剣に誓いし友

「ごめんよリビウス、せっかく来てくれたのに。今みんな任務で出払っていて」
 聖教国へ帰郷しているリビウスだが、時折エステロミアの方にも用事があるらしい。ついでに傭兵団にも立ち寄ったところ、あいにくジョシュアが一人で留守番をしているばかりだった。
「団長やマールハルト卿もいないのか?」
「マールハルトは登城してるよ。団長はマールハルトがいない隙を見計らって街へ出かけたんだ」
「危険ではないのか」
「アイギールが一緒だから大丈夫だと思うけど」
 実際のところは、治療薬を仕入れに向かったアイギールに傭兵団長もお忍び姿でひっついて行った、という具合らしい。
「ジョシュア、君の任務は?」
「実は僕は療養中で――
 とジョシュアは少し恥ずかしそうに頭をかいた。
「なんだ具合が悪いのか」
「うん」
「だったら、そんなところでぼけっと突っ立っていないで座っていろ」
 と、リビウスはジョシュアをさっさと長椅子に座らせてしまった。
 しばらく離れていたとはいえ、リビウスにとっても勝手知ったる傭兵団である。自分で上着を壁に掛け、埃を払う。
 旅装をほどき終わると、ジョシュアの隣へ腰を下ろした。
「体の具合はどうなんだ? 病気か? それともケガか」
「この間任務で負ったケガの治りが悪くて」
 ジョシュアは右の脇腹を手で押さえ、
「グリフォンにちょっとお腹を食い破られてね」
 いつもの穏やかな顔で、なんでもなさそうに言うので、リビウスの方が痛々しげに眉をひそめた。
「大ケガだっただろう、それは」
「シャロットやバルドウィンがすぐ治療してくれたから、別に生死の境をさまよったりはしなかったよ」
 と、ジョシュアの受け答えはやはりどこか淡泊である。
(まったく、相変わらずらしい)
 リビウスは声に出さずに思った。昔ジョシュアに出会ったばかりの頃は、
「どうしてこんなのほほんとしたやつが傭兵なんかやってるんだ」
 そんなふうに思っていたものだが。
 リビウスが顔をしかめているのを見て、ジョシュアは何か誤解したらしい。
「そんなに大げさなケガじゃないんだよ」
「そんなふうに他人事のように言うものじゃない」
―――
―――
――そうだ」
 ジョシュアはふいに話題を変えた。
「リビウス、この寒空の下歩き回って冷えただろう? 何か温かい飲み物でも用意しようか」
「いらん。気遣いは――
 無用だ、と言いかけたが、すでにジョシュアは椅子から腰を浮かせている。仕方なくリビウスは後を追うことにした。
「君までついて来ることないのに」
 ジョシュアは困った顔をしながら厨房へ入っていった。
 かまどにわずかに残っていた火種を吹いて熾し、小鍋をかけて葡萄酒を注ぐ。
「ジョシュア、一人分でいいぞ」
「え、でも」
「君のホットワインの味はひどいからな」
 リビウスはそう言うと、自分も鍋を持ってきて葡萄酒を一人分注ぎ、火にかけた。
「そんなにひどいかな」
「自覚がないから困る――君は美味い食事をしたいとか、そういう望みすらも少ないのか?」
「そんなことは――
 とジョシュアは口では言ったが、温めた葡萄酒に蜂蜜とシナモンを適当につっこんでいるところを見ると、どうもやっぱり繊細な味覚には程遠いらしい。
 リビウスは蜂蜜をきちんと匙で計って加えた。シナモンも初めに少々入れてから、一度匙で葡萄酒をすくって味見をし、それからもう少し足した。
 レモンをナイフで削いでそれぞれの鍋に落とし入れる。
 できあがったホットワインを器に移して部屋に戻った。
 二人とも元のように長椅子に座ると、
「君の分だ」
 と、リビウスは自分の作ったホットワインの器をジョシュアに渡した。
「え? でも」
「私の分をくれないか」
 ジョシュアの手から、ジョシュアが作ったホットワインを引き受ける。そのまま口へ運んだ。一口飲んで、
――不味い」
 と眉をしかめた。しかめながらちびちび飲んでいる。
 ジョシュアは、しばしきょとんとリビウスの顔を眺めていたが、やがて思い出したように自分も器に口を付けた。
「あ――君のは美味しいよ」
「当然だ」
 二人はやっと人心地がついて、近況などを報告し合った。
 ジョシュアが近頃の傭兵団での些末な出来事について話していたときのことであった。
「それでこの間、マールハルトがさ――つ」
「どうした?」
「いや、なんでもない」
「腹の傷か? 痛むのか?」
「大したことないよ」
「君は」
 とリビウスは大真面目に言った。
「自分の感情や望みに不誠実だ。痛いものは痛いと大きな声で言え」
―――
「そうすれば仲間が手を貸してくれる。君は感謝して、後できっと仲間を助けようと思うだろう。正しい騎士とはそういうものだ」
「リビウス――あ、つ、痛い」
「説教している場合じゃないな」
 シャロットやバルドウィンはすぐには戻らないのか、とリビウスは尋ねた。
「す、少なくとも、夕方までは帰らないと思う」
「それなのにケガ人を置いて行ったのか」
「薬があるから大丈夫だって、僕が言ったんだ」
「薬はどこに?」
「宿舎の方に――
「どうして手元に置いておかないんだ、まったく」
 リビウスはジョシュアの傷の様子を衣服の上から調べた。見たところ出血はしていない。傷口を手で押さえると、神聖魔法で塞いだ痕が腫れて多少の熱を持っているのがわかる。
「大事ではなさそうだな。これなら私でも」
 シャロットかバルドウィンが戻ったらきちんと上位魔法で治療してもらうように、と断ってから、リビウスは神聖魔法で手当をしてくれた。
「ジョシュア、できれば傷口が見えるようにしてくれないか」
「わかった」
 そのとき、にわかに階下の方で騒がしい靴音と黄色い声が聞こえた。他の傭兵たちが帰営したに違いなかった。ジョシュアが首をかしげた。
「あれ? みんなもう帰ってきたのかな。でもちょうどよかった、みんなもリビウスに会いたいだろうから」
 建物の中央にある階段を勢いよく駆け上ってくる音が聞こえる。それも足音の数からすると三人分だ。ジョシュアもリビウスも、見なくても誰かわかるような気がした。三人の後におっとりした足音も一人続いていた。
 部屋の扉が勢いよく開かれ、
「ただいま」
「ジョシュアー、お腹大丈夫?」
「みんな心配してたんだよ」
 と、まずティティス、セイニー、ハヅキの三人が一斉に飛び込み、ワンテンポ遅れてシャロットが入ってきて、
「ジョシュアさんが心配で、皆さんすぐに任務を片付けてしまって――
 そこまで言ったところで、四人とも固まってしまった。
 うら若い乙女たちが絶句して、頬を真っ赤にまでしている理由がジョシュアもリビウスもわからず、顔を見合わせた。そしてお互いに自分たちの状況を見直してみた。
 ジョシュアは、リビウスに傷口を治療してもらうために服を脱ごうと、ボタンに手をかけていた。
 リビウスは神聖魔法を施すため、ジョシュアの腹の傷の上にうずくまっている。
 そこでようやく、ああ、と二人とも納得した。
「って、み、みんな何か勘違いして――あっつ、いて、痛い」
「誤解だ! 違う! 私たちは決してそんな――待てシャロットどこへ行く!」
「ちょっ、リビウス、僕を置いて行かないで」
 そんなこんなで余計事態はややこしくなり、リビウスの久しぶりの帰還も随分な大騒動になったのであった。

(了)