愛の薬

「――あのぅ兄さんもしかして、ベルカを満足させてやれてないんで?」
 新婚なのに? と目の前の男に首をかしげられて、ゼロはつい顔に血を上らせてしまった。いや断じて図星なのではない。
「違う! この俺が女を悦ばせることにかけて満足させられないなんてことがあるわけないだろ。こっちから誘って断られたことだって一度もない!」
「いやー、でも相手はあの殺し屋のベルカでしょ? あの娘が兄さんに抱かれてあんあん言わされてるところなんて想像できないですよ」
 男は口元をゆがめて笑った。貧民街に暮らす者たちの例にもれず、この男もやせこけていて、あまり健康そうには見えない。着ている物だけは比較的上等だった。
「昔っから無口で無表情で、体格も貧相で――まあ顔はよく見るとちょっと可愛かったですけどね。ありゃ不感症に違いねえってみんな言ってたくらいで」
「冷たそうに見える女でもな、本当に好きな男の前ではグショグショに濡れるし、二回でも三回でもイケるんだよ」
「グショグショ――」
「変な想像すんなよ、人の嫁さんで」
(あんたが想像させるようなこと言ったんでしょうが)
 とは男は面と向かって言わず、代わりに、
「へいへいごちそうさまで。それで、そんなに夫婦仲もよろしいってのに、この薬屋めに何をお求めで?」
 と、いささか慇懃無礼に芝居がかった様子で言った。
「もちろんうちじゃ恋の薬の類も取りそろえてございますがね、話聞く限り必要なさそうじゃありませんか」
「――今はお前が扱ってんだろ、あの薬」
「あの薬って?」
 ゼロは声を潜めて、男の耳元でぼそぼそと説明した。
「――ああ、あの媚薬ね。あんなもん嫁さんに飲ませるんで? やらせてくださいって一言頭下げりゃ済む話でしょうに」
「妻と夫の間にはそーいう下品なセリフでは片付けられないいろいろがあるんだよ」
「はあ、いろいろねぇ」
 男は訝りつつも、一両日中に注文の品を用意すると言ってくれた。
「お代はいいですよ。結婚の祝儀代わりってことで」
「無理すんな。お前も楽な暮らしじゃないんだろ。着てるもんは多少マシらしいが、この間よりまたやせてるぜ」
「へへ、うちの商品は安全第一。ヤバイやつ扱ってないとどうしてもね――そんじゃお言葉に甘えて仕入れ代だけ頂きましょう」
 ゼロはうなずいてお礼を言った。
「貧民街で何か困ったことがあればいつでも言え」
「――兄さん変わりましたね、ベルカといい仲になってから」
 どこが変わったとは男は言わなかったが、好意的な言葉のようだった。


 ゼロに誤算があったとすれば、自分の妻たる女性は軍内一毒が効きにくい体質で、薬物に耐性があることをすっかり失念していたことの一点に尽きる。
「……それで、どういう理由で私の飲み物に怪しげな薬を入れたのか、納得のいく説明をしてもらおうかしら、ゼロ」
 ベルカは、寝床に伸びている情けない夫を見下ろし、冷ややかな声を出した。
 ゼロは熱でも出したように赤い顔でぐったりしていた。うう、とうめき、
「お前に薬が効かないのをすっかり忘れてた」
「それに薬を入れるなら、もっと味の濃い飲み物にするべきだったわ」
 寝床のそばの小さなテーブルに器が二つ乗っており、中にはそれぞれ温かいミルクが注がれている。その片方にだけ口を付けた跡がある。
 ゼロは念のため両方の器に薬を入れておき、片方をベルカに渡したのだった。
 固唾を飲んで見守る目の前で、ベルカはミルクを一口飲んだ。
「ど――どうだ? ベルカ」
「……何が?」
 しかし、ゼロの期待に反して、ベルカは平然としている。興奮した様子にも、とろんとした様子にも見えない。ゼロは首をひねった。
「いや、こう、だな、気分が変わってきたとか、ミルクの味はどうだったとか」
「……変わった味がするとは思わない。試しに飲んでみる?」
 とベルカに器を手渡され、断る理由も思い付かないし、
(もしかして薬の量が足りなかったのか?)
