時化模様

1

 天蓋付きの馬車はラピスラズリの宮殿を離れ、やがて貴族の邸宅が建ち並ぶ区画へ差し掛かった。
「―――」
 ファルダクは天蓋の覆いを細く開けて、少しばかり夜景を眺めた。隆盛を極めている者たちの居所では遅くまで饗宴が催されているようで、どの家からも贅沢ぜいたくな照明の光が漏れ出ていた。
 故郷の父は倹約に努めていた。それでいて、野心も捨てられず、上辺だけの黄金を身にまとい、都で人質となっている息子がこの機を逃さず良家と近づきになるよう望んでいる。
「―――」
 覆いを閉じ、暗い車内に視線を戻す。
 隣にはアルトがおり、一緒に馬の歩みに揺られていた。アルトは宮殿を出てからずっと物思いに沈んでいる様子だったが、ファルダクが身を寄せてきたのに気がつくと、青年の白い背中をぽんぽんとさすって、
「どうした?」
 と優しい声をかけた。
 ファルダクはあいまいな言葉を二、三漏らした。その後は口をつぐんだが、住宅街の外れまで来たとき急にアルトに接吻キスをせがんだ。
 アルトがちょっとためらった数瞬の間も待ち切れず、ファルダクは自分から唇を押しつけて情熱的に慰撫いぶを求めた。
 アルトがようやくファルダクを抱きかかえて彼の要求に応じると、ほどなく馬車はある屋敷の車寄せへ入って停車した。
「――旦那様」
 と馭者ぎょしゃが天蓋の外から声をかけたときには、車内の二人は体を離していた。
 アルトはファルダクと一緒に車から降りた。これから帰宅するはずの主人が降りたので馭者ぎょしゃは変な顔をしたが、アルトに小遣いを渡されしばらくどこかで時間を潰してくるように言われると喜んでそのとおりにした。
「――ごめんなさい。家まで送ってもらうだけのつもりだったのに。あなたの帰りが遅くなると、皆さん心配するでしょうね」
 ファルダクは家の中へアルトを招き入れながら、申し訳無さそうに言った。アルトは案内されつつも、この屋敷を建てる金を出し指示したのは自分だから勝手はわかっている。
 宮殿にも劣らぬ荘厳な家。しかし主の帰りを待つ召使いの一人さえいなかった。
「身の回りのことはどうしてるんだ?」
 とアルトはファルダクに尋ねた。
「昼間だけ人を雇って家の事はしてもらっています。故郷の父は下僕を送ってくれるつもりのようですけど、私は気が進みません」
「君の気持ちはわからないでもないが、しかしあまりに――」
 寂しいではないか――と言いかけて、める。この薄幸の青年をこんな境遇におとしめたのは自分のせいでもある。
「いや――すまない、スルタンに抗う力が私になかったばっかりに」
「あなたのせいではありませんよ。あなたは十分すぎるほどよくしてくれました。スルタンにとらわれた私を、あなたはどんなふうに扱っても許されたのに――」
 それは、そのときたまたま殺戮や色欲のカードを引いていなかっただけなんだ――とは、アルトは言わなかった。
 言わない代わりに、もう一度、
「すまない」
 と謝った。

2

 寝所へ入ると、ファルダクは自ら寝台へ上がって馬車の中での続きをアルトにねだった。
 郷愁を忘れたいのだと言う。
「忘れなくていい。君の大切な生まれ故郷や家族じゃないか」
 とアルトは慰めたが、青年はかぶりを振って、
「私はあなたと運命をともにすると決めたんです。――でもね、ときどき、都にいて故郷とは違うことや故郷に似ているものを見つけるたび身を裂かれるみたいに恋しくて――自分が情けない――」
 と告白し、一夜の狂乱で何もかも忘れることを望んだ。
「何も考えられないようにして――」
 アルトはファルダクの百合色の肌を覆い隠す物を全て取り払った。
 ファルダクもアルトの衣服を脱がせながら、そこかしこに接吻キスした。胸から腹、下腹へと口吻を滑らせ、躊躇ちゅうちょなく肉茎を口に含んだ。
「―――」
 ファルダクはそれをいきり立たせようと、知っている限りの愛撫あいぶを尽くし、次第に硬くなってきた肉棒を夢中で吸った。
「ファルダク――」
 アルトが官能にうめいてくれるのが嬉しい。もっと奥までくわえようとして、しかし、気が急きすぎた。
 ファルダクはえずいて激しくせき込んだ。
「ファルダク、無理するな」
 と、アルトが慌てて青年の体をさする。無理するな――といたわってやりながら、ファルダクを横たわらせ、彼の滑らかな葡萄えび色の髪をくしゃりとでる。
「だってアルト」
 何か言いかけたファルダクの口を、アルトは接吻キスで塞いだ。繰り返し唇をついばんでいると、ファルダクの方から舌先を差し出してきた。
「んん……」
 接吻キスは次第に淫らに絡み合うものになり、青年の若々しい肉欲を駆り立てる。
「ん……。んんん――っあぁ」
 高まる欲望を見透かしたようにアルトはファルダクの乳首をつまみ上げた。急に鋭い性感を与えられてファルダクはたまらずあえいだ。
 束の間離れた唇をまたどちらからともなく押しつけ合う。
「んん――! んん! んんっ!」
 アルトの指はファルダクの乳首をくすぐったり転がしたりしてもてあそんでいたが、ファルダクはより強い快感を求めてその手をもっと下の方へ導こうとした。
 アルトは逆らわなかった。ファルダクに求められるままに手を管にして青年の陰部を責め立て、ファルダクは随喜してアルトの唇にむしゃぶりついた。

