似非坊主

「そもさん、東海に魚あり、尾もなくかしらもなく中の四骨しこつを断つ。この義いかに」
 と、目の前に座している僧侶が尋ねると、煉骨はすかさず、
説破せっぱ
 とよく通る声で短く言い放ってから、さらに続けて
くちなり」
 と言った。
「なかなか」
 目の前の僧侶がにんまりと笑う。
「ではなぜ『口』となるのか答えてみよ」
「『魚』という文字の頭は『ク』の部分、尾は四つの点、四骨というのは『+』のことであるとすれば、『魚』からそれらを除けば残るのは『口』です」
「よかろう」
「どうも」
「息災であったかよ……まったく久しぶりに顔を見たが」
「ええ、まあ」
 古びた寺の、やはり古びた庫裏くりの小さな一室で、二人は向き合っている。
 煉骨は、墨染めの僧衣に茶色っぽい地味な色の袈裟を身につけていた。
 また、顔の、頬から額にかけての色鮮やかなものは、どうにかして隠してしまっているらしい。
 切れるように細い三白眼と、同じく細い眉が普段より余計にきりりと目立って見える。
果宋かそうさまもお元気そうで何よりです」
「世辞はいらぬよ」
「……」
「図星だろう」
「そんなことはありません」
「本当は、さっさとくたばりやがれこの助平坊主、とでも思っているのだろう」
「そんなことは……」
 図星であった。
「…ないですよ」
「まったく相も変わらず、素直じゃない男だな。正直な心をさらけ出してしまえばよいではないか。俺とおまえの仲だ」
「俺はあなたと深い仲になった覚えは一切ありません」
 と、煉骨は即答した。
「そう嫌がるなよ」
「嫌がります」
「そんなに嫌か」
「心から嫌です」
「ふん……最初からそういう顔をしていればいいんだ。おまえは怒った顔が可愛いからな。やっと素直になったじゃあないか」
 と果宋がにやにやと笑いながら言うと、煉骨は心底迷惑そうに顔をしかめて、
「果宋さま、相変わらず頭に虫がお湧きになっていることはよくよく承知しましたので、少し黙っていていただけませんか」
 苦虫を三匹くらいまとめて噛み潰したような様子で言った。
「ふん」
 そんなことを言われても、果宋には別段気分を害した様子はない。
 むしろ嬉しそうに、
「生意気で愛らしいところは変わらぬなぁ」
 と呟いてから、くつくつと笑ってみせた。
 果宋は、笑うと笑窪えくぼができて年より多少幼く見える。
 実際の年齢は、煉骨より五つほど年上であった。
「…俺の話はどうでもいいんです」
 本当に、あからさまに心の底からうんざりした表情で煉骨は言う。
「それより、なにゆえ俺をここまでお呼び寄せになったのか、それをお聞かせ願えませんか」
「しかし、やはりおまえは法衣が似合うなぁ。誰に会うか分からないから念のため坊主に化けて来いと言っておいて本当に良かったよ。いやいいものを見せてもらった」
「…果宋さま」
「何だね」
「俺の話聞いてますか」
「聞いているとも。おまえを呼んだ理由わけだろう? 簡単なことだ」
「といいますと」
「商談だ」
 と言うと、果宋は、おもむろに懐から小さな扇子を取り出して、それを、
 ぱちん
 ぱちん
 と、わずかに広げては手を離して音を立て、また広げては離し、そんなふうに手の中でいじくり始めた。
「まあ聞け」
「聞きましょう」
「今のところ、俺とお前の間にある約束というのは……俺がはからっておまえに密貿易された硝石しょうせきを流してやる代わりに、おまえは諸国で聞いた侍たちや世間の裏側の話を俺に教えること、というものだよな」
「ええ」
「それがこのところちょっとまずいことになっているのだよ」
「まずいこと」
「そう」
 うむ、と果宋は大きく一度あごを引いてみせる。
「もっと言えば、その約束では俺の方が割に合わないということになっている」
 果宋が、ようやく真面目な顔つきになり始めていた。
「……」
 ところで、ここで、硝石というものについてと、またそれと煉骨との関係について少し説明しておこうと思う。
 硝石とは、現代で言うところの硝酸カリウムの通称である。天然に産出される硝酸カリウムを一般に硝石と呼ぶ。
 その硝石をなぜ煉骨が取引せねばならないのか。
 答えは、火薬である。
 この時代の火薬と言えば普通黒色火薬のことを指す。黒色火薬は当時の火器に一般的に用いられていた火薬である。
 石火矢、火縄銃、焙烙火矢ほうろくひや、など、用途は幅広い。
 だから、煉骨が火器を得意とするというのなら、この男はこの火薬を、しかも大量に必要としていたと考えられるのである。
 さてこの火薬の原料はというと、木炭、硫黄いおう、そして硝石である。
 これらの原料を粉状にして一定の割合で混ぜ合わせることで火薬となる。
 しかし硝石は、当時日本ではほとんど天然に産出しなかった。
 必要なものであるのに、日本ではたくさん取れない。それではどうするかといえば、海外からの輸入品に頼ることになるのである。
 とはいえ正規の輸入硝石は、各地の大名や領主のような有力者も多く必要としたであろうし、煉骨のような一介の傭兵身分の手にはそうそう渡らなかったのではないかと思う。
 では正規の輸入品がだめなら、どうするかといえば、今度は密輸入に頼ることになるであろう。
 しかし密輸品を買うといっても、こちらもそう簡単にことは運ばない。
 特に当時の商人、職人たちは『座』と呼ばれる同業者集団を組んでいることがよくあり、有力な武家、公家、寺社などの保護を受けていることが多い。