 とも思って、一口飲んでみた。
 その途端、口いっぱいに広がった薬草酒のえぐい味と、急激に全身を襲った熱く燃え上がるような感覚に悶絶してゼロはひっくり返ってしまった。というわけである。
「一体何の薬だったの?」
 とベルカが問いただしてみても、ゼロは枕の陰に顔を隠してごにょごにょ言っているばかりである。
「いやそれは――その」
「はっきり言いなさい」
「つ、つまり――いわゆる――媚薬ってのに近いものだと思うが」
「媚薬?」
 ベルカは意外そうな顔をした。
 毒薬ならともかく、媚薬なんて暗殺に用いることだってまずない。知識の埒外だ。
「どういう薬なの?」
「どういうって、媚薬なんだから、まあ、有り体に言えばシたくなる薬さ」
 ゼロの説明を聞くところによると、貧民街で我が身を売って生計を立てている者たちがときたま使うような物らしい。
「体の具合が悪くても客を取らなきゃいけない娼婦なんかごろごろいるからな。そんなときに少し使うんだ――俺も何度か世話になったことがあるから危ない物じゃないことはわかってる。お前に得体の知れない物を飲ませるつもりはなかった」
 頼むから信じてくれ、と必死であった。
 ベルカは小さくうなずいた。
「信じてあげてもいいわ」
「本当か?」
「あなたの話を信じるなら、あなたは私に媚薬を飲ませていやらしい気分にさせたかったということになるけれど……」
「うう――」
「その理由は教えてくれないの?」
「あ、あまりにカッコ悪くて言いたくない」
「そう」
 くすり、とベルカが笑った。よほど親しい相手にも滅多に表情を崩さない彼女にとっては、目をわずかに細めただけでも十分な笑顔だった。
「でも、言わなくても十分格好が悪いわよ」
 ゼロには返す言葉もない。
 薬のせいで余計火照ってくる顔を手のひらでひと撫でする。指の間から熱い息を吐く。
 ふと、気が付くと、さっきまで枕元に立っていたベルカが片膝を寝床の縁へ乗せて、こちらの頭上へ屈み込んでいた。
「あなたがそんなふうに伸びてるのは初めて見た気がするわ……おもしろい」
 ねえ、と首をかしげる。
「どんな気分なの?」
「どんなって」
「熱でもあるみたいに顔が赤いわ。熱い?」
 ベルカはおもむろに右手を差し出し、ゼロの頬を撫で始めた。
「やっぱり熱い」
「よせよ――」
 ゼロは身をよじって逃れようとする。
「嫌?」
「そうじゃない」
 頬を滑ったベルカの指先が耳元や首筋の方にまで触れる。と、ゼロはうめき声を上げて体をこわばらせた。
「う――」
「おもしろい……」
 ベルカはその反応が気に入ったらしい。気をよくして、髪の中へ手を差し入れたり、胸の方まで手のひらを這わせたりする。
 ゼロの喉元に浮き出た鎖骨を小さな指先でなぞる。
 ギッ――と寝具のきしむ低い音がした。ベルカがゆっくりと寝床に上がり、ゼロの体へ寄り添った。
「ベルカ」
「逃げないで」
 可愛いがってあげる……と、ゾクリとするようなことをささやく。
「俺は捕虜か?」
「捕虜にはこんなことはしないわ」
 鼻先をゼロの首筋に押しつける。キスしながら、両手をそれぞれ滑らせ、ゼロの胸板から脇腹、さらにその下まで下りていく。
「っ!」
 ゼロは、はっきりした声こそ上げなかったが、あえぐように口元をわななかせた。
「どこでそんなこと覚えたんだ?」
「あなたがいつもこうしてくれるから……」
「―――」
「あなたも触られたりキスされると感じるの? それとも薬のせい?」
 ベルカは伸び上がってゼロと視線の高さを合わせると、すぐに目を伏せてキスしてきた。
 最初は触れるだけだったが、ゼロの方が辛抱たまらなくなって、舌でベルカの小さな口をこじ開けた。ベルカも嫌がらずそれを受け入れた。
「ん……」
 ゼロが舌を絡めてくるとベルカもその真似をした。
 深いところまでキスしたまま、ゼロはベルカを抱き寄せようとした。両腕を持ち上げてベルカの背へ回しかけたが、しかし手がそこへ届くことはなかった。
「だめ……」
 ベルカが思わぬ力でゼロの両手をつかんでいる。そのまま寝床へ押さえ付けてしまうと、
「可愛がってあげると言ったでしょ?」
 と言ってもう一度キスした。ゼロは目を白黒させてなすがままになっていた。
 押さえ付けられた両手が少々痛む。ベルカは訓練を受けた殺し屋なのだ。小柄で、まだ少女のような顔つきをしていても、大の男の自由を奪う程度はたやすいらしい。
 唇がわずかに離れた隙にゼロは声を上げた。
「ベルカ――い、痛いんだが」
「あ、ごめんなさい……」
 ぱっ、とベルカは手を離した。不安げにゼロの両手をためつすがめつして確かめる。
「大丈夫?」
「平気だ。だけどできれば優しくしてくれ」
「ええ」
 ベルカはゼロの手を撫で、軽く唇を押し当てた。
(そういう仕草も俺の真似なのか?)
