午睡

「入るわよ――
 アイギールが傭兵団長の執務室を訪れ、ノックをし、声をかけながらそのドアを開けると、傭兵団長が執務机に片肘を着いてうつらうつら船を漕いでいた。
 アイギールは構わず入った。
―――
 高価そうな調度品や窓の外の景色を眺めて待っていると、やがて傭兵団長はぎくりと身を縮めるようにして目を覚まし、
「ああ、なんだ――
 と、アイギールの顔を見てため息を漏らした。
「なんだ、で悪かったわね」
「いや、失敬、私の方から呼び出しておきながら。今度の海賊の旧アジト探索任務を君に任せるという話だったな――
「不用心極まりないわ」
「君が私の身を案じてくれるとは嬉しいよ。ありがとう。可愛い寝顔だと思ってくれたかね?」
 アイギールは白けた様子で、肩をすくめて見せた。
「まあでも、そうね――黙っていて寝顔だけ見れば高貴なお方﹅﹅﹅﹅﹅のような気がしたわ。うつむいて閉じた目元のあたりだとか――国王陛下の寝顔に似ていて。やっぱり兄弟ね」
「まるで陛下の御寝顔を拝したことがあるような口ぶりだな」
 と言った傭兵団長の声は急に冷たく詰問するようなものに変わっていた。
――余計な話だったかしら」
「はぐらかすな」
―――
 アイギールは、もう一度肩をすくめた。
「以前任務でマールハルトや仲間と一緒に登城したとき、国王陛下は玉座におられなかったわ。扈従ペイジを連れて中庭を散歩していて、よほど心労がまっていると見えて木陰の長椅子でお休みになっていたわ」
―――
―――
――それはさもあろうよ。この時勢で陛下のご心痛はいかばかりかとお察しする」
 傭兵団長の声はもう元の調子に戻っている。
「で――君の今度の探索任務の話だが――
 しばらくは任務の話をして、それが済むと、傭兵団長はまた眠たげな顔になり、あくびを一つ漏らした。
「アイギール、君、この後は予定があるか? もし迷惑でなければ、小半時ほどここにいてくれると助かる。その辺のものは好きに見てくれて差し支えない」
「別に、私は構わないけど」
「どうも、眠たくてかなわん――
 と、傭兵団長は椅子に深く沈み込んで目をつぶった。じきに規則正しい寝息が聞こえてきた。
 アイギールは室内をさっと調べてみたが、これまで傭兵団にいて知り得た以上の情報が手に入るようなものは何もなかった。
――わからないひとね。不用心なんだか、用心深いんだか」
 アイギールは執務机のそばへ立った。無防備に午睡をむさぼっている傭兵団長の首筋を、おもむろに指先でひとでした。
 傭兵団長は目を覚ましたらしく、呼吸が乱れた。しかし目は依然つぶったままで、
「やめてくれ」
 と言う。
「私はそこが弱いんだ」
「たいていの人間にとって急所よ」
 アイギールは手を離した。
 傭兵団長はけだるそうに両のまぶたを持ち上げて、間近に立つアイギールを見上げた。
「そうかもしれない。しかし、なんといっても君に触れられるのは格別なんだ」
「過ぎたわよ、小半時」
 アイギールはきびすを返して部屋を出ていく。
 あとに一人残された傭兵団長は、誰にも見られないのをいいことに、だらしなく椅子の上でひっくり返って大あくびをした。

(了)