野営地の一日 (2)

「ムカシトッタキネヅカっていうのは、オレ――いや、私の国のことわざで、若い頃に身に着けた技術、という意味です」
 とハヅキは妙にぎこちない言い回しをして教えてくれた。まだ火にくべていない細いき木を一つ取り、その先で地面に「杵」と書いた。さらにその横に簡単なきねの絵を書き添える。
「これがキネです。脱穀なんかに使う道具――」
「東の帝国の文字を君の国でも使うのか」
 と傭兵団長は、そんなところに興味をかれるようだった。
「うん、あいや、はい。漢字と、あとかな文字」
「覚えるのに苦労しそうな言語だ」
「慣れればそうでもないですよ。かなだけでも通じるし」
 ねえねえハヅキ、と、彼女の隣に肩を並べて腰掛けているティティスが話に加わってくる。
「ハヅキの名前も本当はカン字で書くんでしょ? 団長に教えてあげたら?」
「う、うん――」
 ハヅキは今度は自分の名前を書いて見せた。
 傭兵団長は縦に書かれた二文字をしげしげと見て、
「これらの文字にも何かの意味があるのかね?」
 と尋ねた。
「葉っぱと、空の月。でも『はづき』の一語で八月のことをいいます。こっちでは秋の初め頃かな。オレ――私の故郷では山の紅葉が始まる頃――」
「いいなぁ、名前にそんな意味があるなんて。とってもロマンチックだわ。団長もそう思うでしょ?」
「確かに、君の名一つ取ってみても大海の東の地の繊細な四季の景色が表れているようだな」
大袈裟おおげさですよ」
 とハヅキは苦笑いして見せながらも、満更悪い気もしないらしい。
 傭兵団長はハヅキの名前の正確な発音を教えてもらい、何度かつぶやいて練習した。
「君はどこでこちらの言葉を学んだんだ?」
「オ――私は元いた道場で。あんまりちゃんと習ったわけじゃないんです。おかげですっかりその辺りの下町言葉になっちゃって。王様の異母弟おとうと君の前じゃ失礼かなって思ってはいるんですけど」
 ハヅキの話しぶりがどうもぎこちないのはそういうわけらしかった。
 そんなことは気にしなくていい、と傭兵団長が言い、ティティスも脇からくちばしを入れてきた。
「団長もそう言ってくれるんだし、いーじゃないハヅキ、そんなにかしこまらなくたって。ここには礼儀がどうのこうのって口うるさい人がいるわけでもないし」
「そういうティティスだって最初は猫かぶってただろ。ゼフィールって人――エルフか――が来たらすぐに止めちゃったけど」
「そりゃー、まあ、ほら、最初くらいはね? あ――ゼフィールが悪いのよぅ、急に来るんだもの! エルフの森に長くいすぎて、予告もなしに訪ねるなんて人里では失礼だってことがわからないんだわ!」
「そんな大声出したらゼフィールのいる天幕に聞こえるよ」
「聞こえるように言ってるんだもん」
 彼女たちのあまりのかまびすしさに、傭兵団長は顔をしかめるよりもむしろ笑い出してしまった。
 ハヅキとティティスはきょとんとして、
「何か可笑おかしかった? ――でも団長って笑ってる方が素敵ね。ちょっと怖そうな人かと思ってたけど、笑うと優しそうに見えるわ。国王陛下みたい」
「ティティス、そんな言い方しちゃ――」
 とティティス、ハヅキの順にそれぞれ言ったが、団長は別段気分を害したようでもない。
「いいさ、君たちにそう言われるのは案外悪い気分じゃない」
 傭兵団長は腰掛けから立ち上がった。彼が執務用の天幕から黙って抜け出していることに気がついたマールハルトが、怖い顔をして探しにやって来たからである。
 この野営地の運営に関する彼女たちの忌憚きたんのない意見を聞いていたんだ――と傭兵団長はマールハルトに向かって弁解した。
 それからハヅキとティティスの方を振り返り、
「邪魔をしたな、ティティス、葉月﹅﹅
 と完璧な発音でもって言い、マールハルトに連れられて行ってしまった。

(了)