リクルート

 ある日、
「失礼。エステロミア傭兵団というのはこちらで?」
 と見知らぬ女性が訪ねてきた。歳は二十代半ばといったところであろうか。胸元の開いたドレスを着て、豊かな巻き毛を結い上げ、濃いルージュを引いている容貌はどう見ても素人の女ではない。
「リオンさんにお会いしたいのですけれど」
 と申し入れてきた。声が氷柱つららのように鋭い。リオンに会わせなければ大変なことになりそうだったので、傭兵団は大人しくリオンを差し出した。
 他の傭兵たちはこっそり応接室の前に集まってきて、ドア越しに中の物音へ聞き耳を立てている。身の軽い者たちは、窓の外に張り付いて中をのぞいていた。
 すると、
「よくも裏切ってくれたわね!? しかも同じ店の子に手を出すなんてっ!!
 そのような罵声が外まで突き抜けた。そして、
 ドゴッ、バキッ、メコッ――
 と小気味のいい音が三連発。
 しん、と静まり返ったと思ったら、ドアが開いて女性が一人で出てきた。手に何か持っている。入ったときは手ぶらだったはずだ。見れば、かかとの折れた靴の片方である。
「どうもお騒がせをいたしました」
 女性は未練がましいところはかけらもなく堂々と去っていった。
 傭兵たちが応接室をのぞくと、リオンが長椅子の上でのびている。
「いてて――
 意識はあるようだが、よっぽどひどい目に遭ったらしい。顔の片側は腫れ上がっているし、腹の上には女物の靴の跡がくっきり残っている。
 窓の外で一部始終をのぞいていたアイギールが言うには、
「右ストレートからの中段蹴り。全く隙のない動きだったわ。あの女性ただ者じゃないわね」
「そこまであのお嬢さんを怒らせるようなことをしたんじゃろう、リオンおぬし」
 と、バルドウィンがリオンへ神聖魔法をかけてやりながらあきれている。
 リオンは長椅子から起き上がった。腫れた顔を触ってみて、やれやれとため息をもらす。
「まあ悪いのは俺だが、まさか傭兵団まで押しかけてくるとはな」
「どうせなら顔より頭を治療してもらった方がいいんじゃない?」
 とミロードが辛辣な嫌味を飛ばした。女性陣のリオンを見る目は軒並み白い。あの心優しいシャロットですら、率先してリオンの手当てをしなかったところを見ると、内心のほどは推して知るべしである。
 リオンは大してこたえた様子はない。
「ミロード、相変わらずきついぜ」
「あら、私は本当のことを言ったまでよ」
いてるなら素直にそう言え」
 この調子だとどうも懲りていないようである。
――その腐った脳みそ、いっぺんふっ飛ばして新品とすげ替えないとダメかもしれないわね?」
 ミロードの声が一段低くなった。心なし周囲の温度は燃えるように高くなったようでもある。近くにいた傭兵たちは思わず一、二歩後ずさりした。
 今回の騒動はもちろんマールハルトや団長の耳にも届いた。
「困ったものですな」
 マールハルトが眉をひそめている横で、団長はいつものように部隊編成にうなりながら言った。
「そのリオンをぶちのめしたという女性をここに連れてこい」
「しかし、話を聞く限り非はリオンの方にあるようですぞ」
「そうじゃない。別にその女性を責めるつもりはない」
「ではなにゆえに?」
「決まってるじゃないか。そのリオンよりよほど強い女性を傭兵団に採用するのさ」

(了)