稲田姫の赤い紐

 どこかで気の早いうぐいすがさえずった。
 今日は日差しがぽかぽかと暖かい。辺りを見回せば、山の木々には芽が膨らみ始めているし、地面でも落ち葉の下に若芽の色がちらちら覗いている。
 そばのあぜに蛇骨がしゃがみ込んで、何か見ている。
 他の者は田んぼの脇に水路がある斜面に座って握り飯をほお張っていた。
 煉骨が首を伸ばし、蛇骨の方を窺った。
「何かあるのか」
「ふきのとうが頭出してんのよ」
 すらりと長い指先で、黄緑色の頭をつつきながら言う。
「採って帰って汁の実にして食おうぜ」
「やめとけ、まだ早い」
 だいいち、一個だけ採ってもしょうがない。こちとら七人の(目方で言うとそれ以上になりそうだ)大所帯なのだから。
 ひんやりした風がそよそよと吹いてくる。
 真っ先に飯を食い終えて指を舐めていた蛮骨が、草を枕にごろりと横になった。さすが育ち盛り(?)というか、あんな小さな握り飯を二つ三つ食ったところで物足りないと言わんばかりの顔をしている。
 蛇骨はふきのとうから離れ、畦をぶらぶら歩き回りながら飯を食っている。
 蛮骨は雲の流れてゆく空を見ていた目をつぶった。
 このまま昼寝でもしたくなるような、いい気候である。
 遠くからは、西から攻めて来たなにがしいう軍が急ごしらえの山城を普請している様子が聞こえてくる。
 ひと月もしないうちに、ここは合戦場となるのかもしれなかった。
 そんな状況でも農民はたくましい。今きちんと農作業をしておかなければ、秋に収穫は得られないのである。怯えている暇があれば鍬持って田んぼへ出ろ、といったところだ。
「大兄貴」
 と煉骨が呼びかけた。
「あんだよ」
「そろそろ腹を決めたらどうだ。ここの城主に手を貸すのか」
「まだいいんだよ」
 と、蛮骨は答えた。
「まだ早い」
 腹を決めるのが、である。
「頭出したふきのとうとおんなじだ。もうちょっと様子見た方がいいって」
「だが」
「いいんだって」
「悪い城主じゃないと思うが」
「うるせえなぁ」
 面倒くさそうに頭をばりばり掻いている。
「痒いなら洗ったらどうです」
 煉骨がいちいち言うので、蛮骨はさらに面倒くさそうに顔をしかめる。
「ほっとけ。おまえにゃわかんねえよ」
 煉骨はいつもこぎれいな坊主頭をしている。不精してカビの生えたような頭になっているところなど、想像がつかない。
「頭のことはいいんだよ。城主だろ? まあ悪いやつじゃなさそうだけど。その悪いやつじゃねえ、ってとこが気になる」
「というと」
「例えばよ、あの城を十日守りぬけってんなら、あの城主は上手くやるぜ」
「たぶんな」
「だけど今度の戦はどうなるかわかんねえだろ」
 蛮骨は、敵国の同盟状況など、意外にも至極真っ当なことを説明した。
――だから、あっちのおっさんとこっちのくそおやじが仲良くしてるうちは、おっさんがが応援寄越すかもしれねえ。他の城が落ちれば状況も変わる。そうして戦が伸び伸びになったら、あの城主に耐えられるかはわかんねえな。俺たちだって、そんなに長く籠城に付き合うのはごめんだ」
「ふむ」
「侍どもと一蓮托生なんてしたかねえよ」
「まあ、一理あるな」
「十理はあるね」
 ともかく、今はまだ平和な空を眺めているばかりである。
 飯を食い終わった弟分たちが、一足先に腰を上げた。
 睡骨と霧骨は鍬を持って、凶骨と銀骨は、本来牛に引かせるすきを引っ張っている。蛇骨は遅れて、すきを担いで彼らを追いかけた。
 どこかで鶯が鳴いている。
 山沿いの小道を誰かこちらへ歩いてくるのが見える。
 蛮骨はむくりと起き上がった。
 来たのは小さな女の子だった。歳のころは七、八歳の、いつも一重のまぶたを細くしていて、なんとなく生意気げな子である。名前はさとと言う。
「よー、おさと」
 と、蛮骨は声を掛けてみた。
 すると、さとはびくりとその場で足を止めた。
 恐る恐る、一歩、二歩、と前に出て、
「に、握り飯!」
 と大声を上げる。それ以上は怖いのか、近づいて来れないらしい。