 とゼロは思った。自分は日頃そんなにベルカに優しくして、べたべたに甘やかしてたんだろうか。照れくさくなる。
「っ――ぅく――」
 上着を脱がされ、裸になった胸から腹へとベルカの唇が這い下りていく。
 もっと下の方まで差し掛かると、
「いつもよりすごい……?」
 とベルカがつぶやいたのが聞こえる。衣服越しに軽く触られただけでのけぞってしまいそうなほど気持ちよかった。
 下着まで剥ぎ取られたお返しに、ゼロもベルカの衣服を脱がせて、素肌で重なり合った。
 ベルカが上になったまま譲らないので、ゼロももう逆らわないことにした。
「ゼロ……やっぱりいつもよりすごい……こんなに濡れてる」
 男性器のことだとわかっていても、そう言われると何やら恥ずかしいものがある。
 ゼロが正直にそれを白状すると、
「私の気持ちがわかったでしょう?」
 ベルカは面白がり、先走ってペニスを滴る体液を指先でなぞってもてあそんだ。
「ベルカ――焦らすなよ」
「ふふ」
 その息がペニスの裏側にかかった。
「あ――」
 口にくわえられた瞬間、ゼロはこらえきれず低い声であえいだ。
 舌先をくるりと這わせただけで、ベルカは一旦口を離した。ゼロの様子をうかがいながら、いささかつたなくはあるが、懸命に愛撫してくれる。
 ゼロの喉が生唾を嚥下して大きく動く。
 先の方をしゃぶられるたび、すぐにでもイキそうになるのを歯を食いしばって耐えた。自分でも信じられないほど感じていて、油紙に点いた火のように全身へ瞬く間に快楽が広がる。
「は――はぁ――」
 媚薬の効果でもあるのだろうが、それだけではない。と、ゼロはベルカの媚態を見下ろしながら思った。
(ああベルカ――可愛いヤツ――)
 こんなふうに、ベルカの方から積極的に愛撫してくれるなんて初めてだ。いつどういうスイッチが入るのか全く予想がつかない。
「っく、あっ! く!」
 ペニスの先端を吸われたとき思わず腰を突き上げそうになった。ベルカが驚いて口を離してくれなければ暴発していたに違いない。
「ゼロ……大丈夫?」
「大丈夫じゃない」
「………」
「ベルカ、俺にも」
 言いながら、ゼロはベルカの体を腹の上へ引き上げて両手を這わせた。
「あん……」
 ベルカは膝でゼロの体をまたいだ。ゼロがその間へも指先を忍び込ませるとすでに濡れていて、
「すごいな、ヌルヌルだ――しゃぶってただけでコレか? お前にも少しは薬が効いてるのかね?」
「知らない……あぁっ」
 ゼロの指が内側まで入ってくる。中指で奥をとんとんと軽くノックされて、下腹部がきゅっとうずいた。
「んん……!」
「ベルカそのまま――」
 ゼロはベルカの腰をつかんで、自分の反り返ったペニスの上へゆっくり下ろした。
 ペニスの裏側に割れ目が触れたところで手を離す。
「動いてみな」
「どうやって?」
「こう――な?」
 もう一度ベルカの腰を持って、前後に振らせる。
「あ……」
「イイだろ?」
 と問いかけたゼロ自身、切なげなため息をもらす。愛液で濡れた女の部分をペニスにこすり付けられて、また射精感がこみ上げてくる。
 もうゼロは手を離していたが、ベルカは自分から動いてくれた。
「はあ、はあ……これ好き……」
 頬を上気させ、目を弦月のように細めて彼女なりにうっとり感じているらしい。
 前のめりになって、ゼロの腹の脇へ両手を着き、より感じる場所を探した。
 こすれ合っているところは愛液と先走りの液で濡れそぼっていた。
「入りそう……」
 と、ベルカがつぶやいた。
「え?」
 ゼロが何か言う間もなく、ペニスの根元を握られた。
 ベルカは腰を浮かせて、自分でペニスの先を入り口にあてがうと、ゆっくり慎重に再び腰を沈めていった。
「んっ……!」