 この同業者集団内で、物品の相場を決めたりだの商売を行う際の風紀を取り締まったりだの、いろいろとやる。だから個人がある品物を買い付けたい、と思っても、その品物の座によって何かしら制約を受けたりする。極端なことを言えば、案外買う方の身元が怪しいとかまっとうでないということだと、品物を売ってすらもらえないということも考えられる。
 そしてたとえ密輸を行う商人といえども、何かしらこういった座のような組織を形成している場合は多かったのではないかと思う。
 それはこの場合、保護を受けていればやばくなったら権力のある人に事態を揉み消してもらうと、そういう手が使えるようになるからであって、それで、まあ果宋が住持職じゅうじしょくを務めるこの寺は、近隣では結構な有力寺なわけである。
「割に合わない……ですか」
「合わないのさ。俺の方がどうも損が大きい」
「具体的に話を聞かせていただけますか」
「おう」
 やっと完全に真面目な顔になって、果宋は頷いた。
 そして、語り始める。
「あれは確か……もう十年近く前の今時分であったな。今にも凍えそうな姿でおまえがこの寺にやってきたときはまさかこんな間柄になるとは思っていなかったが……」
「……あの」
「おまえが出て行ったときは悲しかったよ。それは、もう三日ほど三度の飯も咽喉を通らなかったものだがな。しかし今はこうしてまた俺を頼ってきてくれるのだから、そんな些細な恨みは忘れてしまおうじゃないか。うん。そしておまえが再び俺の目の前に現れて、硝石やはがねを得る経路を確保したいからどうか手を貸してくれと言ってくれたあの時、あの時ほど俺は嬉しく思ったことはなかったぞ。本当は可愛いおまえにただで硝石くらいいくらでもくれてやりたかったが、しかしそれでは密貿易の商人たちから石を買い上げる分の俺の損があまりにも大きい。いくら俺が奴らを保護してやっているから相場よりは安く買い上げられるとはいえだ。だから俺はすまないとは思いつつおまえに交換条件を出して、全国行脚しているおまえから諸国の情報を……」
「果宋さま」
 煉骨は眉間に皺をいくつもいくつも寄せて、だいぶ苛々した様子で、
「もっと最近のことだけで十分ですから、手短にお願いします」
 と、言った。
「相変わらず気が短いなぁ」
 果宋は煉骨が怒ることを分かっていてわざとやっているのか、楽しそうに笑いながら手の中の扇子を開いたり閉じたりしている。
 そして急にまた真面目な顔つきに戻って、
「ここのところまともな貿易商売をしている輩からの風当たりがきつくてな」
 じっと煉骨の目を見据えてさらに続ける。
「まともな商売人の中でまともでない奴らに俺は命さえ狙われている」
「……」
「…今、さっさと殺されちまえ、と思っただろう」
 まさにその通り図星であるが、
「そんなことはありません。あなたが殺されては俺が困ります」
「お、何だようやくおまえもその気になってくれたのか。嬉しいぞ」
「…何をわけの分からないことをご想像されているのか知りませんが、あなたが殺されると硝石や鋼が手に入らなくなるから困るんですよ」
「それで密貿易の商人たちも、そいつらから脅されたりだのしているらしくてなあ、商人の数は減るしおかげで密輸された硝石は値が上がっている。鋼は国内から来ているからともかく……」
 小さく溜め息をついて、果宋は扇子をたたむと元のように懐の中へと戻した。
「それにおまえ、本当は俺以外のところからも硝石や鋼を買っているだろう」
「はあ……それはそうですが、それが何か」
「俺というものがありながら!」
 果宋は、
 ふん
 と、拗ねた子供のようにそっぽを向いて面白くなさそうに言った。
「俺ばかりを頼ってくれているものと信じていたのに」
「そう言われても、果宋さまから頂いている分だけでは足りませんから」
「あれだけ流してやってまだ足りんというのは、一体どういう使い方をしているんだ、おまえは」
 まあいい、と言って果宋はもう一度煉骨の目を見据えた。
「俺はおまえの後ろ盾だからな、おまえが必要だというのなら俺以外の輩と商売をするのも快く許してやろうじゃないか。おまえの邪魔だけはすまいよ」
 許すっていうのはどういう意味だ。
 と、煉骨は心の中で果宋に向かって問う。
 それじゃあまるで俺があんたに許可を貰わなきゃならねえみたいじゃねえか。
「…それで果宋さま、今の状況が果宋さまにとって損だということは分かりましたが、では一体俺にどうしろと仰るので」
「俺を助けてくれ」
「は……」
「言っただろう、俺は命を狙われているのだよ。それさえ助けてくれれば、今後も滞りなく硝石や鋼を届けてやろう」
 煉骨は、気の抜けたような顔になった。
「そんなことでいいんですか」
「よい。他のことは俺が勝負をつけるべきだからな。だが武力や喧嘩の類は、俺はからきしだ。だからおまえに頼む」
「はあ」
「ただし先に言っておくが、この条件は、あくまで今後も滞りなく援助をしてやるためだけの条件だぞ」
「はあ……」
「だからこれ以上の助力が欲しかったら、別の条件を飲む必要があるからな」
 念を押すように言ってから、果宋はほっと息をついた。
「…命を狙われるというのは、いい気分のするものではないよ」
 安堵したのであろう。
 煉骨の目から見ても、果宋がそれまでずっと込めっぱなしであった肩の力を抜いたのがよく分かる。
「俺はまだ死にたくない」
「果宋さまのようなお方でも、そんなことを思うのですか」
 煉骨は、これは多少嫌味を込めて言ったつもりであったが、
「ああ、思うよ」
 と、果宋が思いのほか哀しげな声で答えてきたので、
「…そうですか」