「大兄貴、怖がられてるんですよ」
 煉骨もそう言っている。
「おめーの顔が怖いんだよ」
(俺のせいにするな)
 蛮骨は足元の桶を取って、さとに見せた。さっきまで握り飯が入っていた桶だ。
「飯なら食ったぜ、ほら」
 そして煉骨がその桶を受け取り、布に包んで地面に置くと、さとが駆け寄ってきてぱっとそれを抱えた。飛びのくように離れる。
 煉骨はさとが逃げ帰らないうちに言った。
「今日の分は日暮れまでには終わる。おまえの母親にそう言っておけ」
 さとは逃げるように走り去った。
「さて、さっさと済ますか」
 蛮骨と煉骨も鍬を手に、田んぼへ入っていった。


 七人隊の者たちが近ごろ宿を取っているのは城から程近い村の農家で、そこの主がまだ二十四、五の未亡人だった。
 なんでも、夫は流行の感冒かぜをこじらせて肺を病み、先月亡くなったそうだ。
 子どもは四人いる。長女のさとが八歳、その下に、五歳と四歳の男の子、一歳の女の子がいる。四人の子どもの世話に追われながらも、母親は未だ若々しさを失っていない。たぶん村の若衆には、懸想して夜毎に通いたいと考えている者もいるのではないか。
 ただその若衆たちの大半は、今は戦の準備のために城へかり出されている。
 田畑の仕事を始めねばならないこの時期に、困ったことであった。
 年寄りと女子どもの労働力ではたかが知れている。で、まあ、七人隊の者どもは若い男ばかりだし、精力だけは無駄に余っているから、農作業にはうってつけだった。
 さとの母親もそれを思って、七人隊を片隅に住まわせてくれたに違いない。さすがに自分や子どもと同じところに泊めてはくれなかったが、土間やうまやでも、雨風寒さがきちんとしのげるだけ、あばら家よりはましだった。
 それに人並みな飯が毎日食える。
 現代風に言えば、農家で住み込みのアルバイトをしているようなものだろうか。
 七人隊の者たちは、さとの家の田を耕し終わると、今度は周りの家へ手伝いに行かされるようになった。
 どこの家も先に述べたような事情で男手が足りていないのだ。
 七人隊は七人隊で、楽しみがないではない。
 例えば、農作業の合間に一休みしていると、村の若い娘が飯や干した柿などを差し入れに来てくれたりする。
 蛇骨はどう思っているか知らないが、他の者は悪い気はしない。たとえ娘の目当てが見目のよい蛇骨だったとしても、目の保養くらいにはなる。
「いい尻してやがる」
 と、蛮骨が娘の後ろ姿を見送りながら、にやにや笑っている。
 煉骨がそれに釘を刺した。
「稲の種蒔〔ま〕く前に、自分の種蒔かないでくれよ」
 それにしても昼間から品のないやつらである。
 昼飯のときには、いつものようにさとの母親が握り飯と水を持ってきてくれた。飯はたらいに詰めて布で包み、水は七人分竹の筒に汲んである。
「お昼を持ってきましたよ」
 そう言ってたらいの布を広げてくれる。
 そのときそばの蛮骨と目が合うと、にこりと笑った。年増ながら若い娘に負けないみずみずしさがある笑みだった。
「この昼飯が楽しみでよ」
 と、蛮骨が思わず口を利くと、母親はくすくすと笑いながら立ち上がった。
「では明日からはもっとたくさんおむすびを作りましょう」
 そう言って帰っていった。
「見込みはなさそうだなぁ、大兄貴」
 横から霧骨が余計なことを言って、蛮骨に頭をはたかれた。
(バカ)とみんな思ったが口には出さない。黙って飯にかぶりつくのが賢いというものだ。
 蛮骨も大きな握り飯を頬張った。霧骨も、ぶたれた頭をさすり、覆面の下でもそもそと飯を食っている。
 今日も天気がいい。鶯の泣き声が聞こえる。
 涼やかな風が肌を撫ぜる。
「あ、ガキだ」
 と田の向こう側の畦道を見ていた蛇骨が呟いた。蛇骨の言うガキとは、さとのことだった。
 八人の男の子と、さとと、もう一人女の子がだんごのようになって駆けている。
 どうも、男の子たちが女の子たちに何か悪戯か、意地悪かしたらしい。女の子たちは怒って彼らを追いかけているように見える。
