ルーキー

 ロブスターは確かに美味うまかった。昔海軍の上官に無理やり連れて行かれた高給料理店にも負けないくらいだ――と、多少の誇張も込めて褒めちぎったところ、酒場の女主人はそれなりに気をよくしてくれたらしい。この分ならまりにまったツケの支払いもいくらか先延ばしにできるかもしれない。
 あいつ﹅﹅﹅は酔っ払いどもに囲まれて、今日のアリーナでの試合も見事だったとかなんとかちやほやされていた。
 俺は一人店の隅の方で空のジョッキを並べ、歳のせいか早々に張ってきた腹をさすっていた。
 次はラムにするか――と考えていたところへ、
「よぉー、あんた帰ってきてたんだな。俺んとこにも顔出してくれりゃいいのに」
 と、若い男が一人、れしい調子で近寄ってきた。
 まだ少年の面影が残っているくせに、いっちょ前に片目には眼帯を掛け、胸元には大きな傷痕。左足は義足だ。俺がいいとも言わないうちに、俺の隣の椅子を引いて座った。脚を組んで義足をテーブルの縁へ載せ、
「今度の航海はどうだった? 悪党をずいぶんやっつけたかい?」
 と聞いてくる。
 近頃海賊湾この辺りでは、若者たちが“自警団”なぞと称してたむろしては、無法者どもにケンカを吹っかけていた。この男は、そのお山の大将なのである。海賊湾の古株たちから見れば無名ルーキーもいいところなのだが。
 俺は、雑談は抜きにして、ルーキーが一番聞きたいだろうことを答えてやった。
「おまえの兄貴になら会わなかったぜ――
――そうかい。ちぇっ!」
 と、新米坊やがさっそくしょげてしまったのを見ると、俺も多少は同情の念が湧かないこともない。
「自警団の方はどんな調子だ」
「どんなって、まあ、相変わらずだよ。この辺にいるのはつまんねえ小悪党ばっかりさ。強請ゆすりたかりに食い逃げかっぱらい――俺もあんたみたいに海に出て、名のある海賊と戦いたいよ」
 そして自分も有名になりたいのだ、と言う。
「有名になんかなってどうするんだ。ああやってちやほやされたいのか?」
 と俺は、むこうの方で酔っ払いの輪の中心にいるあいつ﹅﹅﹅を指して言った。
「むさ苦しいヤローどもに囲まれても俺は全然嬉しくねえんだけど」
 と坊やは白けた顔である。まあそれは俺もそう思う。
「なんつーか俺が、さぁ、誰もが認めるような立派な正義の﹅﹅﹅海賊になったら、兄貴も帰ってきてくれるかもしれねえなと思って。兄貴は――大人しい兄貴だったけど、そういうところは熱かったよ」
――なんだよ、正義の海賊ってのは」
「あんただってそうじゃないか」
「俺は海賊﹅﹅じゃねえ」
 そんなつもりはなかったのだが、俺の口から出た声はつい、いささか険しくなっていた。
 俺ににらまれた坊やは、かわいそうに、叱られた子供みたいに首をぎゅっと縮めていた。
「ご、ごめん――気に障ったんなら謝るよ。ほんとに。ごめん」
 ――基本的には、素直でいい子な坊やなのである。気まずくなってしまったこの場の空気を払おうと、ことさらに明るい声を出して、
「だけどほら、正義の――ええと――そう、あんたが解決した例の事件﹅﹅﹅﹅なんか、今でも語りぐさになってるぜ」
 と、俺を持ち上げようとしてくれているらしいが、俺にとってはありがた迷惑だった。
―――
「あんたに助けてもらった漁師たちはあんたのこと神様みたいに思ってるよ。あんたがあの腐れキャプテンを殺してくれたって――いへっ!!
 しかし、そこまで言いかけておいて急におかしな悲鳴を上げる。
 見れば――ついさっきまで酔っ払いたちの中にいたあいつ﹅﹅﹅がいつの間にかそれを離れて、俺たちのそばまで来ていた。坊やの頬を軽くつねり上げ、
「よお新米、まーた何かへまして叱られてるのか?」
 と、にやついている。
「ま、まは――また、ってなんだよ!」
 坊やは赤くなりながらそいつの手をどけ、しぶしぶというふうに、レディ﹅﹅﹅に席を譲った。
 レディ﹅﹅﹅はちゃんとお礼を言ってその席に着き、テーブルの下でこっそりブーツの爪先を動かして、俺の足をつついてくる。俺は、年甲斐がいもなく、そんなことが照れくさくて足を引っ込めた。
 店のどこかで、酔っ払いのあいまいな怒鳴り声が聞こえた。
 しかも悪いことに、それに呼応してあちこちで物騒な声が上がり始めていた。すると――またしても俺はテーブルの下で足をつつかれる。レディの脚は長いのだった。
めさせに行かねえのかい?」
 と、ルーキーの坊やまでこっちの顔色をうかがってくる。
「おまえこそ、こういうことは“自警団”の仕事じゃないのか」
 と、言ってやると、ちょっと思いがけないというような表情をした。
「えっ、た、確かにそりゃそうだけど――いいのかい? 俺が? マジで? なあ」
「手加減しろよ。殺しはナシ﹅﹅﹅﹅﹅だぜ」
――アイアイ!」
 ぱっ、と顔を輝かせて義足を跳ね上げ、身軽にテーブルを乗り越えて酔っ払いどもの中へ飛び込んでいく。俺には、その後ろ姿がもういささかまぶしい。
「よっしゃおまえら俺も混ぜろ!」
 と乱闘に加わった――もとい仲裁に入ったルーキーは、荒くれ者の一人が抜いた剣を振り上げた義足で鮮やかに受け止めて見せた。
「その程度か? そら次! 次だよ、次は誰だ――ってうわっ!!
 しかし不運アンラッキーにも――足を下ろした床の上に、どこかの誰かがペットの小猿にでもやったらしきバナナの皮が落ちていた。
 ――ま、ともかく、若者のおかげで俺は短い休暇を気ままに過ごせそうだった。
「なんていうか、どうにも締まらないヤツだなぁ」
 と隣で乱闘を観戦しながらにやついているレディ﹅﹅﹅――淡い下心がないと言ったら嘘になる――酒を一杯おごるため、俺は声を絞って店の女主人を呼んだのである。

(了)