 何やら少し神妙な心持ちになって、僅かに俯いた。
「俺を狙っている輩のことはあらかた調べがついている。実際に襲ってくるであろう時は、恐らく今夜。人数は一人で……」
「今夜ですか」
「たぶんな」
「なぜもっと早くに教えて……」
「だから、おまえの邪魔をしたくはないと言ったろう。できれば俺の方で勝手に片付けたかったんだ。が、なかなか他に信用できる用心棒もいないし、どうにもいかなくなって仕方なくおまえを呼んで取引ということにしたのさ」
「……」
「俺の優しさが分かったかよ」
 …そういうことを言わなければ、まだましだと思いますが、と煉骨は言いかけてその言葉を飲み込んだ。
 そんなふうに少しでもこの男を肯定するようなことを言ったら、また何かからかわれるような気がする。
「…おそらく今夜の夜襲で、相手の人数は一人、ですね」
「おう」
「ふむ……」
「何とかなりそうか」
「なるでしょう。供に連れてきた男もいますから」
「おまえの弟分か? 腕が立つのか」
「ええ、まあ」
 そうか、と、果宋が頷く。
「そうかそうか、まあ俺はもう昔からおまえは生意気なガキだとは思っていたが、今ではそんなふうに慕ってくれる立派な弟分もできたというなら、おまえも生意気なところはそのままとはいえ随分大人になったんだな。いや、俺は嬉しいよ」
 なんであんたが嬉しがるんだ。
 とは、煉骨は思ってもやはり、口に出さなかった。
 言ったところでどうせ話がややこしくなるだけである。
「ああ、でもおまえはその生意気なところが可愛いんだから、無理に直す必要はないぞ」
「……」
 煉骨は、
 この男のいう生意気、というのはどういう意味であるのか
 ということについては、一応、知っている。
 この男にとって生意気、というのはつまり服従の対義語なのである。
 自分に素直に服従しない相手は皆生意気であるということである。
 ということは、だ。
 煉骨が生意気だと言われなくなるのは、すなわちこの男に服従したときであり、かといって服従しなければずっと生意気だと言われて、可愛がるというか、からかって遊ばれ続けるわけである。
 生意気か服従か。天国と地獄ならぬ、地獄と地獄。
 そんなふうに煉骨は思う。
 とはいえ結局は、服従は嫌であるから、生意気と言われ続けるわけであるが。
 煉骨は溜め息をついた。
 まあしかし何といっても、たとえ生臭で変態な坊主であっても商売相手、硝石や鋼を得るためならこれくらいは耐えてやっても……
「ところで煉骨」
「何ですか」
「俺はな、おまえの後ろ盾として、よりおまえに力を貸してやりたいと思っているのだよ」
「はあ……それはありがたいことです」
「隣の国の港町に、良質の硝石を輸入している商人がいてな、最近ようやくその男とつながりを持つことができたんだ。それで、俺はその男におまえを紹介してやってもよいと思っているんだが……」
「ああ、それは是非お願いしたく……」
「勿論ただではないぞ」
 ここで、先ほども言ったが、この果宋、煉骨より五つほど年上である。
 言い換えれば煉骨より五年ほど長く生きている。
 だからやはり、煉骨より五年分上手うわてなところがあるということを、忘れてはならない。
「……」
 果宋はおもむろに立ち上がると、すす、と煉骨の身体の横まで歩み寄ってきて、そこに膝を着いた。
 果宋の方が五年分上手だというのは、それは例えば、この男は、煉骨のような男がつい服従したくなってしまうような口説き方を知っているということである。
 それはすなわち、
「硝石、欲しいだろう?」
 まあ簡単に言うと、物で釣る、ということになる。
「欲しくないか」
 果宋の手が煉骨の背を回って向こうの肩に触れる。
「それは……まあ、欲しいです」
「欲しいだろう」
「はあ」
 肩に乗せられた手にあからさまに嫌な顔をしながらも、煉骨は頷いた。
「だったら、隣国の商人を紹介して欲しいよな」
「ええ……」
「では俺の言う条件を飲むな?」
「それはものによります」
 一応きっぱりと、煉骨は言う。
「分かっているとも、俺だっていくらなんでも今すぐおまえの身を俺に任せてくれとか、そういう無理は言わぬ」
「……」
 それは本当に無理だ、と、煉骨は思う。
「誰だって最初は怖いものだ……」
 んなことはどうでもいいんだが。
「だからいきなりそういう無理なことは言わないが……」
 果宋の、煉骨の肩に回している手がついと動いて、煉骨の首筋をそろりと撫で上げてから顔の方へとやってくる。
 指の先が唇に触れる。
「言わないが、なあ、ほんの少しくらいなら、俺に代価として春を売ってもいいと思わないか?」
「…できれば思いたくありませんが」
 思い切り斜めに頭を傾けて、顔を近づけてくる果宋からどうにか逃れようとしながら、煉骨は言った。
「では売ってもいいと思えることなら、いいんだな」
「……」
「…おまえの逸物をしゃぶらせてくれ」
「ぜっっったいにご免こうむります」
「…とは言わん。もっとずっと簡単なことでいい」
 長い指の先の腹が、煉骨の下唇をなぞるように動いている。
 煉骨の両手は空いているのだから、どうしても嫌なら果宋の手ぐらい振り払えばいい。
「ここのところ、国内に入ってくる硝石の量は密貿易にしろまっとうなそれにしろ減っている。嘘だと思うなら港で商人たちに聞いてみてもいい。そういう状況の中でだ、質の良い硝石を扱う商人は……貴重だぞ」
「……」
 ちなみにこの果宋という男の信念は、根気強く、と、どんなときでも絶対にあきらめない、である。
「硝石、欲しいんだろう?」