 しかし男の子の方が歳が上で、身の丈も大きく、足も速い。
 それでも女の子たちはがんばって追いかけて行った。じきに見えなくなった。
「ガキは気楽でいーよな」
「てめえに言われちゃお終いだ」
 また呟いた蛇骨に、睡骨が毒を吐いた。ま、取るに足らないことである。
 七人は腹がふくれて咽喉も潤ったところで、午後の仕事に取り掛かった。
 特筆すべき出来事はない。あるとすれば、夕方になって七人隊がさとの家へ帰ったときのことだった。
「さとを見ませんでしたか」
 と、母親が泥と汗で汚れた彼らに聞いてきた。
 さとが、もう暗くなるというのに帰ってこないらしい。遊びに夢中になっているのならいいが、もしものことがあったなら大事だ。人攫いなども横行しているころのことである。
 母親は近所を探しに出掛けた。
 七人隊は、まだ大騒ぎするほどでもないと思っている。体の汚れを落とすため、家の裏の井戸へ向かった。
 先に体を洗った蛮骨は、みんなが終わるのを待つ間、裏山の林中をぶらぶら歩いてみた。すでに足元は暗い。まむしが出るには時期が早いから、危険はないであろうが。
 と、いくらも入っていない場所で、さとを見つけた。昼間一緒だった女の子もいた。
「なんだ、こんなところにいたのか」
 さとは、蛮骨の声にびっくりして後じさった。
「きゃっ」
「おめえ、おっが探してるぜ」
「す、すぐ帰る」
 と言いつつ、ぐずぐずその場に留まっている。何かあるのかと蛮骨が周囲を見れば、目の高さにある枝の一つに、あかい組み紐が結ばれている。
「おさと、これおまえのか?」
―――
 さとは下を向いている。
 蛮骨は大方の事情を悟った。この紐はさとの持ち物なのだろう。それを、たぶん昼間の男の子たちが取り上げて、さとの手の届かない枝に結び付けてしまったのだ。全く子どものやる悪戯である。
「取ってやるよ」
「いい、自分で取れる」
 さとは頑なに拒んだ。あまりにうろたえている様子なので、蛮骨が不思議に思っていると、こんなことを言った。
「おっ母さまが、兄ちゃんたちに手を掛けさせちゃだめって。兄ちゃんたちは他所から来た人だから仲良くしちゃだめだって」
 蛮骨は、さとの母親の優しげな笑みを思い出した。
 小さなため息が出た。
「おまえのおっ母には黙っといてやる。おめえも言うんじゃねえぞ」
 枝から組み紐を解き、さとに投げて寄越した。さとは驚いた顔をしていたが、やがて、
「ありがとう」
 と、ほっとしたようにお礼を言う。
 蛮骨は井戸の方へ足を向け、追い払うような手つきをして見せた。
「いいから早く家に帰れ」


 ある晩、夜半に蛮骨は目を覚ました。
 土間にむしろを敷いて、その上に寝ていた。地面に着けている耳へ、ぞろぞろと聞こえてくる音がある。土を伝ってくる音だ。
 地響きに近い。
 体を起こすと、音が小さくなったが、やはり聞こえている。
 大蛇がうねりながら進んでくるような、気味の悪い感じである。
 ときおり、じゃらりという金属音が交じっているような気がする。これは鱗のこすれる音か。
――なんてな。これが化け物なもんか)
 こういう音を、蛮骨は今までにも聞いたことがあった。
(武者の行軍だ。しかも数が多いな)
 どこかの家中の者が、数多の雑兵を連れ、夜闇の中を隠密に移動しているらしい。それもこの村の近くをだ。
 戦支度の進められている昨今の状況からして、穏やかでない出来事と言える。
「兄ちゃん」
 ふいに声を掛けられた。
 上がってすぐの台所に、さとが立っている。
「なんだおさと、おめえも目が覚めたのか」
「うん。変な音がするから……」
 暗くてよく見えないが、さとは怖がっているようである。
「何の音?」
「でっけえ蛇がずるずる這ってる音だよ。早く寝ねえと、見たら取って喰われちまうぜ」
「えっ」
 さとは本気にしたのか、声を引きつらせた。ちょうどそこへ、母親がやってきた。
「これさと、早く寝なさい」
 さとの手を引き、奥へ引っ込んだ。