「っ、ベルカ上手だ――ちゃんと入ってる」
「……よかった。ん、んんっ」
 ドラゴンに乗るより難しいわ。とベルカが言うのでゼロは笑ってしまった。
「そうか」
「でもすぐ慣れるから」
 興奮のせいとも恍惚ともつかないとろんとした表情でゼロを見下ろす。ゼロに見つめ返されると、口の端が少し上がって嬉しそうな顔になった。
「ゼロ……」
 右手でゼロの左手を、左手で右手を握り、ほどけないように指をしっかり絡める。
「いつもは私が抱かれてるけど、今夜は私があなたを抱いてるみたい」
「ベルカ」
 ゼロは声を詰まらせた。
 ベルカの言葉が無性に嬉しかった。
「? なに……?」
「ベルカ――」
 と名前を呼ぶばかりである。胸に去来する気持ちが言葉にならない。もどかしい。
 ベルカは首をかしげながら、別段ゼロを急かすようなことはせず、ゆるゆると動いて愛の行為に浸っている。ゼロからすればそれももどかしいくらいだ。
「私はあなたに抱かれるのが好き」
 独り言のように言った。
「なんだか子供みたいに甘やかされて、何もかも受け入れてもらったような気持ちになる……それが嬉しい。すごく。嬉しいの」
「―――」
「あなたも同じ? それともあなたは違う?」
「――同じだ。俺も嬉しい」
 ゼロが今にも泣き出しそうな顔をしていることにベルカが気が付いたかどうか定かでない。
「じゃあ私も嬉しい……」
 ベルカはゼロの上にぺたりと倒れ込んだ。少し背伸びをして目を閉じると、ゼロの方から待ちかねてキスしてきた。
「ん、っ、好きよ」
 俺も好きだ。と答えるわずかな時間すらゼロには惜しい。あえぐように唇を奪ってベルカを両腕で力いっぱい抱きしめる。
「は……ゼロ、それじゃ動けない」
「俺が動くからいいよ」
「……あ、待って」
「待てない」
「待って。これ、痛いでしょう?」
 ベルカは手を伸ばして、ゼロの髪に絡んでいた右目の眼帯を外してしまった。あらわになったまぶたの上に優しく唇を押しつけた。
「ベルカ――!」
 我慢の糸が切れたようにゼロはいきなり大きく突き上げてきた。
 心はこれ以上ない歓呼の声を上げていたし、体の方はとうに限界だった。
「ベルカ――愛してる、ベルカ」
 ひときわ激しく突かれたベルカがたまらず声を上げて身をよじったのとほとんど同時にゼロは達した。
 どくどくと全身が脈打つような強烈な射精に身をゆだねた。
 それが収まってくると気だるさに襲われ、ベルカを腹の上から下ろそうとすると、
「あ、出そう……」
 とベルカがつぶやく。
 ゼロはベルカと体の上下を入れ替えてからそっと離れた。ペニスを抜いたところから自分の精液が出てきたのを見て、なんとも言えない気持ちになる。
(好きな女なのにこんなことしちまって)
 という罪悪感もあり、逆に好きな女だからこんなふうにしたいとも思う。もっとめちゃくちゃにしたいとさえ思う。
 愛液にまみれたペニスは射精したばかりなのに萎える気配がない。
 ベルカの膝を抱えて引き寄せ、精液が滴ったままの入り口にペニスの頭をくぐらせる。いつになくゼロがタフなのでベルカも驚いたらしい。
「えっ? あん……」
「今度は俺が抱く番。一緒にイこうぜ、ベルカ――」
「あっ!」
 ゼロは最初から遠慮無く腰を突き出した。
「あっ、あぁっ、あぁっ、あぁっ!!」
 奥に押しつけるように動きながら、ベルカの乳房に手を伸ばす。
「あ、んんっ!!」
 小振りでも手のひらに吸い付くように柔らかい。指が乳首をかすめるたびに脚の間の方も反応があって、ゼロはいささかだらしない顔で舌なめずりした。
 上半身を深く折ってベルカの胸元へ顔をうずめる。情熱的に唇と舌を這わせ、乳首に吸い付いた。
 ベルカが悦ぶことを全部してやりたい。