 煉骨が、果宋という見かけだけは僧侶に見える男の部屋に入ってから四半刻(約三十分)は経っただろうか……
 供としてついてきた自分は、二人の話を聞いていても仕方がないので外で待っている。
 今日は幸い天候も良くて、雪の積もった庭に立っていてもそれほど寒さは感じない。
 むしろ寒さより、雪の照り返しがまぶしくて目がちかちかする。
 しかしそれにしても暇ではないか。
 一人で煉骨についてきたから話し相手もいない。
 まあ、そりゃ蛇骨なんかが一緒に来ていても、あの男のことだから暇になれば、
「なあ雪投げしようぜ、雪投げ」
 とでも言って、雪玉を投げつけてくるだろうからそれはそれでいかがなものかと思うが。
 まったくいつまで経ってもあの男はガキである。
 …とは言いつつ、自分もあまり人のことは言えないか。
「……」
 何となく丸めてしまった雪の玉を見て、どうしたものかと考えている。
 一人では雪合戦はできない。
 やれたら相当器用だが、多分その器用さを褒められる前に頭は大丈夫かということになるだろう。
 しかし雪玉をいつまでも手のひらに乗せていても冷たいばかりだ。
「……」
 しょうがない寺の屋根にでも投げてやれ。
 と、思って、思い切りその雪玉を握った方の手を振りかぶった。
 まさにそのときである。
 いきなり果宋の部屋の中から、
「あっ」
 と短くて鋭い声がして、それからさらに間髪入れずに、
 んぁっ……
 という、先のものと主は同じと思われるそれが聞こえた。
 その声に注意を奪われて、結局振りかぶられた雪の玉は手の中に握られたままになった。
「……」
 今の声の主は、煉骨ではなかったか。しかし、煉骨の声だというには少々何というか……
 何というか、その、つやっぽかったような。
 もっと具体的に言うなら、何かにびっくりして思わず喘いでしまった、という感じの声だった。
 何かって、何なんだか。
 そんなことを考えながらもずっと手の中に握っていたせいで中途半端にけてしまった雪玉を、しょうがないので地面に投げ捨てて、それから果宋の部屋の方に視線を遣る。
 すると、部屋の中から今度は、

