『ジョシュア卿の恋人』おまけ (2)

「やあアルシル、どう、こっちでの暮らしは?」
 ジョシュアは、城のホールでアルシルと落ち合うと、そんなふうに声をかけた。
 現在エステロミア傭兵団から騎士団へ出向しているアルシルは、今日はこれといって城内行事もないらしく私服で、気楽に過ごしているようである。
「みんなへのお土産話になるようなことはないわよ」
「つらくはない? 騎士団は競争が激しいから大変だろう?」
「競うに足る相手がいればね」
 と相変わらずな調子だった。
「ジョシュア、今日の陛下への謁見は定例の報告だけでしょう。その後はヒマ?」
「多少なら時間は取れるけど、何か僕に用事?」
「たまには稽古場に顔を出してほしいわ――あなたも傭兵団と城の行き来ばかりじゃ、腕がなまるわよ」


 ジョシュアは国王への謁見を済ませると、アルシルの誘いに応えて、城の剣士たちが武術の訓練をしている稽古場へ来た。
 そこには主に若い騎士や見習いが集い、まだ幼い王子の兄弟と彼らの妹姫もいた。三人の子供たちは指南役から初歩的なことを教わっていた。それに騎士の世話をする小間使いたちもちらほらといる。
 ジョシュアは稽古着と訓練用の剣を借りて着替え、騎士たちの中に混じった。するとそれを目ざとく見つけたアルシルが、
「―――」
 無言で歩み寄ってくる。
「――ねえ、久しぶりに手合わせしない? 騎士団の訓練では物足りないの」
 口を開いたら開いたでそんなことをハッキリ言うものだから、周囲の騎士たちも色めき立つ。ジョシュアとアルシルの周りには、二人の試合を見物しようといつしか人だかりができていた。
(やりづらいなぁ)
 と、ジョシュアは困り顔をアーメットで覆った。
「左手は何にしようか?」
 と、同じくアーメットを着けたアルシルに尋ねる。
「何でも」
 との返答である。ジョシュアは手近な騎士に頼んで騎士盾を借りた。
 試合開始の合図などはなく、二人は自然に距離を取って向かい合った。
 次の瞬間、ジョシュアのアーメットで覆われた顔面にアルシルの突きが決まっていた。目にも留まらぬ早技に見物の騎士たちがどよめく。
「――やっぱり腕がなまったのじゃない?」
 アルシルは再びジョシュアとの間に距離を取りながら挑発した。
 ジョシュアは深呼吸してアーメットをかぶり直し、
「そういう君の剣も、以前なら僕が立っていられないような鋭さがあったと思うな」
 と言い返しながら、改めて剣と盾をしゃんと構え、全身に気合をみなぎらせた。
 二本目はジョシュアが攻め込んで奪取した。
 そして三本目――踏み込んできたアルシルをジョシュアは正面から盾で突き返す。直撃すれば後ろに跳ね飛ばされるような強烈なシールドバッシュを、アルシルは紙一重でかわした。
 観戦者たちが感嘆の声を漏らした。アルシルの体は強靭な弓のようにしなって、再びジョシュアの顔面を狙った鮮烈な刺突を放った。
 ジョシュアも常人離れした反射神経で、それを剣で受け流した。
 結局、三本目はどちらも決めることができなかった。二人とも、もう汗みずくで息もすっかり上がっている。引き分けということにして、拳と拳を突き合わせた。
「――さすがね。さっきは腕がなまったなんて言ったけど、嘘。やっぱりあなたは強いわ」
 アルシルがアーメットを脱ぐと、どこからともなく小間使いの若い娘がササッと駆け寄って来て、清潔なリネンを渡してくれた。
 ジョシュアもアーメットを脱いで、汗で濡れた前髪をき上げる。
「わかってるよ。君もますます技のキレがよくなってる」
 小間使いの娘は来てくれなかったが、代わりに他の騎士たちにワッと取り囲まれ、
「なあ次は俺と試合しよう」
「俺も俺も」
「あ、あの、さっきの盾の使い方をもう一度見せてください」
 などともてはやされたものだから、ジョシュアは予定よりずいぶん長居をして、皆と稽古に励んだ。


「アルシル、今日は誘ってくれてありがとう。久しぶりにいい汗をかいたよ」
 結局、ジョシュアは夕方になって稽古場を閉めるまでいて、後片付けも手伝った。
「傭兵団に帰る頃には夜中じゃない?」
 とアルシルが言う。
「ティティスが心配するわよ」
「ま、まあそれは――いつも遅くまで待たせてて、僕も悪いとは思ってるんだけど」
「あんまり、甘えてばかりじゃかわいそうよ」
「――。ええとその――君はこの後は自由時間?」
「私はデート」
「へえ、デええっ」
 とジョシュアは思わず頓狂な声を上げてしまい、アルシルににらまれた。彼女が閉ざしたまぶたのむこうであきれているのが、なんとなくわかる。
「勘違いしないで。小間使いの――訓練中にうろうろしていたでしょ、あの――を城下町の劇場に連れて行く約束があるの」
「ああ、あの君の世話をしてたか」
「城の騎士は宮廷の付き合いこれがあるのがね――でも彼女たちは、騎士に同行を頼まないと外出もできないから」
「君は彼女の騎士になってあげてるんだ。それは偉いなぁ」
「あの一人だけじゃないわよ。次から次へデートをせがんでくるのを順番に連れて行ってるのよ――同じお芝居を私はもう三回見たわ」
「ふあ」
 ぽかんとしているジョシュアに、アルシルは、
「結構いいお芝居だったわよ。主人公が世界中に散らばった根性石を九十九個集める場面は、まあ、気が遠くなったけど――」
 と言う。
「あなたも、たまにはティティスをお芝居にでも連れて行ってあげたら」
 ジョシュアはますます返す言葉がなくなって、くしゃくしゃになった前髪の生え際なぞぽりぽりいているばかりだった。

(了)