 と言わんばかりに、空いた手を女の部分にも忍ばせた。ペニスに貫かれているすぐ手前でふくらみきっている小さな突起に優しく触った。
「んんんっ!」
「気持ちいいだろ?」
 突起を指先で転がしてやりながらせわしなくペニスを出し入れする。
「さっきも俺のナニに一生懸命こすり付けてたもんな? ココ」
「あっ、あぁっそれスゴい……!」
「寡黙で冷徹な殺し屋ベルカが、寝室ではそんなあられもない声出すなんて、軍の連中が知ったらどう思うか」
「!」
 ベルカはぴたりと声を止めてしまった。右手で口を押さえて、声が出そうになってもこらえている。
 ゼロは申し訳なさそうな顔になった。
「すまん、別にからかったわけじゃない」
「………」
「もっと聞かせてくれ、俺にだけ。俺だけのものだと思わせてくれ」
「……じゃあもっとして」
「お望み通り」
 ゼロはいっそう熱を入れて動き出した。ベルカをきつく抱きしめて、キスをねだると、ベルカも両手をこちらの背に回して応えてくれた。
「ん! んっ! んんんん!!」
(あぁ……好き……)
 という想いが体の隅々まで満ちる。手足の先から髪の一本一本まで、ゼロの肌に触れているところ全てが焼け付くように感じる。
「ゼロ……ゼロ……離さないで……!」
「離すもんか」
 来い! とゼロは言った。ベルカが痛いほどしがみついてきても、もう気にしていなかった。
 ベルカは素直に来た﹅﹅
 とろけるような時間を、ゼロは憎らしいほど心得たペニスの刺激と愛撫とで引き延ばした。
「ベルカ俺も行く――」
「来て……」
 飽くことなくいつまでも互いに歓呼の声を上げて呼び合う。二人を分かつものは何もなかった。


 ゼロの裸の背中へ耳を押し当てると、力強く規則正しい心音が聞こえる。ベルカはそれを数えながら、ゼロの背を枕にまどろんでいた。
 ふと、
「ベルカ、ちょっと頭持ち上げてくれ」
 頭上でゼロの声がして、ベルカは言われた通りにした。
 ゼロはごそごそと緩慢な動作で寝返りを打った。
「ん、もういいぜ」
 ベルカは、今度はゼロの胸を枕にする格好になった。心臓の音がより近くに聞こえる気がする。
「ねえゼロ」
「うん?」
「結局、私に媚薬なんて飲ませようとした理由は何?」
「――蒸し返すなよ、その話を」
「知りたいわ」
 ゼロは、うう、とうなった。
「まあ、なんというか俺としては、お前に飲ませるのは失敗したんだが結果的に成功だったというか」
「?」
「今夜みたいに、お前の方からシたがってくれたことは今までなかっただろ」
 ベルカは怪訝そうに眉をひそめた。あきれたあまり、眠気もどこかへ飛んでいったらしい。
「まさかそれが理由?」
「そんな目で見るなよ。俺だって――いつも俺の方から誘ってたんじゃ不安になるんだよ。お前は本当は嫌がってるんじゃないかってな」
「……ばかじゃないの?」
「ばかだよ」
 お前のことになると全然頭が回らないんだ、とゼロは正直に言った。
 ベルカはゼロの顔を見上げた。ゼロは見つめ返して、ほっとした。ベルカも別に怒ってはいないようである。
「まあ……もう許してる私もばかだと思うわ」
「悪かったよベルカ。二度としない」
 ベルカの頭をそっと撫でる。ベルカはくすぐったそうに目を細めた。
「そうして」
「もうしないから、たまにはまた今夜みたいに俺を抱いてくれ」
「ゼロ」
 ベルカにまじまじと見つめられて、ゼロははにかんで笑った。
 ベルカは元のように胸に顔をうずめた。
「いいわよ……」
「ドラゴンみたいに上手く乗りこなせるように練習もしなくちゃならないだろうしな?」
「………」
 翌日、一緒に風呂に入った軍の仲間が、ゼロの脇腹に思いっきりつねられたような痕を見つけて訝ったが、ゼロはにやけているばかりで決してわけを教えてはくれなかった。

(了)