 ごつん

 という、骨と骨がぶつかり合うような鈍い音が聞こえたかと思うと、いきなり庭に面した戸が勢いよく開いて、
「睡骨、仕事だ!」
 煉骨がそういう大声を上げるなり、目の下を朱色に染めて怒りながらやはり勢いよく外に出てきて、そのまま縁側づたいに早足でどこかに去ってしまう。
 睡骨が、それを見送ってから開け放たれたままの戸から部屋の中を覗くと、中では果宋が部屋の真ん中あたりで、口元と後頭部をそれぞれ片手で押さえながらうずくまって、痛みでもこらえているように何やらうめいていた。
 それが、痛がっているように見えるくせにその傍ら何だか、どこか嬉しそうな様子にも見えたのは、あるいは睡骨の気のせいであったのかもしれない。


 夜になった。
 夕日が沈み始めた頃から、次第に空が曇天どんてんに変わり始めて、白いものがちらつき始めるまでにそう時間はかからなかった。
 そして今はしんしんと、それが降り積もっている。
 辺りは無音である。
 その音の無い世界に溶け込むように、そんなふうに今、己の身体は動いている。
 ただ足音を忍ばせるのとは少し異なる。
 そうではなくて、己の身体が風か大気にでも溶けてしまったようになっているのである。
 ありていにいえば、まあ、気配を消しているとでもいったところか。
 気配を消すとはどういうことかというと、つまり外の人間に己の存在を気づかせない、ということである。
 存在そのものを消してしまうことはできないのだから、本当に消えてしまうことではない。
 存在していない、と相手に思いこませることが、すなわち気配を消すということである。
 では、気配を消す時に最も大事なことは何か。
 それは、もっともらしさではないかと思う。
 だいたい、人間というのはもっともらしいものに弱いものである。あまりもっともらしいと嘘も真実まことと信じ込んでしまう生き物である。
 もっともらしく気配を消すとはどういうことか。
 もっともらしく気配を消すというのは、己の身体を自然に溶け込ませてしまうことだと思っている。
 手足の一挙一動から呼吸の仕方、果ては両目のまばたきまで、すべてを自然の律動に同化させてしまうことである。
 自然というのは、人間の周りに常に何らかの形で存在しているものである。
 例え野山が近くになかろうと、例えば大気などは無いということはないし、建造物だってそこに住んでいる人間にとっては自然のようなものである。あって当たり前のものである。
 それに己が同化してしまうのが、気配を消す術としては一番よいのではないかと思う。
 具体的に何をどうするのかというのは、口ではなかなか説明しづらい。
 しづらいが、それでも言うなら、人体の律動の周期には各個人につき一定の決まりがあって、呼吸やまばたきや他いろいろな動きはそれによってほぼ決まっている。もっと言えば精神的な起伏などにも、人によってさまざまな周期がある。
 それらの周期を己の意思によって早めたり遅めたりして、自然の律動の周期と合わせることが、まあ大雑把にいえば気配を消すということである。
 庫裏にある果宋の部屋は、しんと静まり返っている。
 ただ中に人がいる気配だけは、ひしひしとしている。今の時刻なら、あの男が床に入って寝ているのであろう。
 あの男は坊主ではない。見た目は坊主だが、やっていることは……とかく金にがめつくて、儲かると思えば強請ゆすりたかりまでするという。とてもじゃないが聖職者にふさわしいとは思えない。
 だがそれでも元はまっとうな坊主だったらしく、やたら生活が規則正しいということは前もって調べてあった。定時に食事をして、定時に床に入り、定時に目覚める。今の時間なら床の中である。
 それに金にはがめついが、色の道にはこれっぽっちも通じていないと聞いた。これも元はまともであったせいか、女とはまるで縁が無いという。
 女を買って遊ぶこともないし、ましてや寺の中に連れ込んでいることなどあるまい。
 というわけであるから、部屋の中には果宋一人しかいないはずであった。
 それなのに、そのとき、

 しゅ

 という衣擦れの音が、小さくしかしはっきりと耳に届いてきた。

 しゅる

 そしてまた。
「…何を考えているんですか、果宋さま」
 今度は声が。
 果宋の声ではない。
「よいではないか、これくらいのこと……」
 先程の声に、果宋の声が続いた。
「俺を困らせるのがそんなに楽しいですか」
「ああ、その通りだ」
「……」
「たまには素直に俺の言うことを聞いてみろ……」
 どうやら果宋と一緒に誰かがいるらしい。
 声音からして男だが……それはあまり歓迎できない展開ではないか。
「昼間のあれだけではもの足りぬよ……痛い目にも遭わされたしな」
「あれは果宋さまが悪いんです」
「いやまさかあれほど驚くとは思わなんだ。思っていたよりずっと初心うぶだなぁおまえは」
「……あのですね」
「ちょっと撫でられたくらいであんな声を上げるとは……そうだな、本当はこういうところも弱いんだろう」

