夏やせ
「オレさー、また痩せちゃって」
とハヅキがため息をもらしている。同じ部屋の長椅子で爪の手入れをしていたミロードがそれを聞いて顔を上げ、
「嫌味ねぇ。世の中には痩せられなくて苦労してる女の方が多いのよ?」
「そう言われてもオレにとっては切実な問題なんだよ」
部屋には他にティティスとセイニーもいて、ハヅキの話に耳を傾けている。
「オレ痩せるたびにガレスに怒られるんだから」
ハヅキが言うにはこうである。
戦士として先輩株のガレスは、夏場になると激務で痩せがちな若い戦士たちに厳しいアドバイスを与えているそうだ。
「自分の体を維持するのも戦士の務めのうちだ。特にハヅキ! おまえはいつまで経ってもそんな細腕しやがって。スタミナ付けるためにももっと筋肉を増やせ。肉を食え肉を!」
というような感じらしい。
「でもさ、ガレスはまだいいよ。怒られるのは嫌だけど間違ったことは言われないしさ。確かに戦士は体が元手だよ」
「ガレスの他にもなんか言われてるの?」
とハヅキと同じ長椅子でごろ寝しているセイニーが、肘掛から投げ出した足をぶらぶらさせながら尋ねた。
「リオンだよ」
とハヅキは答えた。
「リオンが?」
「リオンのやつ! オレが痩せたんだって言ったらなんて言ったと思う!?」
ハヅキは思い出しただけで腹が立ってきたらしく、にわかに語気を荒げた。
リオンは笑いながらこう言ったそうである。
「なんだハヅキ、どうりでますます男のガキみてえに見えると思ったぜ。もっとしっかり食わねえと乳もでかくならねえぜ!」
「よけーなお世話だってんだよ!!」
うおー! と怒りの雄たけびを上げているハヅキを、セイニーがまあまあとなだめようとすると、
「っていうかセイニー! どうやったらそんなに胸だけ大きくなるのさ!?」
「ど、どうやったらって言われても。勝手に育ったもんだしねぇ」
「不公平だよ!」
と理不尽なことをわめいているハヅキを横目に見ていたミロードがぼやいた。
「リオンもデリカシーがないわねぇ。それともわざと言ってるのかしら」
それを聞いて首をかしげたのはミロードと同じ長椅子に腰掛けていたティティスで、
「わざと?」
「あらにぶいわね。でもまあ、ジョシュアならリオンみたいな言い方はしないでしょうし?」
「そうねジョシュアは――って、な、なんでそこでジョシュアが出てくるわけ?」
ミロードは意地悪く追及してきた。
「ジョシュアは? なによ。のろけがあるなら話してごらんなさい」
「の、のろけなんかじゃないわよ!」
意地を張りつつ、なんだかんだでティティスが語り出したところによると、先日ジョシュアと一緒に倉庫のアイテムを整理していたときのことである。高い棚にしまわれた装備品を取ろうと背伸びしているジョシュアの背を見ていたティティスは、
(ジョシュア、ちょっと痩せたみたい)
と思ってそのまま口に出した。
「そうかい?」
「うん。この辺細くなったと思うわ」
ティティスにいきなり背後から脇腹をつかまれ、ジョシュアは、
「ひっ!」
あわわと妙な悲鳴を上げている。
「や、やめてくれよティティス。僕は痩せても嬉しくないしさ。またガレスに叱られる」
「そういうものなの? でもあたしはちょっとうらやましいわ」
ジョシュアはしばし考え込んで言葉を選ぶようにしてから、ティティスに優しくほほえみかけた。
「ティティスはそれ以上細くならなくたって今のままが一番だよ。今の君が一番素敵だと思うよ」
そこまで語り終えたティティスはちょっと自慢げに笑った。
「ジョシュアはリオンみたいに失礼なこと言わないのよ」
「そうね、ジョシュアの気持ちはわかるわ。あなたそれ以上痩せたら
ミロードは、美しい
「もっ――!」
と顔を赤らめてティティスは自分の胸元を見た。それからミロードのあふれるほど豊かなバストに目をやり、また自分の胸を見つめる。
「ねえミロード」
「なによ」
「半分分けてよ」
「できるものならそうしてあげたいわよ」
「頑張ってるね、アルシル」
「ええ――」
「君も夏やせ?」
「ええ――」
「僕もティティスに細くなったって言われたんだ」
「そう――」
ジョシュアとアルシルの会話はお世辞にも弾んでいるとは言いがたい。が、お互い慣れっこなのか気にしている様子はなかった。
二人はトレーニングの最中らしく、今はあお向けの体を頭頂と足だけで支えて横に並んでいる。その状態で話しているのであった。
ジョシュアが一人先に体を起こした。腹筋を使って身軽に起き上がり、
「僕はこれくらいにしておくけど、アルシルは?」
「私はもう少し続けるわ」
「あまり無理しないようにね」
といたわって、ジョシュアは汗を流しに帰っていった。
一人残ったアルシルが、
「この際、胸筋でも構わない――ふくらむなら、それで――」
なにやらぼそぼそとつぶやいていたようだがその内容は定かではない。
(了)