トゥルヌワ

 法王の宮殿に、神の戦士たる聖騎士団の武勇に優れる騎士たちが一堂に会して武術の腕を競い合う。平時は揃いの兜をかぶり、甲冑に身を包んでいる彼らも、今日だけは思い思いに身を飾ることを許されていた。
 華やかな騎士たちの戦いを観戦するために、都中から多くの民が集まる。貴族や裕福な商人をはじめ、いつも修道院にこもっている美しい女僧侶たちまでも姿を見せる。彼女らの声援を受けて試合に臨む騎士たちは皆浮かれた様子だった。
「ふん!」
 と、面白くなさそうな様子の者がいないでもない。
 試合への出場を許されなかった騎士や、騎士見習いの連中である。彼らは華やかな舞台の裏で、表の騎士たちの世話をしたり、来年こそは自分も試合に出場せんと武術の稽古をしたりしていた。
 稽古場に、見目麗しい騎士見習いが一人いる。
 金髪に碧眼、色の生白い肌。歳はもう十六になるが、未だ少女のような容貌で、体も細く小さい。しかし、剣術の腕は一級品だった。周りの仲間からは、
「リビウス」
 と呼ばれている。
 稽古場には他に四、五人の騎士見習いがいて、剣の稽古に励んでいた。リビウスは彼らの輪には入らず、少し離れたところで一人黙々と型の練習をしていた。
「リビウス、君も残念だったよな」
 と、見習いの一人が声をかけてきた。
「本当なら、君も表で試合に出ているはずだったのに。こんなところで地味ーな稽古なんかしてないで、晴れ舞台に立てたっていうのに」
「黙ってくれ、気が散る」
 と、リビウスはつっけんどんに返答した。声をかけてきた見習い仲間は、気にせず続けた。
「事実、選考会の予備試合では君が勝ってたじゃないか。君の方が明らかに剣の腕は上だっていうのに、年上で少し家柄がいいからってあいつらが選ばれて――
「やめろ! そんな話聞きたくも――
 ない、と言いかけたそのときだった。
「あの――
 と、不意に稽古場の入り口で声がして、リビウスも、仲間たちも、一斉にそちらを見た。
 誰だ、とリビウスが真っ先に言った。入り口のところには、見知らぬ騎士見習いが二人立っていた。
「僕たちエステロミア王国の者です」
 と、栗色の巻き毛の少年の方が名乗った。もう一人は、男の格好こそしているが、おかっぱの少女らしき風体で、なぜか目を閉じたまま無愛想に突っ立っている。
 リビウスは少年と少女の顔を交互に見つめた。
「エステロミア? もしかして今日の親善試合のために来ているエステロミア王国騎士団の?」
「はい。騎士団について来ました。僕たちは騎士になるわけじゃないけど」
 と少年は気弱そうな声で言う。
「騎士の皆さんが試合をしている間、見習いの僕たちはこちらを拝見してもいいと言われたから――お邪魔してもいいですか?」
 リビウスと見習い仲間たちは顔を見合わせた。やがて誰かが、
「入りなよ」
 と言ったので、巻き毛の少年と無愛想な少女は稽古場に入ってきた。
「君たち剣の腕は立つの」
 と、少年と少女は尋ねられ、せっかくだから模擬試合をしようと持ちかけられた。すると、少女の方が初めて口を開いて、
「私は嫌よ。知らない人相手でも手加減できないわ。けが人を出したら叱られるもの」
 と言った。にわかに色めき立ったその場をごまかすように少年の方が苦笑いして、自分がやると名乗りを上げた。
「相手は誰?」
――私だ!」
 リビウスは自ら進み出た。少年は「よろしく」と微笑みかけてきたが、リビウスはにこりともしない。
 二人は訓練用の剣と盾を取り、籠面を着けた。稽古場の中央に立ち、向かい合う。体格は、リビウスの方がいささか細身だが、ほとんど同じくらいである。リビウスは上段に、少年は下段に構えた。
 二人を取り囲むように、見習い仲間たちと無愛想な少女が立って見守っている。
 リビウスと少年はお互いに機を窺い合った。それだけでたいてい相手の力量が知れるものだ。
 が、リビウスは少年の技量を掴みきれずにいる。国や剣術の型が違うといったことではなく、なんとなく得体の知れない、人間離れした気配のようなものを感じる。
(臆すな! 攻めろ!!
