夜ごとの夢
ハッ!!
と、ジョシュアが目覚めたとき、外はすでに明るく窓の
チュリリ――
と
ジョシュアは思わず右手で体の横を探った。が、触れるのは生温かいシーツの感触ばかりである。当たり前だ。傭兵団の宿舎の自室で一人で寝ていたんだから。
「ああもう――なんだよ――」
うめきながら体を丸めてベッドへ顔をうずめた。
脳裏についさっきまで見ていた夢の情景が浮かぶ。うう、ともう一度喉の奥からうめいて、
(ごめんティティス)
すさまじい罪悪感に耐え切れず心の中で謝った。なんかもう申し訳ない気持ちでいっぱいである。できることなら土下座して謝りたい。土下座というのは東の国では最上級の謝罪を表す行為だとハヅキから聞いたような気がするが違っただろうか。
目を閉じていると夢の中で感じた感覚までまざまざ蘇るようで、慌ててまぶたを持ち上げた。
ジョシュアはのろのろとベッドを抜け出した。
窓へ歩み寄り、鎧戸の掛け金を外して開けると朝日がまぶしい。光を浴びたら多少は頭もすっきりしたが、
「寝坊した――」
この日の高さでは早い部隊はもう出発しているのではないか。遅刻でこそないものの、皆と顔を合わせたらからかわれそうだ。
「あー」
ため息がもれる。うだうだしていても始まらない。朝食でも取れば気分もよくなるだろうか。その前に身支度をしなくてはならないが、
「―――」
ジョシュアはちらっと足元を向いて二度目のため息をついた。
四半時ほど経ってからジョシュアは食堂へ下りた。
「あっ、ジョシュアおはよう。遅かったね」
「おはよう。ごめん寝坊したよ」
「みんなもう朝ご飯食べ終わっちゃったよ」
ジョシュアはハヅキが用意しておいてくれた食事と、それにオレンジを一つ持って食堂へ戻った。
冷めた米飯のおにぎりをかじり、独特の風味のするスープを飲んだ。大豆を発酵させたペーストで味付けされていて、これも東の国の食べ物だそうだ。
さっと済ませてしまおうと思っていたところだったのに、
「あーっ、ジョシュアやっと起きてきたの?」
と急に後ろから背中を
「ちょ、ちょっと大丈夫? そんなに強く叩いたつもりなかったんだけど」
横から顔をのぞき込まれた。大きな碧玉のようにころんとした二つの瞳がまっすぐジョシュアを見つめている。椅子を引いてジョシュアの隣に腰を下ろすと、
「もう、しっかりしてよね。なかなか下りてこないから起こしに行こうかと思ったわよ」
「うっ、いや、それはやめて――おはようティティス」
ジョシュアはティティスからじりじりと遠ざかるように椅子の端へ腰を引いていった。
「おはよ。どうして?」
「ど、どうしても」
「何よそれ」
「君が気にすることじゃないよ」
とかなんとかごにょごにょとごまかして、しきりと食事を急いだ。ティティスはおそらく親切心から思いついたのだろう。
「急いでるの? オレンジの皮
などと身を寄せてきたりするから困る。葉の髪飾りのにおいなのかかすかに甘酸っぱいいいにおいがした。
体を離そうとするあまり椅子から半ばずり落ちそうになっているジョシュアにティティスは首をかしげつつ、オレンジの皮をナイフで器用に剥いてくれた。
「はいどうぞ」
「あ、ありがとう」
屈託のないティティスの親切と笑顔はジョシュアの心を少し和ませた。
(いやだな、僕はなに一人で気を張ってるんだろう――)
ティティスはこんなに無邪気ではないか。それだけに夢に見たことを申し訳なくも思ったが、目覚めてからその記憶もだいぶおぼろげになってきていたところでもあり、ようよういつもの穏やかな気持ちを取り戻そうとしていたジョシュアであった。
それにしてもティティスが珍しくやけに黙っている。ジョシュアが横を見ると、ティティスはお行儀悪く手に付いたオレンジの果汁をなめている。
滴るしずくを指先までなめ上げる小さな赤い舌の悩ましい動きはそこだけ何か軟体の生き物のようだった。
指を吸ってしゃぶるためにすぼめられた唇もふっくらと薄紅色をして、まるで夕べの夢に見たものと同じような――
ガンッ!!
といきなり隣席で激しく頭をテーブルに打ち付けるような音が聞こえ、ティティスはびっくりして振り返った。
「ちょ、ちょっとジョシュア! どうしたの!?」
そのときジョシュアは両手で顔を覆ってテーブルに深く深く突っ伏していた。
「???」
ティティスにはなんだかよくはわからなかったが、ジョシュアはトドメを刺されて撃沈いたしましたといった風情のまま、当分起き上がることもなかったそうだからご愁傷様である。
(了)