モーニングルーティーン

 朝五時四十五分。起床。
 六時。エステロミア傭兵団の礼拝堂にて一時課。一日の初めの祈りを父なる神に捧げ、賛美歌を歌う。どうせ一人きり、上役も見習いもいるわけでなし、音程が外れても気にしない。
 一時課を終えて礼拝堂の掃除――をしようと思ったが、下を向くと昨晩の大量飲酒の産物が胃からせり上がってくる危険を感じたため、さぼる。
 七時。朝食。毎日決まって麦の乳粥ちちがゆ
 三口も食べたところで胸が悪くなり、さじでいたずらに皿の中をき混ぜている。と――
「おいどけ、どけ! 怪我けが人だぞ!」
 食堂の一角がなにやら騒がしい。
 熊のような大男の傭兵が、脇に苦悶顔の仲間を抱え、こちらにのっしのっし近づいてくる。
「この生臭坊主め、怪我けが人だ」
「まだ朝飯を食ってる。しばし待て」
「―――」
「―――」
「――混ぜっ返してるばっかりでちっともはかどらないじゃねえかよ」
「朝っぱらから、いったいどこで怪我けがなんかこさえてきたんだ」
「どこでだっていいだろう、坊主にゃ縁のねえ話だ」
「お主らまた支払いでめたな、賭場でだか売春宿でだか知らんが――」
「黙って魔法で治してくれりゃあいいんだ」
「坊主に悪事の片棒を担がせるとは」
 やれやれと、さじを置いて、腰を上げる。
 怪我をしてぐったりしている男のそばにしゃがみ込み、具合を診てやった。出血はなし。本人はしきりに右の腕の骨が折れたと喚いているが、骨折もなかった。
「肩が外れただけだな。しゅのお手を煩わせるまでもない」
「ひいぃ、魔法、魔法で治してくれ!」
「こちとら二日酔いで今食ったばっかりのかゆをそのまま戻しそうなところだぞ。頭の上に粗相をされたくなかったら大人しくしていろ。おい、そっちを押さえてくれ」
 と熊男に仲間を押さえつけさせておいて、外れた肩の関節をはめ込んでやる。この治療にはためらいがあってはいけない。気合いもろとも思い切りよくやってしまうのがコツ。
 怪我けが人は今際いまわの際の鶏みたいな声の裏返った悲鳴を上げ――静かになった。
 麦粥むぎがゆの皿の前に戻ってまたさじを回していると、怪我けが人はやがてのろのろと立ち上がった。右腕を上げて伸ばしたり曲げたりしてみて、不思議そうな顔をしている。
「――あの、な、治ったみたいだ。あ、ありがとう」
「その程度の怪我けがで済んだことをしゅに感謝しろ。今日の礼拝は九時からだぞ」
「―――」
 九時前。
 無理をして麦粥むぎがゆを全部食べたのがやっぱり悪かった。宿舎の裏で胃の中を空にしてすっきりしてから、急いで司祭服に着替えて礼拝の支度をする。
 九時。礼拝堂の講壇に立つ。顔は綺麗に洗ったし髪も整えてある。司祭帽を頂く。ばっちりだ。
 九時十分。いまだ一人の信徒も現れない。
 九時十五分。扉の向こうにふと人の気配を感じる。が、なにやらごそごそしているばかりで、なかなか中へ入ってこようとしない。
 まあ初めはそんなものかもしれないな――と思って、こちらから迎え入れようと扉を開けると、見知らぬ騎士が全身甲冑かっちゅうを着込んだ姿で剣を構えて立っていた。
 騎士は兜の面頬の奥で目を血走らせており、
「マールハルトはどこだ!? ママママールハルトを出せさもないと、さもない」
 と話の通じそうな様子ではなかった。その騎士の他には、辺りに人の姿はない。
「か、かか隠し立て、しても無駄だぞ!」
 め息を一つ。
「あいにく――あやつは今朝はまだ来ていなくてなぁ。用事があるなら中で待っているといいぞ。ちょうど礼拝の時間だ。私の説教でも聞いていけ、な、それがいい、な」
 騎士を力づくで礼拝堂の中へ引っ張り込む。まあとりあえず、今日の礼拝が信徒ゼロ人になることは避けられた。


 礼拝堂の扉が開いて、中から酒に酔ってぐでんぐでんの千鳥足になった騎士が転げ出てきた。
「お坊しゃんありがとう! おれぇ出家、します! おれにはぁ神様がついてまぁす、女なんてぇ――しらないっ!! 今から教会に行きまふ、行きますよぉーもうぜったい行く――」
 騎士は扉の脇に立っていたマールハルトにも気が付かず、あちこちに甲冑かっちゅうをゴツンゴツンぶつけながら、どこかへ行ってしまった。
 その後からバルドウィンが出てきた。右手に銀の水差しを、左手には礼拝用の銀杯を持っている。水差しの中には神の血ワインがなみなみ入っていたはずだが、どういうわけやら、今はそれがほとんど空っぽに近い。
 バルドウィンはマールハルトがいるのに気づいて、
「あっ、なんだお主いたのか。入ってくればよかっただろうに」
 と言った。
「――なんとなく関わり合いになりたくないことが起こっていたようだから入らないでおいた」
「あの騎士、お主と決闘するんだと言って聞かないから大変だったぞ」
「知らない顔だったがな」
「なんでも惚れた娘をお主に取られたとか言っていた」
「―――」
「お、心当たりがある顔だ。かー不潔なやつめ、騎士ってのはまったく」
「あの娘の話ではただのお友達だと言ってたぞ、親切にしてくれる騎士がいるが芝居にだって誘われたこともないんだと――」
「ははは懺悔ざんげが必要なら中で聞いてやってもいいぞ。それもまた僧侶の務め」
 バルドウィンはにやりと笑うと、水差しの底に残っていたワインを最後の一滴まで残さず杯へ注ぎ、一息に飲み干した。

(了)