男子会
                             エステロミア傭兵団が旧クォドラン帝国領内の地下遺跡へ遠征していた頃の話である。
                             結界によって遺跡内に閉じこめられてしまった彼らはそれにしては随分落ち着いている様子だったが、それでも毎日神経を張りつめさせ、たまには息抜きも必要だったに違いない。
                             ある晩、野営地の大きなテントには若い男傭兵たちが集まっていた。
                            「それでな、ユングハイムのあいまい屋にいるんだよ、またこのいい女がよ」
                             と彼らの中では年かさのリオンがいささか下品な声を上げている。もうすっかりできあがっているらしく、手にしたカップに
                             ちなみにあいまい屋というのは春を売る女性のいる店のことである。
                             リオンは一人にやけて楽しそうだったが、他の皆は、
                            「ふーん」
                             とそろってそんな調子だから盛り上がらないことこの上ない。
                            「――おまえらなぁ、それでも男かよ。俺がおまえらくらいの年の頃はもっとガツガツしてたもんだぜ」
                            「そういう話でしたら私はお先に失礼しますよ」
                             とジュランが早々に席を立って出て行ってしまった。リオンは残ったジョシュアやリビウスに矛先を向けた。
                            「おまえら生涯に一度くらいは
                            「一万Gあればちょっといいロングソードくらい買えるのに」
                             ジョシュアが色気のないことをぼやいている。リビウスも似たようなものである。
                            「一万Gとはえらく高いな」
                            「高い。そこでだ、ここにいる全員で金を出し合ってだな、そうすりゃ一万Gくらいは貯まるだろう。くじで選んだ代表一人がそれ持って女に逢いに行くってのはどうだ」
                            「なぁんだようするにみんなで一万G賭けようって話か」
                             と脇のバンが察しよく言った。
                             リビウスが顔をしかめた。
                            「賭け事とは関心しないな。それに私は娼婦になど」
                             リオンはにやりと笑って言い返した。
                            「別にあいまい屋に行ったからナニしなきゃならねえってわけでもねえさ。きれいな顔拝むくらいでおまえの神様も怒りゃしねえだろう。それともリビウス、おまえ堪える自信がないのか」
                            「な!? 侮辱するつもりかリオン!」
                            「自信があるならおまえも参加だな。おいジョシュア、おまえはどうする」
                            「ぼ、僕もあんまりそういうことには興味が――」
                            「付き合いの悪いやつだな。つべこべ言うな」
                             あう、とジョシュアは押し黙ってしまった。お人好しである。
                            「なんだか楽しそうにゃーん」
                             と気楽な声を上げているキャスはたぶんあいまい屋が何かさえわかっていない。
                             困った顔をしているジョシュアが、ふとテントの隅の方を振り返った。
                            「ねえゼフィール、き、君も一緒にどうだい?」
                             ゼフィールは、人間とは関わりたくないといった風情で一人ぽつねんと離れて座っていた。
                             リオンがふんと鼻を鳴らし、
                            「よせよジョシュア。ほっとけあんなやつ」
                             とげとげしい調子で言い捨てたのを、ゼフィールはちらっと鋭い目の端で振り返った。そしてしばらく思案してからおもむろに皆のそばへ近寄ってくる。
                            「私も参加させてもらおう」
                             皆「えっ」という顔になった。声を掛けた当人のジョシュアでさえ驚いている。
                             ゼフィールはバンの隣へ腰を下ろした。
                            「ふん、まあいい」
                             とリオンは悪態をつきつつ、一旦テントを出るとくじを用意して戻ってきた。即席の他愛ないものである。
                            「いいか、このくじの先の白いのが当たりだ。インクが付いてんのはハズレな。一人一本ずつ引けよ」
                             皆一本ずつくじを引いて、せーので結果を確かめることになった。
                            「せーのっ!」
                             握っていたくじの先を見て、ジョシュアとリビウスはほっとしたような顔をした。二人はハズレだった。
                            「ちぇっ」
                             と舌打ちしたバンやキャスもハズレだ。リオンがしてやったりと口の端をつり上げかけたそのとき、しかし、
                            「当たりだ」
                             とゼフィールがおかしくもなさそうな声でつぶやいた。リオンは急に慌てて、
                            「なに!?」
                            「どうかしたのか、リオン」
                             その慌て様に皆の視線が一斉に集まったからさすがのリオンも冷や汗を流した。
                             中でもゼフィールの視線は白けている。
                            「そうだどうかしたか。私が当てては都合が悪いような慌て方をして。まるで誰に当たりが行くかあらかじめ知っていたようだな?」
                            「うぐ――」
                            「そもそも白いくじが当たりという時点で怪しいのだ。たとえば全てのくじの先にインクを付けておく。全員に引かせて、自分以外がハズレたのを確かめてから、こうして」
                             ゼフィールは自分のくじの先をちぎり取った。
                            「しまえば自分だけは当たりの白いくじの完成だ」
                            「なぁんだイカサマだったのか」
                             とバンが肩をすくめた。
                            「ズルはよくないにゃん」
                             キャスにまで言われリオンは思わず顔に血を上らせてにらんだ。
                             ゼフィールは相変わらずのすました目つきである。
                            「その様子だと図星か。愚かしいな子供じみたまねをして」
                            「遊びに行くお金にも困ってるほどなら正直にそう言ってくれればよかったのに」
                             とジョシュアが言い、
                            「私は貸さないがな」
                             リビウスが言い添えた。
                             皆がさんざんに言うのでリオンはもう居直ってしまったらしい。
                            「あのなぁ、俺は別に金に困ってるわけじゃねえんだ。わからねえかな、こういうのはバレねえように事を運ぶスリルが楽しいんであってだな」
                            「なら不正がばれなかったとしても私たちから金を取るつもりはなかったのか」
                            「そりゃ、取るに決まってる!」
                            「じゃあやはり金目当てなんじゃないか!」
                             白熱しているリオンとリビウスを横目に、ジョシュアがゼフィールを呼んだ。
                            「君が看破してくれなかったら僕たち随分損させられてたみたいだ」
                            「まったく」
                             と答えたゼフィールは、騒動を眺めながらおかしそうに少し相好を崩しているように見えた。が、ジョシュアの視線に気づくとまた元のようにつんとすました顔を取り繕った。
                        
(了)