早乙女
ふあぁあああっ、
と大欠伸をもらしたリオンをハヅキは横目に見やった。
「なんだ、案外元気そうじゃん」
「どうせ傭兵団じゃ、俺がここへ入院させられたことを面白おかしく
「――いや、べ、別にそんなことは」
「けっ!」
リオンは病院のベッドの上でふんぞり返り、包帯の巻かれた左肩を軽くほぐすように動かしながら言った。
「ったく、あの背高ノッポの魔族野郎から五体満足で『地図』を守って帰れるやつなんかそうそういねえぜ」
「まあ死ななくてよかったね。団長やみんなもリオンの無事を喜んでたよ」
実際リオンは、一見したところハヅキが思っていたよりはトールマンから受けた傷も軽そうだった。元気なのはよかったが、こうも悪態をつかれると、
(せっかく心配してやったのに)
という気もしないこともない。
リオンに充てがわれた病室は、たぶん団長が手を回してくれたのだろう、小さいながら南向きの日当たりのいい個室である。
小部屋に閉じ込められて安静を強要されているリオンを傭兵団の皆は思い描いて、
「部屋で一人一日中寝てなきゃならないんじゃ退屈そうだね」
とハヅキは慰めた。
「別に退屈ということもねえがな」
「? あっ、もしかしてこっそり病室抜け出したりしてるんじゃ――!」
「んなことするわけねえだろ。おまえみたいなガキじゃあるまいし」
「ガ、ガキ!?」
「大人には大人の楽しみってもんがあるんだよ」
大人の楽しみって何さ。とハヅキがリオンを問い詰めようとしたときだった。
ふいに病室のドアが三回ノックされた。音が小気味よく上品だったことからしてガレスが戻ってきたのではなさそうだ。
「入ってくれ」
リオンが
「お加減いかが?」
「悪くねえな」
リオンの顔からさっきまでの退屈そうな物憂さが消えていた。含みのある口調になり、女給へ向けた流し目にある種の感情が匂っている。
ある種の、がどんなものかまでは見通せなくても、それを嗅ぎ取る程度の第六感はハヅキにもある。こう見えたって年頃の女の子である。
リオンと女給の間の空気がなぜか腹の虫を刺激して、むっと二人をにらんだ。
「こちらは? ご家族の方?」
女給が、ベッドの脇に仁王立ちしているハヅキのことをリオンへ尋ねた。
「いや、同僚だ」
「まあ、じゃあ傭兵団の」
「そういうこった。黒王オドモックを討伐した勇士の一人だ、ぺーぺーのひよっこだがな」
「ひっでえなぁ!」
ハヅキは思わず大声で口を挟んだ。
「リオンこそ、戦闘で入院したなんて傭兵団じゃリオンだけじゃないか。鍛え方足りないんじゃねえの!?」
「仲がよろしいのね」
女給がくすりと笑う。ハヅキを年少の弟でも見るような目で見つめ、教え諭すように言った。
「これからこの人のケガの具合を診るのよ。少し席を外してくれる? 坊や」
「坊――」
ハヅキが絶句しそうになった寸前、リオンはすかさずわざと笑い声を立てた。
「はは、おいおいよく見てやれよ。こんな可愛いのが野郎なわけねえだろ」
「えっ? あっ」
女給は言われてようやく気付いたらしい。慌てて言い直した。
「ごめんなさいね、お嬢ちゃん」
「―――」
ハヅキは何も答えず、ぷいときびすを返し早足に出て行く。うつむきがちであったが、赤い顔が隠せていなかった。
リオンはドアのところまでハヅキを目線で見送り、
「へっ」
と人情味のある苦笑いをした。
しばらくのち女給は病室から出てきて、髪を直しながら廊下を歩いて行ってしまった。ドアの横で待っていたハヅキは入れ替わりに室内へ戻ったが、なんとなくリオンの顔を見れないでいる。
「――あ、あのさぁリオン」
「あんだよ」
「さ、さっきあの女給さんにオレは女だって教えてくれてありがとう。か、かか可愛いとか冗談まで言ってさ」
「別に冗談のつもりじゃねえが」
「え、えっ!?」
ハヅキのすがすがしい襟元からのぞく青白い首の付け根までもが、輪をかけて朱を散らしたように染まっている。
リオンは口の端を軽くつり上げた。意地の悪いガキ大将みたいな顔をした。
「だっておまえ実際
医師と話したガレスが聞いたところによると、リオンは当初もうニ、三日もすれば退院の予定だったそうである。
それがほんの少し延びることになった原因について、ハヅキは誰に尋ねられても、
「知らねーよ!」
と赤くなりそっぽを向いて取り付くしまがなかった。
(了)