「おっ母さま、これは蛇がこっちにくる音だって。ほんとう?」
「そんなわけありませんよ」
 とは言うものの、母親も何の音かわからない。
「気味が悪い。ちょっと外を見てこようか」
「おっ母さま」
「さと、おまえは部屋にお戻り」
 母親はさとを残し、外へ出た。幸い月明かりがある。足元の心配はなかった。
 それで、さとが言いつけどおりまっすぐ部屋に戻ったかと言うと、そうではない。
「……兄ちゃん」
 さとが戻ったのは、土間で寝ている蛮骨のところだった。蛮骨は、億劫おっくうそうに、さとを追い払う手つきをして、
「おさと、おっ母が怒るだろ。早く寝ろ」
「おっ母さまが」
 さとの母親は、ぞろぞろと不穏な音の聞こえる裏山の方へ歩いた。井戸のある辺りより、もっと向こうから、ぞろぞろは届いてくるようである。
 しかしそこへ行く前に、井戸の手前で足を止めた。
 誰かいる。
 そのとき、空に雲が出て月を隠してしまっており、周りは闇だった。
 母親が人の気配に気づいたのは、すぐ目の前で水を汲む音が聞こえたからであった。大きな、黒々とした影がそこにあった。
 影は、こちらを見ている。
 母親は蛇ににらまれた蛙のように動けなかった。影が村の人間でないことはひと目でわかった。影が揺れるたびに、身に着けた具足、つまり鎧や手甲がこすれ合わさって、
 しゃら、しゃら、
 と音を立てている。
「女か」
 と、影が言った。
 いきなり手を伸ばしてきた。母親は腕を掴まれ、引き寄せられた。
「いやっ」
「暴れるな。かような刻限に女が何をしておるか知らんが、これも合戦を前にして与えられた仏のお恵みよ」
「お離しくださいませ、いやぁっ!」
「暴れるでない。乱暴なことはせぬ」
 影は、武者であるらしい。
 行軍で血の気が湧いていることもあるのだろう。乱暴にしないと言った割に、力任せにさとの母親を引きずり倒し、のしかかった。
「助けてっ」
「すぐにようなる」
 小袖の裾をまくり上げ、膝の内側から手を差し込んだ。
「ひっ」
 母親の背に怖気が立った。
 犯される。と実感で思った。
「やめて」
「何を言う」
「家に子どもがいるのです」
「すぐ済むことじゃ」
「ああ、いやあ」
「黙っておれ村の農婦の分際で」
 武者の太い手が、母親の口を塞いだ。
「ううっ」
 小袖がさらにまくられた。
 両脚を撫で回される感触が気持ち悪くて、反吐へどを戻しそうになる。よくなどなるはずもない。ただただ寒気がする。
 目をぎゅっとつぶり、唇を噛んで耐えるより他ない。
 と、覚悟を決めようとしたとき、ふと武者の動きが止まった。のみならず、
 ごきり
 と、いやな音がした。生温かい汁が顔にかかった。
 母親は、目を開けてみた。
 再び地を照らし出した月明かりに気がついたのと、こちらを見下ろしていた武者の首が、ずるりと胴体からずれたのと、さほど時は違わなかった。
 おびただしい血とともに、武者の頭部が腹の上に落ちてきた。
「ひいっ!」
 真っ青になって母親が逃げ出す前に、誰かがその生首を無造作に持ち上げた。
 蛮骨である。
 右手に血で汚れた蛮竜を握り、左手で生首の髪を掴んでいる。
 それを、遠く家の母屋の陰から、さとが見ていた。


「こ、殺したの」
 と、蛮骨が仰向けにした武者の胴体と、その上に並べられた生首を見て、さとの母親は震えながら尋ねた。
「見りゃわかんだろ」
「ひ、ひどい」
「何がひどい。あんたこの野郎に犯されるとこだったんだぜ」
「だけど」
 蛮骨はため息をもらした。
「もしこの野郎が兜首だったら、生かして帰せばただじゃ済まねえ。仕返しにくるだろうぜ、この村に」
 仕返し、と蛮骨は言ったが、報復と言い変えた方が真意に近かろう。
「村丸ごと潰されたかねえだろうが。殺すしかないんだよ」
 朝までに亡骸むくろを始末せねばなるまい。
 蛮骨が武者の体を引きずって行こうとすると、さとがいた母屋のところから、人影が二つ、出てきた。
 煉骨と、蛇骨である。蛇骨は懐に手を突っ込んで眠たげにしている。