 しゅる。

 衣擦れの音がする。
 それから、食いしばった歯の間から漏れ出したような声が、
「うっ……」
 聞こえた。
 果宋ではない方の男の声である。
「…そんなに嫌がるな」
「嫌がります……」
「己の気持ちに正直になってみろ……」
 するとまた、
「…う」
「そう歯を食いしばるなよ。ほら口を開けろ、こうして……」
「ん……」
 男の声が、くぐもった。
 歯の間に丸めた布か手の指でも噛まされれば、こういう声になるのだろうか。
「ふん……そんなふうに力一杯歯を立ててくるようなところも可愛いよ。痛みまで愛しくなるじゃないか、なあ……」
 果宋が酔っているような声音で言った。
 驚いたものである。
 これまでの話を聞いていると、これからこの部屋の中でおっぱじめられようとしていることは、どうもそういうことのようであった。
 別の言い方をすると、下世話なこと、である。
 もっと分かりやすく具体的に言うと、男同士での閨事ねやごと、である。
 果宋にその道の気があったとは知らなんだ。
「…う……」
 しかし確かに僧侶の中には、禁じられた女犯にょぼんの代わりに男色にのめり込んでしまう者もいると聞くから、もしかしたら果宋もそのくちであるのかもしれぬ。
「…この先を口に咥えたらどれほど心地がいいかなんて、おまえは知らんのだろう? 普段女を買って満足しているようではなぁ……遊女でもなかなかそんなことはしてくれないだろうよ」
「ん…」
「されてみたいとは思わんか? 浄土にも昇る心地がするぞ、ここを……」
 ここの裏をこんなふうに舐められたら、と、果宋が低い声で囁く。
「…は…っ」
「そら…ここだ。ここを舌の先でな……」
「ぅんっ……」
 部屋の中から感じられる気配が、次第に濃密な艶を持ったそれに変じていくように感じられる。
 男同士のむつみあっているところなど別に見たくもないが、展開としては悪くない。
 というのも大概の男は、閨事の最中には隙が大きくなるからである。
 特にいざ相手と繋がろうというときと、また最後に絶頂に達するそのときにはどんな男でも無防備になる。
 ましてや果宋は武力喧嘩の類はからきし……そういう特に隙の大きい時をわざわざ狙わなくても、宜しくやっているところに不意打ちで襲い掛かれば逃げられまい。
 それにもう一人の男の方も、果宋に可愛がられているような男であれば、まさかそんなとてつもなく屈強な男だとかそういうことはなかろう。
 よし。
 では……
 その時であった。
「この辺りだな……」
 と、果宋がまた艶のある声を出した。
 それを聞きながら、部屋の戸に手を掛けようとした。
 その刹那、