3

「めちゃくちゃにして……」
 と身を投げ出してくるファルダクをアルトはなんともいえずいじらしく思った。
 ファルダクはアルトに貫かれるのを待ちわびてされるがままになっていた。あられもなく両脚を開かされても、背中と寝台の間に枕を押し込まれてもっと恥ずかしい体位を取らされても拒まなかった。
「っ……」
 アルトが男根で肉洞を分け入ってくる間は黙っていたが、一度引いて今度はもっと奥まで突き込まれると途端に乱れた。
「あっあ! !――あああそこっ、あぁっ、そこなに、すごい」
 屹立きつりつした一物で突かれるたび電流がビリッと走るようなところがある。ファルダクは、いささか怖くなってきた。
「アルト、アルト、ああそ、そんなところまで入って大丈夫なの」
「まだ入る」
 とアルトは言い、ファルダクがゾッとしたほど官能的な声になってささやいた。
「何もかも忘れさせてあげよう」
 アルトがさらに腰を押し出すと、あるところで、何か越えてはいけない関を越えてしまったような背徳的な手応えがあった。
 それはファルダクの頭の中を真っ白にさせるには十分すぎる衝撃だった。
「あっ、ふ」
 アルトはファルダクの最奥部を征服する愉悦を思うさま貪った。
 ファルダクも、最初の衝撃が薄らいでくると、次には体の芯を脳天まで貫き通されるような狂おしい感覚に襲われた。
「だめ、だめ、ああぁおかしくなりそう……!」
 おかしくなったらいい――とアルトは自分も恍惚こうこつとしながら言った。こじ開けたエデンの門は、もはや彼の肉棒をくわえ込むいやらしい肉襞にくひだに成り下がっていた。
 アルトはファルダクの背中を抱きかかえて二人の体の上下を入れ替えた。下から突き上げてやると青年の形のいい臀部でんぶまりのように弾む。
「ああぁ〰〰……っ、うぅん……っ」
 ファルダクはすぐにアルトの動きにタイミングを合わせ、自ら懸命に腰を振り始めた。
「ああ上手だ、ファルダク」
 とアルトが褒めたが、青年の耳には届いていたかどうか。ファルダクはくいを打つような交合に溺れてアルトの存在さえ忘れたようだった。
 アルトは、それではちょっと面白くないような気がして、
「ファルダク」
 と、青年の陰茎を握って注意を引いた。
「んんっ……!!」
「上手だよ」
 ともう一度言ってやると、ファルダクは恥じらってうつむいた。

4

「ああいく、あぁっいくっ、いく……! ああああ――」
 ファルダクに射精させてやってから、アルトは自分もエクスタシーを得るために再度青年を抱いた。むろん最奥までぐっぷりとれ、肉襞にくひだの締めつけとファルダクの痴態を堪能した――
「―――」
 房事が済んだ後、ファルダクはしばらく呆然ぼうぜんとして、まるで魂が抜けてしまったようにぐったりしていた。
 さすがに、アルトも心配になって、
「おおい」
 とファルダクの目の前で手を振ってみたりする。
 ファルダクの目に少し生気が戻り、アルトの方をちらりと見た。もぞもぞ動き出したかと思えば、絹の肌掛けを頭の先まで引き上げてすっかりねやの中に隠れてしまう。
「どうしたんだ」
 アルトは、肌掛けの上からファルダクの肩の辺りをちょんちょんとつついた。
「大丈夫か? 具合でも悪くなったのか? 今夜は泊まっていこうか」
「――ちがいます」
 と、こんもり盛り上がったねやの中からくぐもった返事がある。
「恥ずかしくて、とてもあなたの顔を見ていられないだけ――」
「別に恥ずかしがることなんてない。可愛かったよ」
「そ、そういうことでは――いえそれもあるんですけど――そうじゃなくて」
 ファルダクは肌掛けから赤い顔の目元だけのぞかせ、
「故郷が懐かしいだけで弱ってしまうようなところをあなたに見せたのが、今更どうしようもなく恥ずかしくなってきて――」
 と言う。
 アルトはそれを聞いて笑った。
「あれだけイケばまあ冷静にもなるだろうな」
「言わないで――」
 ファルダクはまたねやの中に引っ込んでしまった。アルトは肌掛けの下に手を入れ、ファルダクの背中をくすぐってひとしきり騒ぎ立てたのち、青年をそこから引っ張り出した。
「もう、アルトやめて」
「私の役目は果たせたかな?」
 とファルダクに問う。
「―――」
 ファルダクは赤面しているのを両手で隠しながら、
「当分故郷のことを考えてる余裕なんかないですよ。他の心配事ができたから」
 と答えた。他の心配事とは何かと、アルトはさらに尋ねた。
「これから先、今夜みたいな房事じゃなきゃ満足できなくなったらどうしようってことです」
 と言うファルダクの口ぶりは、満更冗談でごまかそうとしているだけでもなさそうである。
「そうなったら私が責任を取らないといけないかなぁ」
 アルトはのらりくらりとしたことをつぶやきながら、帰り支度を始めたところだった。

(了)