野営地での休暇

「じゃあ――君が相手でも手加減なしの、本気でいこうかな――
 とジョシュアが、剣の訓練用の革手袋を両手にはめながら、優しげではあるが冗談だか本気だかわからない調子で言うので、隣で同じように訓練の支度をしていたティティスは「えーっ!」と黄色い声を上げたのであった。
「そんな――いきなりは無理よ! やっとアルシルから剣術を習い始めたところなのに。まだ初歩の初歩しか教えてもらってないわ」
「でもアルシルなら、基本的なことは初めから教えてそうだけど」
 とジョシュアはやはり声ばかりは優しく言ったが、ティティスの顔を見るといつになく青ざめて自信がなさそうにしている。それで、慌てて、
「もちろん今日は手加減するよ。さっきのは、その、本気で言ったわけじゃなくて――
 と言い添えた。
 二人は右手に訓練用の剣を、左手にバックラーをそれぞれ持って、野営地の空き地へ進み出た。近くにはアルシルとリビウスもいて、二人の様子を見守っている。
 ジョシュアは自然に剣先を上げた形に構え、ティティスもそれに対峙たいじする。アルシルに教わったことを一つ一つおさらいするように、手足の型を丁寧に確かめながら構えた。
 二人ともしばしそのままで、お互いに自ら打ち込んでいこうとはしなかった。
 ティティスはエルフの小剣術をくするがゆえに、不用意に相手の間合いに入ることの危険を熟知していた。
(そっちからきてよ――
 と、わざと隙を作るようにして、誘い込むそぶりを見せたが、ジョシュアは乗ってこない。
 勝負は一瞬で決まった。
 長い無言の駆け引きののち、ジョシュアの方から仕掛けた。慣れない剣と盾の重量にティティスは少しずつ疲労し始めており、本物の隙がわずかに生じた。そこへ鋭く打ち込んでいく。
「!」
 剣身と剣身のぶつかる激しい金属音。ティティスは初撃には耐えたが、その拍子にバランスを崩した。さらにジョシュアがバックラーで追い打って、
 トン、
 と、ティティスの体を軽く押すと、そのまますてんと後ろへ転んで尻もちをついた。
「そこまでね」
 とアルシルが割って入ってきて、転げているティティスを助け起こした。
「そんなふうに腕の力に頼ってはだめよ。だからすぐ疲れるの」
 むこうではリビウスがパンと手を打って、
「いや、手加減したとはいえジョシュアを相手にして剣をはじき飛ばされなかっただけでも、初めてにしては立派だぞ」
 と一応は褒めているらしい。
 アルシルは自らお手本を見せながら、ティティスにあれこれと指導をしてくれた。
「剣は腕で持つのではなくて、足先から頭まで通る体の幹を使って支えるのよ。そうすれば、たとえ私やあなたのように力が弱くてもびくともしないわ」
 と言って剣を構え、そこへジョシュアに打ち込ませる。アルシルはそれを軽々とはじき返した。のみならず一歩踏み込んで剣を返しながら、切先をジョシュアの喉元へ突きつける。
「これで致命傷――腕を狙って戦闘能力を奪うだけでも十分よ」
「相手が鎧を着ているときは関節を狙え。フルプレートなら顔面だ」
 とリビウス。自分が見習いだった頃のことでも思い出しているのか、なんだか楽しげな様子だった。

   * * *

「あーあ、なんだか自信なくなってきちゃった。みんな強いのね。知ってはいたけど」
 と、稽古着や防具を天幕の中に片付けながらティティスがため息をついている。
 ジョシュアは剣を立ててしまいながら、
「誰でも初めは見習いだよ。僕なんか最初は怖くて全然だめだった。ティティスは短剣の方は得意なんだし、その分早く上達するんじゃないかな。今日君と間合いを取ってる間、僕も攻めあぐねていて少し緊張したよ」
 と慰めた。
「そう? ほんとに?」
「うん――
「じゃあもうちょっと頑張ってみようかな――もうすぐ野営地ここの結界が消えてエステロミアに帰ったら、今度はあの黒王と戦わなくちゃならないかもしれないんだものね」
「ゼフィールが君をエルフの森に連れて――
「もーその話はやめて! 帰るわけないでしょ! あたしはみんなと一緒に戦うの! 絶対、帰らないから」
―――
 ジョシュアは「よかった」とつぶやいた。
 つぶやいてから、そんなことにひどく安堵あんどしている自分がいることを不思議に思った。

(了)