 ばりっ

 という音とともに障子からこちらに向かって突き出された黒い塊に真正面から、
 ぐっ
 と己の腹を押さえつけられて、俺は思わず息を呑んだ。


 部屋の障子戸がすっと開いた。
「おう、ぴったりだったな」
 その戸の間から、果宋が顔を出してにやりと笑む。
「動くと腹に風穴が空くぞ」
「……」
 男は、引き攣った表情でぐっと上下の歯を食いしばった。
 男の腹の、丁度肝臓の上辺りに銃口は押しつけられていた。
「肝の臓を打ち抜かれたらさぞかし痛かろうな」
 障子から突き出ている火縄銃の黒い銃口にちらりと視線をやって、果宋は言った。
「しかし、こんなもの一丁持っていても仕方がないと思っていたが、まさか役に立つ日がくるとはなぁ……」
「こんなものを持っているなら、自分で賊くらい退治したらいいんですよ」
 部屋の中から煉骨の声が聞こえる。
「そう言われても、俺はおまえと違って鉄砲だの火薬だのには通じておらぬから。それだって、土産に貰ったものだからな、使い方を知らんのさ」
「…そうですか」
 引き攣ったままの表情の男が、やはり引き攣った声を上げた。
「は……はかったな、貴様ら」
「ふん」
 果宋が一笑する。
「引っかかる方が悪い」
「……」
「途中までは上手く気配を消してきたくせに、部屋の前で中の様子をうかがったばっかりに立っている位置までばれてしまったのではなぁ、さぞかし悔しいであろうが」
「……」
「俺たちのことなど気にせずに、とっとと襲い掛かってくればまだましであったかもしれんな。まあ、そうしたところで、その時は銃を突きつけられることもなく撃ち殺されるという結果が待っているか」
「……ちくしょう」
「おう、存分に悔しがれ」
 楽しそうに、果宋は言う。
 しかし、男は、
「これで命が助かったと思うなよ、果宋」
 とまるで羅刹のような顔をして、唸りながらそう告げた。
「…ほう、なかなか生意気な口を叩くな」
「俺がたった一人で乗り込んできたとでも思うたか」
「……」
「じきに他の者たちが現れるわ。たとえ俺を撃ち殺しても、種子島では一度に五人も六人も撃つことはできまい……」
 と、それを聞いて果宋は何を思ったか、
「ふむ」
 と溜め息をついた。
 すると隣で火縄銃を構えたままの姿で、煉骨が、
「だから言ったでしょう」
 とやはり溜め息交じりに言った。
「一人で来るわけはありませんよ。果宋さまが貧乏寺の貧乏住職というのならともかく、あらん限り貯め込んでるんですから。果宋さまを殺すついでにその財もかっぱらっていこうと考えるに決まってるでしょう」
「…それはおまえでもそう考えるということか。俺を狙うときには」
「考えます」
 煉骨は即答した。
 外では、男が戸惑ったような表情になっている。
 煉骨や果宋が一切動揺する様子を見せないからであろうが、それ以前に自分たちの考えを読まれていたことに逆に動揺したというのもあろう。
 何か言いたそうな顔をして、しかし何も言葉を思いつかなかったのか、苦悶するように呻いたきり黙り込んでしまった。
 そこをいきなり背後から羽交はがい絞めにされる。
 睡骨が、気配を断っていつの間にか男の背に近づいてきていた。
 果宋が睡骨の姿を見て、
「派手にやったな」
 と苦笑いをした。
 睡骨の片腕が男を背後からしっかりと捕まえて、そしてもう片方の手の鉤爪の切っ先は男の首筋に押しつける。
 両の手の鉤爪とも、血糊でべったりと汚れている。
 睡骨自身も頭から同じ赤いものにまみてれいた。
「おい」
 睡骨が言った。
「持ってる武器は今ここでみんな捨てな」
 男は突きつけられる切っ先からどうにか逃れようと、首を大きく傾けて仰け反っている。
「さっさとしねえか」
 尖った爪の先をさらに押しつけられながら促されて、男がようやく睡骨の言葉に従い出したのを確認してから、煉骨は一旦銃身を引き、それから部屋の外に出るとすぐに今度は男の心臓の上に銃口を押し当てた。
 果宋も煉骨の後について外へと出てくる。
 その時果宋の羽織っている小袖が、何度も、
 しゅる
 しゅる
 と衣擦れの音を立てた。
「睡骨、ちゃんと残さずやったんだろうな」
 煉骨が睡骨に向かって尋ねる。
「やったとも。七人とも全部な」
「それならいい」
 その遣り取りを聞いて、男の顔が一層青くなる。
 七人というのは、男の仲間の人数とぴったり同じであった。
 果宋が感心したように呟く。
「一人で七人片付けて自分は傷一つ負わぬか……さすが、煉骨が腕が立つといっただけはあるな……」
「果宋さま、殺しますよ。いいですね」
 煉骨が大して興も乗らないような声で言った。
 引き金にかけた人差し指にぐっと力を入れようとして、
「まあ待て」
 しかし果宋がその手を掴んで止める。
「おい賊」
 そして男の方を向いて、意地悪げな笑みを口元に浮かべながら、こう問いかけた。
「水にかき混ぜた。何になる」
「……」
「さあ答えてみろ」
「……」
「…答えられないのか」
 果宋はますます意地悪そうな顔つきになって、
「煉骨、俺があと三つ数える間に答えなかったら打ってもいいぞ」
「はあ」
「それでは、一つ……」
 男の咽喉のどが、ごくり、と音を立てる。
「二つ……」
 男が鉤爪を突きつけられて仰け反ったまま泣きそうな声を出した。
「み、三日月だ……!」
「……」
 ふん、と、果宋が笑った。
「…よかろう」
 男はもう生きた心地がしないらいしく、痙攣するように身体をひくつかせて荒い息を吐いている。
「おまえなかなか頭が良いな」
「……」
 果宋は睡骨に向き直って、
「おい、この男を放してやってくれ」
 と、言った。
「……果宋さま」
 いいんですか、と、煉骨が尋ねてくる。
「今更になって仏心を思い起こされましたか」
「嫌味はほどほどにしてくれ」
 果宋が、
「さあ早く」
 と促すと、睡骨も何だかよくわけが分からないような顔をしながら、それでも男から手を離してやった。
 果宋が男に向かって言った。
「さっさと己のねぐらに戻るがいい」
「……」
「ああでも念のため、寺の外までは見送らせて貰おうか」
 そしてにっこりと笑うと、この男、未だ状況の飲み込めない三人を残して、自ら先立って冷たい縁側をぺたぺたと歩きだした。


