『ジョシュア卿の恋人』おまけ (1)

 ガウェインが聖教国からエステロミア傭兵団へ司祭として派遣されて早ひと月が経とうとしていた。
 長年傭兵団の司祭として聖教を教え、また自身も傭兵として暴れ回ってもとい活躍して﹅﹅﹅﹅いたバルドウィンがこの頃はさすがに寄る年波で脚を悪くしており、代わりになる聖職者もいないため、急遽きゅうきょ聖教会から送り込まれたのがガウェインであった。
(なんで俺が――早く聖教国に帰りたい)
 年若い司祭は日々そんなことを考えながら暮らしている。
 朝の礼拝を終えて手持ち無沙汰になったガウェインが図書室へやって来ると、先客がいた。この間新しい傭兵として採用されたばかりの少女で、読書をしているのではなく、机に向かってなにやら一生懸命書き物をしていた。
「―――」
 ガウェインはそっと彼女の後ろに忍び寄って、手元をのぞいてみた。少女は手紙を書いていた。

 魔公爵さま。お元気ですか。手紙が遅くなってごめんなさい。
 傭兵団での暮らしにはまだ慣れないけど楽しいです。先輩方は強い人ばかり。私もお城のみんなにずいぶんいろんなことを教わったつもりだったのに、全然敵いません。もっと剣の腕を磨かなくちゃ――

 ガウェインがほんの冒頭を読んだところで、少女はその視線に気がついて赤くなり、便箋を両手で覆い隠した。
「司祭様! 女の子の手紙を盗み見るなんて失礼だと思わないの!?」
「公爵の敬称が間違ってる」
 隠すほどの手紙か小娘――とガウェインは謝りもせず、書架の方へ足を向けた。傭兵団での生活で楽しみがあるとすれば本を読むことくらいだ。古今東西の名書奇書を蒐集しゅうしゅうした蔵書は素晴らしい。誰だかは知らないがたいそうな読書家がいるらしかった。
「私はラグネル! 小娘じゃなくて!」
 と少女――ラグネルがガウェインの司祭服を着た背中に怒鳴る。
「図書室ではお静かに、レディ・ラグネル」
 ガウェインは言い返しながら、書架の本へ手を伸ばしかけた。
 その手がふと止まったのは、近くの窓の外を古参の傭兵二人連れが通っていったからだった。陽光に当たってキラキラする栗色の巻き毛の青年と、それに珍しいエルフの娘。ジョシュアきょうとティティスに違いなかった。
 ジョシュアきょうはマールハルトきょうの代わりに王城へ行くのだろう。ティティスはそれを見送りに出てきたと見える。兄妹きょうだいのような二人は手をつないで寄り添いながら歩いていて、むつまじい様子だった。
 室内に視線を戻すと、ラグネルが書きかけの手紙を放り出して窓に張り付き、目を輝かせ食い入るようにして、遠ざかっていく先輩傭兵たちに見とれていた。自分の恋愛事でもないのに、
「きゃぁ〰〰♡」
 と赤らめた頬に両手を当てるのはいったいどういう感情から来るものなのか、ガウェインにはさっぱり理解できない。
「今日も素敵なカップルねぇ。騎士道物語の騎士と妖精の恋そのものだわ。あーんいいな! 吟遊詩人がサー・ジョシュアの物語を作って王都で広めてくれたらいいのに」
「俺だったら二度と表を歩けなくなるなそんなことされたら」
「画家に特大の絵画を描いてもらうのもいいかも。聖杯城の大広間に飾るの」
「だいたい妖精との恋愛なんて最後は悲恋になるのがお決まりの展開じゃないか。実際、エルフは若いままで人間だけが老いていくんだ。今はよくてもな、いずれは親子かじじいと孫にしか見えなくなる。エルフとは時間の過ぎる感覚だって違うだろうし、さぞ苦労が多いことだろうさ、ジョシュアきょうも」
「もう水を差さないで! 女の人に一生縁が無いお坊さんは黙ってて!」
「いかにも拙僧は生涯未婚の誓いを立てた、が、騎士道物語の本はお前の三倍は読んでるぞ。この間出た『サー・スペード物語』の最新刊だって読んだ。まあ正直話はめちゃくちゃで、スペードきょうが世界中に散らばった根性石を九十九個集めることになったときは思わず気が遠くなったが――」
「それってようするに本で読んだ知識しかないってことでしょ」
「なんだと小娘」
「ラグネル!」


「バルドウィンもマールハルトも早くよくなるといいわねぇ。バルドウィンなんか退屈しちゃってて、マールハルト相手に一日中おしゃべりしてるの」
 ティティスがジョシュアの脇に寄りかかって歩きながら言う。
「で、マールハルトの方はずーっと本ばっかり読んでるわけ。絶対に話聞いてないと思うんだけど。バルドウィン気を悪くしたりしないのかしら」
「しないんじゃない。あの二人は昔からそんな感じで、いくつになっても全然変わらないらしいからね」
 とジョシュアが笑いながら言い、ティティスの手を握る手に少し力を込めた。
「僕も――見た目はすぐおじいさんになるかもしれないけど、きっと変わらないことがあるよ」
 ティティスはそれが何と聞かなくてもわかるらしかった。照れくささ半分、嬉しさ半分で「うふふふふ」とこらえきれない笑みをもらし、ジョシュアの手をぎゅっと握り返した。

(了)