 勘のいい弟分たちのことだ。他の四人も、ちゃんと起きて待っているのだろう。
 煉骨と蛇骨は、さとを家の中に押し込めるようにしてから、近寄ってきて、始末を手伝ってくれた。
「なんだよこれ」
 と蛇骨が文句を垂れたりしたが、別にそれ以上は聞いてこなかった。
 さとの母親が落ち着きを取り戻すまでには、いくらか時間が掛かった。
 それでも翌朝には、蛮骨と話ができる程度にはなった。
 母親も、蛮骨に助けられた、という気持ちはあるのだろう。七人隊の者たちを追い出したりはしなかったが、彼らを見る目は変わったようだった。
 子どもたちにも、何か言い含めたらしく、さとも寄ってこなくなった。
「もうそろそろ潮時なんじゃねーの」
 と、田んぼに着いた鍬の柄に顎を乗せて、蛇骨がぼやいている。
「どっか別んとこに移ろうぜ、蛮骨の兄貴」
「そうだなぁ」
「町に出よう、町に。田舎は飽きちまったよ」
「どうせおめえは、若い男が目当てだろ」
 結局、その翌々日には、七人は村を出て行くことにした。居心地が悪くなったこともあるにはあるが、それよりも当分この近辺で戦は起きそうにない。
 先夜の行軍は、この国の同盟国が遣って寄越したものだった。
 そして昨日、気が抜けるほどあっさりと、敵城が彼らによって落とされた。それで全てが終わったわけではないが、しばらくは様子見といったところである。
 この村に留まる理由はなくなったわけだ。
 見送りには、さとの母親だけが来た。村人たちも、七人隊がどういう人間の集まりか、さとの母親に聞くなり、察するなり、したのであろう。
「そんなもんだろ」
 と蛮骨は先頭を行きながら言う。
 道の脇の林で鶯が鳴いた。
 もう春なのである。
 春は、あまり細かいことは考えないに限る。何もなかったような顔をしていればよい。
「だけどよ、人殺しにだって、助けてもらったら礼の一つくらい言ってもバチ当たらねえぜ」
 蛇骨が何か言っているが、誰も答えない。
 答えたわけではないが、
「あ?」
 と声を上げたのは凶骨と銀骨であった。
「どしたい凶骨、銀骨」
 蛮骨が振り返る。
 すると、凶骨と銀骨の足元をすり抜けるように走ってきていた女の子二人が、慌てて林の木の後ろに隠れた。見覚えのあるかむろの頭が、ちらちら覗いている。
 蛮骨は見なかった振りをした。
 ほっといて先に行こうとした。
 背中に、さとの控えめな声を聞いた。
「おっ母さまを助けてくれてありがとう――
 その声も、蛮骨は知らん振りをした。
 すると林からさとが飛び出してきて、ものすごい勢いで走ってきたかと思うや、手に握っていたものを蛮骨に無理やり押しつけた。
 蛮骨が受け取ったかどうかもわからないうちに、一目散にきびすを返して来た道を駆け戻っていく。
 渡されたものを、手を開いて見ると、紅い組み紐だった。あのとき、蛮骨が枝から取ってやった、あの紐だ。
 煉骨が横から覗き込んでくる。
「雅だな」
「高く売れるぜ」
 と蛮骨は言った。組み紐とはいえ、よく見ればこれは木綿だった。高価なものだ。さとは、親にどれだけねだって買ってもらったものやら。
「売るのか?」
 煉骨が聞いてくる。
「いや」
「へえ」
「肩当て留めてる紐が、ぼろぼろになっちまってるし」
 蛮骨が着けている、胸を守る胴当てと肩当てを結ぶ朱の紐は、確かにぼろっちくなっている。
「そりゃ丁度よかったな」
「うん」
 やけに子どもっぽく蛮骨は頷いた。
 どうせすぐぼろぼろになっちまうんだよなぁ。とか、なんとか、ぶつぶつ言いながら紐を肩当てに結わえ付ける。
「なんだ、蛮骨の兄貴」
 蛇骨が横から眠たそうな声を出した。
「ガキに紐なんかもらって照れてんのかよ」
 なおその口は閉じない。
「まだ月のもんも来ねえどころか、男と違いも出てねえガキだってのに。五年は早いぜ。あんなのに好かれて喜んでるなんて、兄貴も可愛いもんじゃ――
 言い終わる前に、蛇骨の頭を蛮骨が力いっぱいはたいた。
 拳であった。
 春の青空に響き渡る、いい音がした。

(了)