 と、リビウスは己を奮い立たせた。
 大きく一歩踏み込んで斬り込む。少年はそれを型通りに剣と盾で受け止めた。そして型通りに右手首を返し、剣先を面へ突き込んでくる。単純な動きではあるが、身ごなしが早く、恐ろしく正確だった。
「くっ!」
 リビウスが思わず息を乱すと、少年はさらに押し込んできた。しかし、臂力ではリビウスが勝るようである。
 少年はリビウスに押し返されて、一旦体勢を立て直すために距離を取った。
 脇で観戦していた少女が、ぼそりと何事かつぶやいた。ずっと目を閉じたままでどうなっているのかわからないが、ちゃんと見えているらしい。
「あら、彼意外と力が強いのね。本当に男の子だったんだわ」
「どういう意味だそれは!」
 と、リビウスの耳にも届いていて、言い返した。その隙を突いて少年が斬りかかってくる。やはり非力だが、狙いが鋭い。それに守りが上手い。リビウスの反撃を受けて攻撃に転じるまでが速く、よく訓練された動きである。
 二人の攻防は一進一退だった。実力はほぼ互角か――とその場の誰もが思った。だがこのまま引き分けでは終われない。
 それが起きたのは、リビウスが少年の面を狙った突きを繰り出したときであった。真剣であれば掠めただけでも致命傷であろう、深く力強い突き技を、少年は受け流しきれなかった。
 そのとき、彼の青い瞳の奥に、ほんの一瞬燃え上がるような闘争本能が覗いた。少なくともリビウスにはそのように見えた。少年の魔性の視線が、籠面の格子越しにリビウスの碧眼を貫いた。
 リビウスは、
――来る!!
 と思った。反撃がである。それも自分には防ぎきれない強烈な一撃が放たれる、そんな予感がした。
 しかし、予感で終わった。
 少年の目の奥に姿を覗かせた闘争本能はすぐにどこかへ隠れて見えなくなり、リビウスの剣はそのまま少年の籠面の側面を掠めた。その衝撃で少年は体のバランスを崩し、大きくたたらを踏んだ。決着は着いた。
 リビウスと少年は籠面を脱いだ。二人とも汗みずくで、息がすっかり上がっている。
「君はわざと負けたな!?
 と、リビウスが詰め寄ると、少年はきょとんとして首をかしげた。
「ごまかすな! どうして最後に反撃してこなかったんだ!?
「だってそれは、君の突き技があんまり強くて――
「とぼけるんじゃない! 君にはまだ闘志があったじゃないか、どうして諦めた! 反撃してきていれば君が勝っていたはずなのに!!
 その食ってかかりようを見て、例の口が悪い少女が、
「まるで猛犬のテリアみたいね」
 などと口出しをしたので余計話がこじれ、口ゲンカをしているうちに結局うやむやにされてしまった体である。
「そろそろ他へ行きましょう、ジョシュア」
 と少女が少年を促した。
「う、うん、アルシル」
 と、少年もうなずく。二人はリビウスたちにお礼を言って、稽古場を出て行った。
 リビウスの仲間たちは、エステロミア王国にも大したやつがいる、というような話で盛り上がっていた。それがジョシュアの剣技の話なのか、アルシルの毒舌の話なのかは定かでなかったが。
(エステロミアか)
 とリビウスは思った。そういえば父親の友人のバルドウィンも今はエステロミアにいるが、若い頃から僧侶のくせに鎧を着て武器を振り回すような変わり者だった。変わり者が集まっている国らしい。
 リビウスは、少し体を休めてから、地道な剣の型の稽古を再開した。
「真面目だなぁ、君は」
 と見習い仲間は揶揄したが、
「あのエステロミアの二人のおかげで気が付いた。私は自分の剣の腕について思い上がっていた。このまま騎士試合になんか出場していたら、恥をかくところだった」
 リビウスはどこまでも生真面目にそう答え、剣を振り続けていた。

(了)