惚気話
その日は非番で、これといってすることもなく傭兵団の長椅子でごろ寝していたリオンが、ふと言い出したのだった。
「そーいやティティス、おまえエルフの森から家出してきたんだったな」
ティティスは同じ部屋のテーブルで、ハヅキと街で
「そうだけど、なによ今更」
「ジョシュアに拾われて来たのは知ってるが、どういうなれ初めだったんだ?
「拾われて、って犬や猫じゃあるまいし。それに惚気って、あ、あたしとジョシュアは別に!」
ティティスは急に白い肌に血を上らせて、口調もしどろもどろになった。それが面白くてリオンはからかっているらしかった。
「オレも聞きたい」
とハヅキもにやけながら言った。今一つピンとこない流行の話よりは、そういう恋バナの方が楽しいのかもしれない。他人事なら、だろうが。
リオンとハヅキの二人からせがまれて、ティティスは結局話し始めた。しぶしぶ、という風だが満更悪い気はしていないらしい。
「ジョシュアとは、エルフの森を離れて人里近くの森まで来たときに出会ったのよ」
とティティスは言った。
いわく、ジョシュアは森で魔物に襲われていたティティスを助けてくれたそうである。
「そのときのジョシュアはカッコよかったんだから!」
と、ティティスは自分のことでもないのに自慢げに胸を張っている。
まだ黒王オドモックの影響がさほど強くない頃のことのはずだから、魔物も昨今のように凶暴化はしていなかったと思うが、おそらく慣れない森でティティスはたまたま魔物の縄張り近くまで来てしまったのだろう。
「あたしが追い詰められてたところへ、通りかかったジョシュアが剣を抜いて飛び込んできて魔物を追い払ってくれたの。自分がケガしてるのも構わずにあたしを守ってくれたのよ」
「ティティスにとってはジョシュアはピンチを救ってくれた王子様なんだね」
ハヅキがちょっとうらやましそうに言った。
「や、やだ王子様なんかじゃないわよ! でもカッコよかったのはほんと。だからあたしも――あ! ジョシュアには今話したことは内緒にしてね」
ちょうどそのときだった。部屋のドアが開き、
「ティティス、団長がお呼びだよ」
当のジョシュアが隙間から顔を出した。
「あ、うん!」
ティティスはぱたぱたと足早に出て行って、入れ替わりにジョシュアは室内へ入ってきた。
「座っていい?」
と断ってからハヅキと同じテーブルに着いた。
相変わらず長椅子に寝転がっているリオンが、にやにや含み笑いしながら声を掛けてくる。
「おいジョシュア、ティティスから聞いたぞ。おまえあいつの王子様なんだって?」
「ええ? 何のことだい」
「リオン! ティティスは内緒にしてって――」
ハヅキがたしなめたがリオンはお構いなしである。
「乳臭えこと言うな、そんな大層なことかよ。いや実はな――」
リオンは、さっきティティスが語ったことを手短にジョシュアへ話した。
聞き終わるとジョシュアは照れくさそうに苦笑いした。
「いやだな、ティティスはそんなふうに言ってた?」
「違うのか?」
「僕の覚えてるのとはだいぶ違うよ」
ジョシュアの話すところではこうである。確かにティティスは森で魔物に追いかけられていたようだった。しかしジョシュアが魔物の
「確か相手は獣人だったと思うけど、体中傷だらけで、たぶんティティスの魔法で相当痛めつけられてたんだと思う。おびえきってた。だから僕が剣を向けただけで逃げていったんだよ。僕はティティスを助けたというより、魔物を逃がしてやったようなものかも」
「だけどおまえケガしてたって」
「ああそれは、魔物と戦ってできた傷じゃないんだ」
あはは、とジョシュアはばつが悪そうに首の後ろをなでている。
「あのとき街道沿いの村へ薬を輸送した帰りだったんだけど、荷を積んだ木箱のトゲで腕をひっかいちゃってさ――でもティティスは親切に手当してくれたんだ」
そのときのことを思い出しているのか、青い目が優しげに細められた。頬に赤みが差す。
「あんなに頼りになる女の子は他にいないよ。だから僕も――あ、えーとその、今の話はできればティティスには内緒にしておいてもらえると」
リオンは窮屈な長椅子の上で怠惰な寝返りを打った。あきれたようにぼやいた。
「おまえらはほんっとーにお似合いだよ! 聞いてるこっちがむずがゆくなるぜ、ったく」
「リオン自分で惚気聞かせろって言ったんじゃないか」
とハヅキがテーブルに置いた腕に顔を乗せて、リオンの背中を半目でにらんだ。
「あーあ、いいなあティティスは。王子様とはちょっと違ったけど、ジョシュアみたいな人が見つかって」
ジョシュアが慌てて言った。
「いやあの、別に僕たちはそういう――そ、それにハヅキにもきっとすぐいい人が見つかるよ。だって近頃随分大人っぽくなってきれいに――あいたっ!」
ぽかっ、
と長椅子から飛んできた紙くずがジョシュアの頭を直撃した。ジョシュアとハヅキはそろってリオンの方を見た。
「おまえはティティス一人口説いてりゃいいんだよ!」
とリオンはなぜか不機嫌そうに言って、また長椅子に深く体を沈め、やがて本物ともタヌキ寝入りともつかない寝息を立て始めた。
(了)