背伸び

「これで頼まれた買い物は全部終わったかしら?」
 ティティスが小首をかしげると、ジョシュアはうなずいて、
「そうだね。ああ、それも僕が持つよ」
 と、ティティスから消耗品の詰め込まれた皮袋を受け取った。もう片方の手にも同じような袋を提げている。
「大丈夫? 重くない?」
「平気だよ。このためについて来たんだしね」
 ジョシュアは両手の荷物を軽々持ち上げた。「さすが」とティティスが褒めるとちょっとはにかんで、
「帰ろうか」
 二人は傭兵団への帰途についた。
 街路をのんびり歩いて、広場の近くまでやって来たときである。石畳の広場の中央にある噴水を取り囲むように厚い人だかりができていた。
「何かしら?」
 ティティスが途端に目を輝かせ、
「ねえ、見に行ってみましょ」
 ジョシュアを引っ張って人だかりへ近づいた。大勢の人が壁になって何があるのかは見えないが、ときおり彼らから歓声や感嘆の声が上がっている。
 ジョシュアは荷物を邪魔にならないよう足下へ下ろし、少し背伸びをして人だかりの向こうをのぞき込んだ。
「ああ見えた見えた――何かと思ったら、大道芸が広場に集まってるみたいだ。旅の一座かな?」
 綱渡りや火を噴く軽業師たち、動物遣いに人形遣いといった者たちが陣取って、それぞれ手を変え品を買えさまざまな芸を披露していた。周りを観客たちがぐるりと囲んでいるわけだ。
「あっ、ジョシュアずるい! あたしも見たい」
 ティティスも精一杯背伸びしてみるのだが、どうしても身の丈が足りず、観客の頭より先は見えない。中年のおじさんのハゲかかった後姿なんて見てもおかしくもない。
 どうにかならないかと伸びたり跳ねたりしていると、
「おっと、失礼!」
 ふいに脇をすり抜けようとした客に背を押されてティティスはよろけた。
「きゃっ」
「危ない!」
 ティティスが足をもつれさせて転げる前にジョシュアが両腕を差し出して抱きとめた。ジョシュアの胸元にティティスの細い半身がすっぽり収まる。
(ひゃっ!!
 急に体を包んだジョシュアの体温に驚き、ティティスは飛び退こうとして――その前に妙な自尊心が働いた。
(あ、あたしばっかりうろたえてたら子供みたいじゃない)
 ジョシュアは単に親切心で助けてくれたのだろうし、自分ばかり変に意識したようなそぶりを見せたらかっこ悪いではないか。
 できるだけ、さりげなく体を起こした。
「ありがと。転ばずに済んだわ」
 精一杯平静な声を出して、いかにもなんでもないという風に離れようとした。ところが、ジョシュアは手をティティスの肩へ回してそれを阻み、
「そこにじっとしていなよ。またはしゃぐと人にぶつかるよ」
 とたしなめるように言う。大人が子供に言い聞かせるような口調だった。
「なによ、子供扱いしてるでしょ!? ひどい」
 ジョシュアは眉尻を下げて静かに笑った。ティティスはすねてそっぽを向いた。
 人間の男の子ってみんなこうなのだろうか。ジョシュアくらいの年頃ならもっと幼いのが普通なのじゃないか。よくわからないが。
(背伸びなんかしてみたところで追いつけないのかな)
 だいたいジョシュアときたらこちらの肩を抱いて顔色一つ変えない。これくらいなんでもないとでもいうつもりだろうか。大人ぶって。
 ティティスはなんだか悔しくなってきて、ジョシュアの腕をほどこうとごそごそ身じろぎした。
 その拍子に耳元がジョシュアの胸へ押しつけられた。かすかに聞こえた心音は早鐘を打つよりももっと速く高鳴っていた。
 が、ティティスは気付かず、ジョシュアから逃れるとまた爪先立ちになって人だかりの壁と格闘している。
 ジョシュアは荷物を手に持ち直しながら気の抜けた声で言った。
――そんなに見たいなら、前の方に行こう」
 必死に背伸びを続けていたのをようやく地に足を着けてほっと息をもらしたような、まるでそんな調子だった。

(了)