蛇骨ならともかく、睡骨はこんなに器用な男だっただろうか? 妖術か何かとしか思えない。
 股間に置かれた睡骨の手の動きがだんだん速くなってくる。
「や、やめろ――


「あっ!」
 逸物の先を口に含んで根元をしごかれると、煉骨はたまらず漏らしそうになり、身をよじって逃れようとした。
 しかし睡骨に脚を掴まれて逃げられない。
 睡骨の舌が鈴口の裏側から先端までぐるりと舐め回す。穴をほじくり返したりもする。
「うっ! ううっ」
 最後に強く吸い上げしぼり出すようにしごかれて、
「くっ」
(もう――だめだ)
 と煉骨が思った瞬間、いく寸前で口と手を離された。
「ああっ」
 思わず仰け反りそうになったが射精はなく、腹を叩いた逸物がぴくぴく痙攣して口から先走りの汁を垂らしただけだった。
 睡骨が咽喉の奥で笑った。
「残念そうな顔してるじゃねえか」
 からかっているつもりなのだろう。
「だ、誰がそんな」
 とにらんでくる煉骨の、今にも暴発しそうな逸物を左手でやんわりと握る。
「こんな格好でにらまれても怖かねえんだよ」
 煉骨は裸で両脚広げて仰向けの上、股間のものは睡骨に掴まれているという姿だった。確かに迫力はないし情けない。
「この馬鹿っ、離せ」
「これからだぜ、兄貴」
 と言って、睡骨は何やら右手を暗がりでごそごそしていたと思ったら、その手を左手の下へ持ってきた。
 煉骨の尻の穴に潤滑油らしきぬるっとした感触がした。
「ひっ!」
 菊座に指を押し込まれる異様な痛みに思わずうめくと、
「なんだ兄貴、初めてなのか」
「当たり前だろうが」
「いや、いいんだけどよ」
 一度指を抜いて、入り口を指先でちろちろくすぐってやる。
「離せ、っ」
 身じろぎする煉骨を押さえつけ再び指を押し込む。同時に逸物をくわえてやった。
「んっ」
 いかせないように気をつけつつ鈴口をしゃぶりたてる。
「やめろ、それは――あっ、あっあっ!」
 煉骨が腰を突き上げて気をやりそうになるすんでで口を離し、棹の根元を握る。
「く――
「もういきたくてしょうがねえってか。いかせてくれってねだってみろよ」
 睡骨が意地の悪いことを言うと、
「馬鹿野郎できるか、そんなこと」
「じゃあ我慢してろ」
 また顔を伏せて逸物をしゃぶり、今度は尻の穴に入れた指も動かす。できるだけ優しく中を触った。
「う、うっ、うぅっ」
 前の方はすぐに漏らしそうになる。睡骨は鈴口を口に入れたり出したり絶妙な加減でもてあそんだ。
 後ろの指はまとわりついてくる肉の壁を揉むように動いている。
 煉骨は、快感というよりはぞくぞくするような感じで、体を震わせた。
 前は口で、後ろは指で、間の袋にも空いた左手が滑ってきて柔らかく転がされる。
「ううぅっ」
 それでも煉骨は歯を食いしばってこらえた。
 男相手に――しかも弟分相手にこんなことをされて気をやってしまったりしたら末代までの恥だ。もっとも、それでそっちの趣味に目覚めてしまったら、自分がその末代になるのだろうが。
 煉骨が健気けなげに我慢しているのを見て睡骨の愛撫には熱がこもってくる。
 鈴口を舐め回し、舌を絡めて深くくわえ込む。
「あっ、う」
 根元から先まで口を滑らせくまなく吸い上げた。そして次は先から根元まで。繰り返し舌と唇が往復する。
「うぁ、あっ、あっ、はぁっ」
 煉骨は今にも腰を振りそうになるのを懸命に耐えていた。自分から腰を使って夢中で睡骨の口に出し入れしたら嘲笑われるだけだろう。それならひとおもいにしごきまくっていかせてもらう方がなんぼかましだが、睡骨がそうする様子は万に一つも見当たらない。
「くっ! ううっ!」
 そのとき尻の方の指が動きを強くした。
 中を掻き回し入り口をほぐすようにする。ぎりぎりでいかせない口の前後する動きに重ねて、肉の穴に埋められた指が感じるところをまさぐってきて、
「あっ!」
 ある場所を揉まれたとき煉骨は背筋がぞくっと震えるような奇妙な感覚を覚え、あえいだ。
