エステロミアゾンビ紀行
「えー、お集まりの村民の皆様、今年もこの日がやってまいりました。当カナル村におきまして自警団が結成されてから早――年でございます。えー――本日もお招きしていますとおり、エステロミア傭兵団の皆様のご指導の賜物により、我々も昨今はどうにか自分たちの村を守るだけの力を付けてきたと自負するところであります。それで、えぇー、そもそもがこのカナル村という場所は、かの忌々しくも見事な遺構である死者の霊宮を北西に臨みまして――」
「村長さーん話長いよー!」
とセイニーがヤジを飛ばして、仲間の傭兵たちは慌ててそれをたしなめた。とはいえ、(話が長ぇ)というのはその場の皆の共通の思いで、村長もようやく聴衆たちの退屈を察し、
「――えへん、えーまあ、そうですな、そろそろゾンビたちが現れる頃合いです。各自持ち場へお願いします」
と無理やりに話を結んだ。
「安全第一。のちほど慰労会がありますので、ゾンビを退治し終わった方から私の家にお集まりを――」
毎年
ゾンビ軍団は数こそ多いが所詮烏合の衆、村人もほとんど苦戦することはなかったし、何かあっても傭兵団がついている。危険はない。わいわい、和気あいあいとした空気――これまでは確かにそうだった。
が、今年――
「ねえ、な、なにあれ。ほら、霊宮の方。帯みたいにずーっと並んでる。もしかして、あれ全部――ゾンビ?」
夜目の利くティティスが初めに見つけ、すぐ村中に伝わった。今年のゾンビ軍団は過去をはるかに上回る数だと。
しかも、これまでと違ってゾンビたちの動きは統率が取れていた。自警団や傭兵団の前衛を突破するゾンビが現れ始め、そうしたゾンビは後方で魔法を準備している魔術師や僧侶たちを襲撃した。
「きゃあ!」
「危ないミロード」
炎の呪文を唱えようとしていたミロードの真後ろ、間一髪のところまでゾンビが肉迫する。ジュランが杖を振って追い払ったが、ゾンビたちは緩慢な動きながらも次から次へ迫ってきてきりがない。
「これは魔法どころじゃありませんね。詠唱中に襲われてはどうにも。といって、これ以上離れては、前線に魔法が届きませんし」
バルドウィンやシャロットの方も似たような状況らしく、
前線の方から、
「ごめーーーん!! ゾンビが多すぎて防ぎきれなくって! 大丈夫? みんな」
とセイニーの声が聞こえた。この方が早いとばかりにゾンビの頭を踏みつけて飛び石を渡るようにしながらやって来ると、魔法の炎をまとった拳と蹴りを縦横無尽に放って魔術師と僧侶たちを救援した。
「いったん村まで
と前線からの指示を伝える。「ゾンビをそのままにしてですか?」とシャロットが不安そうな顔をした
バルドウィンが、やれやれと膝をさすりながら言う。
「ま、大丈夫じゃろう、あいつらはとろい。村まで
「あー――ったく、やってられねえな、ゾンビ退治なんて――」
村の外れまで一人とぼとぼ引き返してきたリオンは、手近な木陰に寄って腰を下ろした――が、すぐさま思い直して立ち上がる。どうも周囲の暗がりから今にもゾンビやらゴーストやらが飛び出してくるような、嫌ぁな予感がして寒気を覚えたからだった。
しばし身構えてみたところで何も起こらず、気のせいにすぎなかったが、背筋がゾクゾクする気分は収まらない。落ち着きなくその辺をうろうろ歩き回る。
遠くで火薬の弾ける音が立て続けに聞こえた。死者の霊宮から迫りくるゾンビどもの足を少しでも遅らせるために、キャスやアイギールがあるだけ火器を投げまくっているんだろうな――とリオンは思った。
ふと――何者かの気配を感じ、ギクリと振り返る。
気がつくとリオンは村外れの墓地の方へ来ていた。その気味の悪い墓石群の中に、はっきりと人影が見える。ゾンビ――にしては大人しく、顔はよく見えないが着ている物からすると婦人のようだった。
(村にこんな女がいたかな。いたかもな)
と思いながら、リオンは相手が婦人らしいとわかると心安くなって声をかけた。
「よう。こんなところで一人でいちゃ危ないぜ」
「――あらどうも。でも、あなただって一人じゃない?」
と婦人は微笑を含んだ返事を寄越した。リオンはますます心安くなって、
「村の皆が心配してるぜ。俺は探しに来てやったんだぜ。送っていってやるから一緒に村へ戻らねえか」
と、つまらない嘘までついた。
「私を探しに? ――うふふふ」
婦人は笑い出した。
「私バカバカしくって、ゾンビが村を襲うだの、それを退治するだの。だからここでバカ騒ぎが済むのを待ってるのよ。私を口説こうったってムダ。それにほら――」
