野ばらの棘
「僕にそんなこと聞かれても」
とジョシュアは困惑げに眉を八の字にして笑っている。
隣を歩いていたティティスは、面白くなさそうにこちらをにらみ上げてきた。その手に小さな紙片と野ばらが一輪握られている。
今日の正午前のことだった。
「あの、これを傭兵団のエルフのお嬢さんに――」
と二十歳ばかりの青年が野ばらへ結んだ手紙を持って傭兵団を訪れた。どうやら近隣の町の者らしい。手紙を預かったハヅキも何度か近所で見かけたことのある顔であった。
(きっと恋文だ)
いくら男勝りなハヅキでもピンと来た。さっそくティティスへ渡したら、手紙を開いたティティスの顔色がさっと変わった。そしてティティスはすぐには返事をせず、何を思ったかジョシュアに事の次第を相談したというわけである。
で、ジョシュアは困っているらしい。
「ティティスの思うようにしたらいいんじゃないかな。相手が好きだって言ってくれるなら」
「きっとあたしがエルフだから物珍しいのよ」
「そんなことはないと思うけど」
「あら、どうしてわかるの」
「それは、僕――や他のみんなだってティティスがエルフだから好きだってわけじゃないしね」
「ジョシュア、あたしがこの手紙くれた人と付き合ったりしても何も思わない?」
「どうして僕が」
答えながら胸が
ジョシュアがいかにも、
「僕が口を出すようなことじゃない」
といった風な言い方をするので、ティティスはますます面白くなさそうに顔をしかめた。少々意地の悪い口調になった。
「そう。それならあたしの好きにしようかな」
「―――」
「せっかくエルフの森から出てきたんだから、人間の恋人を作ってみるのも面白いかもね」
ティティスは手にしていた野ばらを口元に近づけ、開きかけている花びらへ鼻筋を押し当てた。かすかな香りが甘い。
「恋人ができたらジョシュアとこうして話すこともなくなっちゃうかしら」
ふいにジョシュアが立ち止まった。
ティティスも足を止めた。
「どうかした? こんな廊下の真ん中で」
と、言いかけて、最後まで言い終えるより早く、ジョシュアの手がティティスの手首を掴んで乱暴に壁へ押しつけた。
「きゃっ!」
ティティスは急に目の前が薄暗くなって、恐る恐る顔を上げると、ジョシュアが間近でこちらを見下ろしている。
「な、何よ」
「指」
とジョシュアはぽつりと言った。
「ケガしてる」
「えっ?」
言われて気が付いた。ジョシュアに掴まれている手には野ばらを握っている。きっと落としそこねた棘が残っていたのだろう。それを引っ掛けたらしい傷が人差し指に付いている。
ジョシュアはおもむろにこちらへかがみ込んできた。そのままだとちょうど傷口へジョシュアの唇が触れそうだった。
ティティスはびっくりして、ただただ硬直しているばかりである。
そのとき、
「ティティス! いる?」
と廊下の向こうからハヅキの明るい声が聞こえた。
途端にジョシュアは跳ね
「あっ、いたいた! ティティス」
ハヅキが駆け寄ってくる。ティティスはできるだけ平静を装った。
「どうしたのティティス、顔赤いよ?」
「なんでもないわ。何か用?」
「うん、マールハルトが呼んでる」
ハヅキはティティスが手紙を持っているのに気が付いてにやけ、
「あ、その手紙――返事どうするつもり?」
「あたしは本当に好きでもない人と付き合ったりしないわよ」
とティティスは大真面目な表情で答え、マールハルトの待つ部屋へ向かって
(了)