異国の魚

 このところの季節の変わり目でハヅキが風邪を引いたらしく、熱を出して寝込んでいた。
「珍しいわね、ハヅキが風邪引くなんて」
 と枕元でティティスが言うと、ハヅキは複雑そうな顔をした。
「どうかした?」
「ティティスー、東の国では『風邪引かない』ってのは褒め言葉じゃないんだよ」
 横でセイニーが笑っている。ティティスはきょとんとしてハヅキの顔を見た。
「そうなの?」
 ハヅキは風邪で咽喉をやられて満足に声が出ないらしい。黙ってうなずいている。
「ハヅキ、何か食べたい物とかある?」
 とセイニーが尋ねた。
 ハヅキはしばらく考え、
――寿司。それかうなぎの蒲焼」
 とワーベアの咆哮ほうこうのようにしわがれた声で答えた。とても病人が食べる物じゃない。元気じゃねーか、と東の国の人間なら思うところだが、さすがのセイニーも寿司と鰻は知らなかったらしい。
「スシって何?」
「酢を混ぜた白米の上に、刺身とか玉子焼きとか乗せた食べ物――
「サシミって生魚のことでしょ?」
 セイニーとティティスは顔を見合わせあった。
「うーん、病人に生魚はまずいよねー」
「そうね。ウナギの方は? どんな食べ物?」
「川魚を醤油しょうゆと砂糖のタレで甘辛く焼いたの」
「ショーユってあの、ハヅキがときどき何にでもかけて食べてる黒いソースのこと? あれとお砂糖を付けて焼くの?」
 それならまあ、病人でも食べれるだろうか。栄養価も高そうだ。
 セイニーとティティスは傭兵団の皆にハヅキの希望を伝えた。
「調理法はわかりましたけれど」
 とシャロットは首をかしげている。
「川魚ならなんでもいいというわけではないんですよね。ウナギ、というのはどういうお魚なんでしょう?」
「この辺にいそうな魚なら捕りにいってやるがな」
 ガレスが請け負った。
 セイニーとティティスはハヅキから聞き出したことを思い出しながら、皆にいちいち説明していった。
「ハヅキが言うにはねー、ウナギってのは淡水にすんでて」
「こう蛇みたいに長ーい体してて」
「表面がつるつるしてて」
「頭の横にヒレが付いてるんだって」
 皆の脳裏にとある生き物が思い浮かんだ。
――あれか?」
「あれって魚かな? というか食べられるのかな」
 ガレスとジョシュアが眉をひそめ、ジュランは、ううむとうなった。
「東の国では、特に水中生物は何でも食べるそうですから。こちらとは呼び方が違う生き物もたくさんいますからね。あれをウナギと呼ぶのかもしれません。あれほどの危険生物ですから、滅多に食べられない高給食材なんじゃありませんか」
 なるほど。と皆納得して、出撃の準備を始めた。仲間のためだ、危険な狩だが一肌脱ごう。
 同じ頃ハヅキの病状を見舞っていたマールハルトが営舎へ戻ると、出掛けたときより傭兵の人数が減っている。いなくなっているのはガレス、ジョシュア、ジュラン、キャス――ほぼ一部隊そのまま欠けているようだ。
(はて、今日の任務は全て完了したものと思っていたが)
 いぶかりつつ団長の居室へ向かった。
「マールハルトか。ハヅキの具合は?」
「顔色はようございました。二、三日もすれば回復するでしょう」
「それは重畳」
「ところで、一部の傭兵たちの姿が見えぬようですが」
 団長はその件については承知していたらしい。
「ああ、ガレスたちだろう? ついさっき出撃の許可をくれと言ってきたんだ。なんでもボルボス沼へサーペントを狩りに行くとか――

(了)