と、ほっそりした腕を掲げ、リオンの背後を指差す。
村の方から、ハヅキが息を切らして駆けてくる。
「おーいリオン! こんなところにいた。勝手にいなくなるのやめてよ。探したじゃん」
ハヅキはリオンのそばまで来ると、肩に担いでいたナギナタの石突で彼の足元を小突いた。
「どーせ、ゾンビが怖くて、隠れてたんだろ」
「よせよ、おい――」
リオンはバツの悪そうな顔をして見せた。その視線の先、墓場に
墓場の婦人はその様子を見てまた笑い、気が済むまで笑ってから、
「ねえ、今夜のゾンビたちには指揮官がいるのよ」
と、出し抜けにそんなことを言い出した。
「私、それが誰か知ってるの。教えてあげてもいいわ。殿方に声をかけられるなんて久しぶりで、悪い気分じゃあなかったし」
「えっ、ほ、ほんとに?」
ハヅキが教えてほしいと頼むと、婦人はとある紳士の名前を口にし、
「村長にこの人の名前を伝えてごらんなさい」
と言うのだった。
「遅かったねハヅキ、心配したわよ」
「リオンはともかくハヅキが一緒で、ゾンビごときにやられるわけがないとは思っていたけど――」
「二人きりになってイチャつきたいのはわかるけど、状況が状況なんだから後にしてほしいわねぇ」
リオンとハヅキが連れ立って村へ戻ると、仲間たちからいろいろ言われたがそれはまあさておき、二人はさっそく村長を捕まえて、
「かくかくしかじか」
と、墓場の婦人の話を伝えた。すると村長は、
すわ、
と鬼の形相になって
墓地に着いたとき、そこにあの婦人の姿はもうなかった。
村長は、先年亡くなったのだという村のとある女性の墓碑の前に行き、しんみりとした面持ちで、
「ここに立っていたという婦人はこの方に違いありません。おお愛しい
と感極まっている。どうもリオンやハヅキが聞いた話とは違うようで、二人は一応、そのことを言ったが、村長の耳には入っていなかった。
村長は、くわと目を見開き、また別の墓碑の前に立つと、手にしたツルハシを頭上高く振りかぶった。
「おんどりゃ手前の墓が惜しけりゃ出てこんかい!! 死んだ後まで人様に迷惑をかけるアホンダラが!!」
と、はるか千里の彼方まで届くような
――。
――ゾンビたちの進軍が、ピタリと止まった。
「ゾンビが止まったにゃん」
「そうね――あそこから動かなくなったようだわ」
傭兵たちがひそひそと状況を話し合っていると、
「手出しは無用!」
と村長が言うので、傭兵たちは黙って見ていた。ゾンビの足があまりにも遅いから、彼らは
ようやく墓地まで
「この野郎人の墓を何だと思ってる!!」
と腐肉を飛び散らせながら村長につかみかかった。
「お前の墓を村に作ってやっただけでもありがたいと思え! 大人しく死んでろバカ!」
「うるせえ! お前が村長だなんてエラソーな顔してるのを見ると腹が立ってしょうがねえんだよ! 俺だってあのとき病になんか
「お前が生きてたとしても村の選挙ではわしが勝ってたわい! そんなだからあの
「なんだとお前こそ彼女に何回プロポーズしても断られたくせに」
子供のつかみ合いのようなケンカを繰り広げている二人であったが、疲れを知らないゾンビの方が、次第に優勢になってきた。
その様子を観戦していたガレスが、
「手出し無用とは言われたが、そろそろ止めてやった方がいいんじゃねえか」
とつぶやいて、「そらいけ」とばかりにジョシュアの脇をつつく。
「ええぇ僕? ゾンビ化したとはいえ元は村の人なんだろう? やりづらいよ」
そんな調子で仲間同士いやな仕事を押しつけ合って
「ああもう面倒くさいなぁ、じゃあオレがやるよ」
と引き受け、
「おりゃ!」
気合もろとも、ナギナタをゾンビの横っ腹に突き通して召し捕ったのであった。
「ぬわーーーちくしょーーー!! 来年こそは――わぁ聖水――」
元村人のゾンビは僧侶たちに引き渡されて念入りに浄化され、指揮官を失ったゾンビ軍団もそのうちなんとなく解散し村には平和が戻った。
「まあ、一応リオンのおかげで解決したのかな?」
ゾンビたちが一人二人と死者の霊宮へ吸い込まれていく景色を眺めているハヅキは、小首をかしげ、頭上にあるリオンの顔へからかうような流し目をちらと送った。
「スケベ心もたまには役に立つんだなぁ。あの女の人も村長さんの話じゃ、もう亡くなってたんだよね――リオンがナンパしたのってやっぱりゾン――」
「よせよ言うな、それ以上」
リオンは顔色が青く、ぞっとしない様子だった。
ハヅキに言われてまたぞろ鳥肌の立ってきた二の腕をしきりにさする。そっぽを向いて、霊宮に消えていくゾンビたちの姿は目にも入れようとしなかった。
(了)