友達以上、恋人未満

 シルバーファングに住む錬金術師から、
「自宅で実験中に誤って家を封印してしまい、外に出られなくなったので助けてほしい」
 といった内容の依頼があり、
「世界の存亡が懸かっているというときにはた迷惑な」
 とエステロミア傭兵団長は文句を言いつつ、ジョシュアとティティスを錬金術師の元へ向かわせることにした。
「まあおまえたちもここのところ魔物退治ばかりだったからな。たまには肩の力を抜いてこい」
 そういうわけでシルバーファングの村へやってきた二人である。
「ねえ、そういえば二人でゆっくり話せるのなんて久しぶりね」
 とティティスははしゃいで、
「最近ほんと魔物退治で忙しかったじゃない?」
「そうだね」
「こんな静かな街でのんびりできるのも久々。シルバーファングってきれいな宝石なんかを扱うお店も多いんでしょ? 後で見に行きましょうよ」
「時間があったらね。はしゃいでないで、まずは任務第一だよ」
 とジョシュアはたしなめた。ティティスは少しがっかりした。
(そりゃ別に遊びに来たわけじゃないけど、ちょっとくらいいいじゃない)
 あたしと二人でいてもジョシュアは楽しくないのかしら? などと他愛のないことを考えた。
「それとティティス、宝石店に行く時間があったとしても僕は買わないからね」
買わない﹅﹅﹅﹅じゃなくて買えない﹅﹅﹅﹅でしょ? わかってるわよ。同じお給料もらってるんだから」
 錬金術師の家に着き、調べてみると、確かに家屋全体に魔法の封印が施されてしまっている。
「結構強力な魔法みたいだ」
「こんな魔法で自分を閉じ込めちゃうなんて、器用なんだか不器用なんだか」
 とジョシュアとティティスは代わる代わる言い、持参した魔封除のための黒蓮の粉を取り出した。ティティスが黒い粉の入った小瓶を持ち、指でトントンと叩いて中の粉を少しずつ家の周りにまいていく。
 ほどなく封印は解け、家に閉じ込められていた錬金術師はようよう救出された。
「本当になんとお礼を言ったらいいか」
 いかにも研究家といった容貌の、さえない錬金術師の男はしきりに礼を述べている。
「気になさらなくてもいいですよ」
 とジョシュアが答え、それをティティスが引き継いだ。
「そうよ、あたしたちだって仕事なんだし」
「ありがとうございます。ところであの、エステロミア傭兵団にはあなたのようにおきれいな方もいらっしゃるんですね。勇猛で名高い傭兵団ですからてっきり屈強な方ばかりかと」
「あ、ありがと」
「その、もしよければ少しお休みになっていってください。食事の支度をしますので」
 錬金術師は親切に申し出ながら、ちゃっかりティティスの手など取っている。
 ティティスはちょっと困ったが、錬金術師も悪い男には見えない。たぶん本当に親切心から言ってくれているのだろう。
「それじゃお言葉に――
「いえそういうわけには。僕たちも暇ではありませんので」
 急に、ジョシュアがティティスと錬金術師の間に割り込むようにして二枚の書面を差し出した。錬金術師はティティスから手を離してそれを受け取った。
「本件の契約書です。サインを頂けますか。一枚はそちらで保管してください」
「はあ」
 錬金術師のサインをもらうと、ジョシュアはティティスを連れてさっさとその場を辞した。
「ちょっとジョシュアー、せっかくああ言ってもらったのに失礼じゃない?」
――君商店を見に行きたいって言ってなかった?」
「そりゃ言ったけど」
 なにも無理して急いでまで行きたかったわけでなし。錬金術師の男にああもそっけなくしなくてもよかったではないか。たかが食事に誘われただけなのに。
「ジョシュア、何か気に入らないことでもあった?」
 ティティスがおずおずとジョシュアの顔をのぞき込むと、なにやら困りきった顔をしている。
「いや僕はなんていうか、その」
「その、なによ?」
「ティティス、君だって言ってたじゃないか。二人でゆっくりできるのなんて久しぶりだって。僕も、その、そう思ってたよ。君とゆっくり話したりしたいって。だから」
「え? なんだそうだったの」
 ぱっ、とティティスの表情が明るくなった。嬉しそうに、もつれ合うようにしてジョシュアの手を取る。
 ジョシュアはティティスの手を握り返しながら照れくさそうにうつむいた。
「それは、だって君は僕の――大切な友だちだもの」
「あのう」
 とふいに気の抜けるような声が背後で聞こえた。二人が振り返って見ると、さっきの錬金術師が追いかけて来たものらしい。手に小ぶりながら重そうな包みを提げている。
「せめてものお礼にこれをお渡ししようと思ったのですが、すみません、どうも先ほどはお嬢さんにご無礼なことをしてしまったようで」
 面目なさそうに頭をかいている。錬金術師の視線はジョシュアとティティスのしっかり握り合った手に向いていた。
 二人はやにわに顔を赤くして手を離した。
「あのっ、いえ僕たちは別にそういう関係では!」
「そっ、そうよ! 勘違いしないでよね!!
「は、はあ」
 錬金術師はジョシュアに包みを渡して帰って行った。包みの中身は小さな金塊である。おそらく錬金術の成果で得られたものだろう。ジョシュアはそれを荷物へ収めた。
 二人はなんとなく黙り合って、目をそらしたまま立ち尽くしていた。それを先に破ったのはジョシュアで、せき払いを一つしてから、
「さ、行こうかティティス。まずは何を見に行くんだい?」
 とやけに大きな声を出し、真っ赤な顔色を隠すように先に立って歩きだした。

(了)