 逃げていく男を見送って、それから睡骨が倒した七人のむくろを片付けたのち、煉骨と睡骨と果宋の三人は庫裏の果宋の部屋で白湯さゆを飲んで、一服していた。
「…どうしてあの男を逃がしたんだ」
 と、睡骨が果宋に向かって尋ねた。
 果宋が苦笑する。
「あの男はなかなか頭が良いようだったからな。仲間を皆殺しにされて、不利な状況にあってまで襲い掛かってはこぬだろうと思ったのさ。おまえたちがいるところに十分な戦力も持たずに挑んでくるのは愚か過ぎる」
「しかし……」
「なに、また命を狙われるようなことがあったらおまえたちを呼ぶさ」
 するとそれを聞いて、煉骨が顔をしかめながら果宋の方を見た。
 煉骨は、銃を扱っている間僧衣の袖をたくし上げていたたすきをようやっとほどいて、下ろした袖を整えている。
「まさか本当に仏心を思い出されたとは思いませんでしたが、そういうことですか」
 と、苦々しい口調で果宋に向かって言った。
「そういうことだ。何かあったら助けてくれ」
「死ぬのが恐ろしいのではなかったんですか」
「恐ろしいとも。恐ろしいがしかし、おまえの顔が見れるなら少々の恐ろしさは我慢するよ」
「……」
「…また、さっさと殺されちまえ、と思っているだろう」
 ふん、と煉骨は鼻を鳴らした。
「さて……」
「おまえは分かりやすくていいよ。こっちの弟分なんかは、何を考えているやら俺にはよく分からん」
 急に話を振られたので睡骨が少し驚いたように目を開く。
 果宋は睡骨に向かって尋ねた。
「水にかき混ぜるとなぜ三日月になるか、分かるか」
「……」
「『みず』に『かき』混ぜる、んだ」
「…ああ」
 ようやく合点がいったらしい。
「つまり、『み』の後に『か』を入れて、『ず』の後に『き』をつければ『みかずき』か」
「そう」
「…煉骨の兄貴は、分かってたのか」
「分かっているだろう。昔俺が教えてやったんだからな」
「昔……」
「おう。信じられんかもしれんが、昔はな、この男も子供で可愛らしかったんだぞ。俺が出す謎かけがとけないとそりゃもう意固地になって……」
「そんな大昔の話はよしてください」
 煉骨が苦虫を五匹くらいまとめて噛み潰したような様子で言った。
 ははは、と、果宋が笑う。
「いやしかし、おまえも本当になかなかできるようになったな」
 果宋は、手に持っていた扇子の先で煉骨の右手の人差し指をさして、
「あの時とっさに指を噛んで声を出してみせたのには、驚いた」
「あなたがそうしろと言ったんですよ」
「いや俺は自分の指を噛む真似をして見せただけだ。それだけで分かるとはなぁ……」
 煉骨は、己の歯型の残っている右手の人差し指を、逆の手でさすりながら、
「果宋さまが、いきなり衣擦れの音なんぞ立て始めたときには、やれついに頭に湧いた虫のせいでどこかおかしくなったのかと思いましたが」
 と、嫌味をたっぷりと込めて言い捨てた。
「それでもおまえは俺の即興の芝居についてきてくれたじゃないか。嫌な顔をしつつも」
「あれが即興ですか」
「あれくらいはいくらでも思いつくぞ。普段から似たようなことを考えているからな」
「……」
 …あれを。
 煉骨は、思わず軽い眩暈めまいを感じて、右手で額を押さえる。

 あれをこの野郎、いつもいつも、際限なく考えてやがるのか……

「……」
 果宋はにやにやと頬を緩めたまま手元の椀を取り上げて口に運び、白湯をその内側に流し込んだ。
 ところが、
「あ、痛っ……」
 湯を口に含んだ果宋が急に手のひらで口元を押さえて顔をしかめたので、隣に座っていた睡骨が何事かとそちらを見た。
「何か?」
「いや、ちょっと舌に傷がな……」
 ほれ、と、果宋は小さく舌を出して見せる。
 すると確かに、舌先の脇の辺りに血膨ちぶくれができている。
「ああ、本当だ。そりゃあよほど強く噛んだな」
 睡骨が言うと、果宋は、何だか妙に嬉しそうに、
 ぽん
 と睡骨の肩を叩いて、
「そうだな。世の中には、知らない方がいいこともたくさんあるんだよなぁ」
 と、言って、残りの白湯をぐっと飲み干した。
 だがそう言われても、睡骨は平然としていている。
「へえそれは、例えば」
「…む?」
「俺の兄貴分が、火薬のもと欲しさに生臭坊主にほんの少し春を売っちまった挙句に、思わぬ事態についその坊主の舌を噛んだり、その上したたかに痛めつけちまった、とか、そういうことか」
 刹那にして、その場がしんと静まり返る。
 外で雪がしんしんと降り積もる気配だけが、ほんの一時いっとき辺りを満たす。
「……」
 ややあってから果宋が、ふう、と溜め息をついた。
「やっぱりよく分からん男だなぁ」
 それから、なぁ、と煉骨に同意を求めたが、こちらはもう何も言いたくはないらしく、ただまずそうに白湯をすすって哀しそうな顔をしていた。

(了)