本日は暗殺日和 (1)

 新年早々、帝国軍暗殺部隊の中でも特に成績優秀な四名が隊長の元に召集された。
「ちっ、めんどくせーよな――元旦ユェンダンは家でクソババアと餅でも食ってのんびりしようと思ってたのに――」
 などとぶつくさ文句を垂れながらも隊長は怖い。四人の女暗殺者が彼の秘密の隠れ家にひそかに集まり、副隊長のアイギールが代表して、
「隊長、新年おめでとう存じます」
 と年賀の挨拶を述べた。あとの三人――ジェイ、ツァン、ハート――は、その後ろで片膝を着いてこうべを垂れ大人しくしている。
 隊長のジョーカーは玉座(と皆が呼ぶお気に入りの寝椅子)にだらりと掛けており、
「めでたいな」
 と、三十代半ばの中年男には不釣り合いに少年のような声で答えた。
「ジェイ、どうして今日は頭が馬なんだ」
「東方のエトというものでございます、隊長」
 ジェイは普段驢馬ロバ頭の被り物をしている薄気味の悪い女である。
 その地方の生まれのツァンが脇からくちばしを入れた。
「えっとね十二の動物を毎年順番に割り当てるんですよ。今年はうま年なんです」
「弟が新年らしいことをしたいと申しまして」
 とジェイは言い添えた。不気味な彼女にも家族はいる。
 ジョーカーはそれを聞いて意外にも理解を示してくれた。
「新年らしいこと。大事だぞ、そういうのは。だから我々も新年恒例のアレ﹅﹅をやろう」
(? アレって何?)
(アレ?)
(アレって何だよ?)
(何のことだアレって?)
 と部下たちが聞いたこともない正月行事にそろって頭上に「?」マークを浮かべているのを尻目に、ジョーカーは褐色肌の手のひらだけが白い指をパチンと鳴らし、
「クラブ! スペード!」
 下僕――もとい、側近の騎士たちに支度を命じた。
 まず最初にツァンが別室に呼ばれた。
「ちぇっ、なんなんだよ――」
 とぶつくさ言いながらもその部屋に入ると、正月から変な行事に付き合わされている憐れなクラブとスペードが待っていて、ツァンに三つのつぼを勧めてきた。
 きらびやかな七宝の赤・青・黃のつぼの中には、それぞれにぬるりと光る蜂蜜がたっぷり入っている。
「三つのうち一つだけが毒です。それを当ててみせろとのご命令です」
 とスペードが説明する。
「あんだそりゃ一流の暗殺者ならわかるだろうってか? 他の二つは?」
「片方は腹下しの薬入りで、もう片方はただの蜂蜜ですよ。めてみてもいいですよ」
「どれ」
 ツァンはスペードからさじを受け取ると、平然と三つのつぼ全てから蜂蜜をすくってめた。そして赤いつぼを指差す。
「ナメてんのかよ――いや蜂蜜はめたけど。これだこれに決まってる。これだけ苦かった。毒物ってだいたい植物から取るからな。植物が毒を持つのは捕食者から身を守るためだ。だから苦いんだよ」
 ところでこれ当てたら何かご褒美でもあんの? と尋ねると、クラブが答えた。
「一流なら当てて当然だ。当然のことに褒美があるかよ」
「んじゃ外したら?」
「選んだのが下剤なら宮殿の便所掃除の当番一ヶ月、それさえ外したらヒラ隊員に降格だ。そうなったらまあ、また一からコツコツやるんだな。答え合わせは他の三人が済んだ後だ」
 ツァンが退出し、入れ替わりにジェイが入ってきた。
 ジェイもツァンと同じように全てのつぼの蜂蜜をめた(馬の被り物の口からスペードにさじを差し入れてもらった)。
 ジェイはしばし考えている様子で、馬の頭を左右に二、三度かしげてから、黄色のつぼを選んだ。
「これが一番美味しいですね」
「ジェイお前ルールちゃんと聞いてたか?」
「確実に毒殺するには標的に毒物を残らず飲み込ませなければ。吐き出してしまうようなものではいけません。隊長があからさまに毒入りとわかるようなものを出してくるとも思えませんので」
 ジェイが出ていって、次はハートが入ってきた。
 ハートはクラブが差し出してくるさじを断った。
「あたしはあんなイカれた連中とは違ってまともな人間なんだよ。毒だってわかってるもんをわざわざ食ったりしないっての」
「ならどうやって毒入りを当てるんだ?」
「お前たちどれがアタリ﹅﹅﹅か知ってるだろ」
「えっ」
「知ってるんだろ? なあスペード」
「ええ、いやそれは――困りますよ」
「あたしもさぁ別にどれが毒入りか教えてくれとは言わないよ。どれを絶対選んだらダメなのか教えてくれればいいんだ。それにするから」
「でもそれじゃ今の地位から降格させられますよ」
「こんなバカげたお遊びで死ぬよりはるかにマシだっての。一からやり直し? 上等だよ、またのし上がるチャンスなんていくらでも」
 ある――とハートは言おうとして言えなかった。
 口は開いていても声が出ない。それどころか呼吸さえ――
 一切の気配を発さずハートの背後に立っていたジョーカーが彼女の首を締めながら言った。
「相変わらずだなハート。君のためにルール追加だ。全部のつぼの中身を必ずめろ。なに、君なら必ず毒入りを当てられる」
 ――そんなこんながあり、最後にアイギールが部屋に入ってきて、有無を言わさず蜂蜜をめさせられた。
「悪いがアイギール、さっきルールが変わってな」
 と言うクラブはいささか疲れたような顔をしている。
「? そうなの?」
 アイギールは三つのつぼの中身の味を見ると、手始めにクラブとスペードへ、
「ルール違反でなければ教えてほしいのだけど、下剤ってどんなもの?」
 と尋ねた。二人の騎士はちらと目配せし合って、
「センナです」
 とスペードが答えた。アイギールは「そう」とうなずいた。
「ならこの赤いつぼがそれね。蜜に混ぜたくらいじゃ、あの苦味はごまかせないわ」
 そうなると青か黄かどちらかのつぼが毒入りである。
幻覚蜂蜜マッドハニー
 と、彼女の美しくも冷たい口元からそんな毒の名前が滑り出てきた。
「ある種の石楠花シャクナゲは蜜に毒を持っているそうね。それは蜜を集める蜂にとっても危険だけど、中には耐性のある蜂もいて有毒の蜂蜜を作るのよ。マッドハニーなら喉に不快な刺激を感じるはず」
 青いつぼを指差す。
「暗殺に使うような毒じゃないわね。いくらか多く摂取したところで、手足が震えたり朦朧もうろうとしたりして吐き気や下痢に悩まされる程度よ」
 スペードがホッとめ息をつき、クラブもついた。
「お見事ですよ、アイギール」
「なんかこうもきっちり言い当てられると腹立つな」
 アイギールはクラブとスペードに連れられてジョーカーのいる部屋へ案内された。正解者にだけ彼から話があるのだという。
 クラブがドアを開けた途端に、中から、
「下りろ! 下りろってば下りて! ここでぶちまけんぞコラ!!」
 オエエエエエエ!! ――とものすごい声でえずいているハートと、床に四つん這いにさせられた彼女の背に腰掛け優雅に両脚を組んでいるジョーカーの姿が目に飛び込んでくる。
 ジョーカーはアイギールの顔を見るとにやりとして、
「さすがに君は真っ当に正解したかアイギール。つまらん。暗殺者としてユーモアに欠けているから失格」
 君もツァンと一緒に便所掃除をしたまえ、と笑いながら言った。

(了)