 睡骨が逸物から口を離し、
「ここか」
「ち、違う、あっ」
「ここだな」
 あとは二本に増やした指で絶えずそこを刺激しながら前をねぶられ、いきそうになったら手と口を休めて、袋だけをさすられる。そんな生殺しの責めに身悶えしているしかなかった。


 煉骨が限界まで張りつめた逸物から先走りを垂れ流しているのを満足そうに眺め、睡骨はやっと尻から指を抜いた。
 そこへすぐ自分の逸物を押し当てる。
 煉骨の脚を両手で押さえつけ、腰をぐっと前に出す。
 と、案外すんなりと鈴口が菊座に飲み込まれていった。
 とはいうものの、煉骨はさすがに苦痛だったようで、息苦しげにうめいた。
「う――や、やめろ、ちくしょう」
「どうだ兄貴、犯された気分は」
「それどころじゃねえ」
 気分なんて語っている場合じゃない。きつくて。
 あんまり苦しがられても睡骨だって興ざめしてしまう。幸い萎えてはいない煉骨の逸物を撫でてやると、貪欲にも感じているようだった。
「うくっ、うっ」
「兄貴もそろそろいきたいんだろう。こんなにおっ立ててよ」
 そう言って煉骨の手を取り、自らの勃起した棹の部分を握らせる。指の股の切れ上がったしなやかな右手が熱く硬い肉棒を包み込む。
「いいんだぜ、いっても」
 ようするに、
「俺に掘られて、俺の目の前で、自分のナニを好きなだけしごきまくっていっちまえ」
 と言いたいのだろう。
 煉骨もそれくらいは理解したらしい。素直に言葉に従うわけはなく、かといって逸物からすぐに手を離せないでいる姿が睡骨を興奮させた。
 音を立てて生唾を飲んだ。
 二人は無言でにらみ合った。
 たっぷり三十は数えられるくらいはそうしていただろうか。
 先に目をそらしたのは、煉骨の方である。
 苦虫を噛み潰したように顔をゆがめ、そっぽを向き、逸物を握る右手はゆっくりと上下に動き出した。
「うっ、ぅ、くそっ」
 悪態をつきつつも次第に手は小刻みに上下するようになる。恥も外聞もない。これ以上焦らされたら気が変になりそうだった。
 こんな痴態を見せられて睡骨も我慢の糸がもつはずもない。
 獣のように腰を振り、さっき指でさんざんいじった煉骨の尻の穴を突いた。
「あっ、く、うっ――あっあっあっ」
 感じやすい場所を責めると煉骨はひどく乱れた。
 突かれるたびに声を上げ激しく逸物をしごく。
 すぐにいきそうになるので、睡骨は煉骨の手を押さえてなおも焦らした。
「っあぁっ! うっ、ううっ、うぁっ、も、もう」
「もう? もうなんだ」
「もう我慢が」
「我慢が?」
「あっ、あっ――ああ」
「我慢がどうした」
 と口では聞いている形のくせに、下半身は違う。答えを聞くよりあえがせたいと言わんばかりにねちっこく煉骨の脚の間に押しつけられている。
「ああっ、ぁう」
「いきてえのか?」
 ん? と煉骨の顔を覗き込む。興奮と屈辱で赤らんだ目元にぞっとするような色気があった。
 睡骨は煉骨の上にのしかかるようにしてもっと顔を近づけた。
「なあ兄貴」
「う――あっ」
「いきてえんだろう?」
 腰を入れ性感帯を突く。
「たまんねえだろうが。こんなに、棹がぐちょぐちょになるほど先っぽから垂れ流してよ」
 と、辱めるようなことを言ってから、
「いきてえんだろ?」
 とたたみ掛けた。煉骨が小さく頷いたように見えた。
 見間違いかと思って睡骨が見つめたままでいると、煉骨の顎がわずかに動いて首を縦に振った。三度同じようにした。目の錯覚ではないようだ。
 睡骨はうれしそうにうめいた。口元をゆがめ、唾を飲む。
「なら、いかせてやるよ」
 かすれた声でささやき、右手に煉骨の逸物を握る。さらに口を吸った。
「んんっ!」
 煉骨は驚いて顔を背けようとしたが、途端に股間から快感がこみ上げてきてそうもできない。
 口を開かされ舌で舌を絡め取られる。逸物は容赦なくしごかれた。
「んっんっ! んんっ!」
