『ジョシュア卿の恋人』おまけ (4)

 寝間の建て付けの悪い戸をこじ開ける音でリオンは目を覚ました。
『えい――もう、建てたばっかりだってのに』
 とめ息をつきながら入ってきたのはハヅキで、こんな真冬の朝っぱらから風呂に入ったらしく、しずくの垂れる頭を手拭いで押さえている。
 ハヅキはリオンが布団の中からこちらを見上げているのに気がつくと、
『ごめん、起こした?』
 と言いながら枕元に置かれた鏡台の前に膝を折って座った。
『この寒いのに』
 とリオンが眠たげな声で言った。
『私の故郷じゃ、今頃はもうとっくに湯屋が開いてるよ。こっちにもあれば便利なのに』
 ハヅキは鏡の前掛けをはぐって、顔に化粧水をつけたり、白粉をはたいたりし始めた。今日は朝から傭兵団へ出勤するのだと言う。
『リオンはどうするの』
『? もう一回言ってくれ』
『傭兵団に顔を出したら、って意味』
『俺は、まあ、いい』
『今日はお姫様﹅﹅﹅が来るって言ってたよ、団長が。たまには抱っこでもしてあげたら』
『ああ、あの、アイギールのミニチュアみたいな娘、か――まだ、よちよち歩きだろ』
『何言ってるのさ、もう五歳だよ。私なんかこの間将棋で負かされたし、外国語も二つも三つもしゃべれるんだって』
『性格はきっと、父親似だな。将来が心配だ』
 ハヅキが鏡台の一番上の抽斗ひきだしを開けると、こまごました化粧道具や小さな螺鈿らでん細工の宝石箱などがきちんと整頓してしまってある。
 先日ミロードと一緒にブルーレイクへ買い物に行って、
「似合うわよ。あなたの好きな『モミジ』の色ね」
 と乗せられてつい買ってしまった高級品の口紅を軽く塗ってから、宝石箱を開けた。金銀のネックレス、イヤリング、ブローチ――いくつか取り出して鏡台に並べてみる。娘の頃から相変わらず髪を短く切っているからかんざしは持たない。
『―――』
 金細工のネックレス一つを残して、あとは箱の中へ戻した。
 座る場所を箪笥たんすの前に移し、落ち着いた茶鼠の着物を選んで衣紋掛けに掛け、帯は二、三本合わせてみて、一番しっくりきた大柄の椿の物にした。
 着物を着、帯を締めて、
『手間がかかるなぁ』
 と布団から首だけ出して感心だか揶揄やゆだかしているリオンの方へ、ハヅキは流し目を寄越した。
『手伝ってよ』
 鏡台に置いてあったネックレスをつまみ上げる。
 リオンは自分の役目を察して満更でもなさそうに「ふっふ」と笑った。寝床からい出すと素裸で、
『おおさむ』
 身震いし、掛け布団の下の隅っこに丸まっていた綿入れの着物を引っ張り出して肩に引っ掛ける。
 ハヅキの背中へ回り、ネックレスの留め金を首の後ろで留めてやった。
『俺が買ってやったヤツだな』
 と気がついて、また満更でもなさそうな顔をする。
『そりゃそうだよ、リオンにもらったのばっかりだもん。まーたそれも毎度自分の好みで選ぶからさぁ、着物に合わせるのが難しいったら』
 ハヅキは仕上げに無地の綿入れ羽織を羽織った。そうすると、帯の椿の赤と金のネックレスが羽織の隙間からほどよくのぞく。
 リオンも今となってはすっかり慣れた手つきで、自分で着物の前を合わせて帯を結んだ。ハヅキの胸元の金鎖を指先に乗せてちょっともてあそび、
『確か――これは一番初めのだ。あれだ。あのとき』
 あれだよ、あれ――と言いあぐねた挙げ句、結局言いたいことを表す単語が思い浮かばなかったらしい。代わりにハヅキが、
「降誕祭?」
 とエステロミアこちらの言葉になって言った。
「――そうそれだよ」
「ずいぶん前の話だね」
 と言いながらハヅキは、そのときのことを思い出しているのか、うっとりと目を細めた。
東の国そっちの言葉では降誕祭の贈り物のことは何て言うんだ」
「さあねえ、なんだろ、聖教のお祭りってあっちにはないから――一番近いところで言ったら『オトシダマ』かな」
 などといい加減なことを言い、玄関先までリオンに見送ってもらって、機嫌よく羽織の袖を振りながら出かけていった。

(了)