 睡骨は舟を漕ぐように腰を揺らした。
「んぁっ、あんっ、んん! んんっ! んうっ――
 睡骨の手の中で逸物はあっという間にたかまって果てた。
 口を吸われていなければ煉骨は叫んでいたかもしれない。体が震えるほどの悦楽だった。
 睡骨も欲望のままに腰を使って幾度も突き入れた。
「うっ、くっ」
 煉骨は白いものを断続的にまき散らし、睡骨の逸物を飲み込もうかというほどに締めつける。
 こらえきれず、叫んだ。


「や、やめろ! もう、い、いっただろ――とまあ、煉骨の兄貴は往生際が悪いからよ」
 蛇骨は、次は睡骨の声を真似て言った。
「なに言ってやがる、まだまだこれからだぜ、兄貴」
 結構似ている。
 気持ち悪いくらいにやけた顔で次の煉骨の科白を言おうとしたら、それまで黙って聞いていた蛮骨がにわかに立ち上がった。
 酒瓶と椀を手に、蛇骨の横を抜けて、部屋の端へ移動した。雨戸が開け放ってあり空に浮かぶ十四日の月がよく見える。蛮骨は寝そべって手酌で酒の続きを飲み始めた。
 蛇骨には背を向けている。
「あーっ、これからがいいところなんだぜ、大兄貴」
「おまえがヘンなやつだってことはよーくわかったよ」
 蛮骨は心なしか顔色が悪い。
「いや」
 と口を挟んだのは、蛇骨の斜め前に座っている霧骨である。
「口から出任せでそれだけ話せりゃ、大したもんじゃねえか?」
 事の次第はこういうわけである。
 今夜は十四日で待宵の月だ。急に風流心を思いついた蛮骨が酒でも飲みながら月が見たいと言い出した。
 蛇骨と霧骨がお供をしたはいいが、月が出るまでには少々時間がある。そこで、暇つぶしに、
「おまえら、なんかおもしろいことやれよ」
 と蛮骨が無茶な要求をした。困った兄貴分である。
「なんかって言われても――
 と尻ごみした霧骨とは対照的に、蛇骨は、
「よし、じゃあ俺がひとつおもしろい話でも」
 そう言って、あろうことか煉骨と睡骨による、ぐちょぐちょえろえろのえげつない男色話を身振り手振り声色付きで語って聞かせたのである。
 もちろん、蛇骨が好き勝手に想像して作ったフィクションであり、事実には一分ほども基づいていない。
「寺の前で市が立つときにでも芸人に交じって興行すりゃ、ひと稼ぎできそうだなぁ。坊主が好きそうな話だしよ」
 霧骨が余計なことを言って、蛇骨が図に乗る前に蛮骨は叱っておくことにした。
「ばか、おまえらそんなことして――
 言いかけて、ふと雨戸の陰を見た。
 目に見えんばかりの怒りのオーラを身にまとった黒い影が直立不動にたたずんでいる。しかも二つ。
「あ」
 蛮骨の声で、蛇骨と霧骨もそちらに目をやった。
「あ」
 ゆらりと影が揺れ、二人が部屋に入ってくる。言うまでもない。煉骨と睡骨であった。
 おおかた三人の様子をうかがいに来たか、仲間に入りに来て、聞いてはならぬものを聞いてしまったのに違いない。
「あっ、そーだ」
 蛇骨が急に手をぽんと打ち、
「そういえば昼間街でかわいーやつ見つけたんだよな。ちょっと遊んでやりに行ってこようかな」
 そそくさと煉骨と睡骨から逃げ出そうとした。
 世の中そんなに甘くはない。
 二人は目にも留まらぬ素早さで蛇骨の両脇をがっちり捕まえると、縁側を引きずってどこかへ連れて行ってしまった。
 蛇骨の悲鳴が次第に遠ざかっていく。
「冗談だって、ただの作り話じゃねえか! 許してくれよ。なんで蛮骨の兄貴や霧骨はいいんだよ。助けて――
 しばらくして、聞くに堪えない音と罵声が響いてきた。特に煉骨のはひどい。
「てめえ×××を××××して二度と男とやれねえ体にしてやろうか、ああ!?
 などなど、とても生音声ではお届けできない。
――大兄貴」
 残された霧骨は、物言いたげに蛮骨を呼んだが、
「知るか」
 と、蛮骨は酒を飲み、右足で左足をばりばり掻いていた。
 晴れ上がった天を見上げる。それにつけても月の美しい夜であった。

(了)