あくたれ

「………」
 火の入っていない火鉢の前に座った島崎が、火箸で冷たい灰をき混ぜながら、黙ってこちらを見ている。
 と、芥川は背中で気づいていたが、知らん顔をしていた。布団の上にうつ伏せに寝転がって、畳の上に置いた原稿用紙へペンをのたくらせている。それがどうにも書きづらいらしく、執筆の進み具合は今ひとつといったところであった。
「ふふん……」
 と背後で島崎がかすかに笑った。
「何が可笑おかしいんだい」
 と、芥川はつい返事をしてから(しまった)と思ったが時すでに遅し。
 島崎は相変わらずぐるぐると灰を混ぜながら言った。
「君、そんなに書きづらいなら、座って机で書けばいいのに」
「僕の勝手だろう」
らしくない﹅﹅﹅﹅﹅よ……」
 君らしくない、と言う。
「そんなふうに格好ばかり真似まねしてみたところで、君があの直木みたいに野放図になれるわけもないんだから……」
―――
「………」
―――
「……図星」
 芥川は急に起き上がって、原稿用紙と筆記具を片付けると、それらを文机の上に投げ出した。布団の上に戻り、ごろりと寝て向こうを向いてしまった。
 島崎は苦笑して、
「別に、僕が何か言ったからって止めることもないのに」
「君は関係ないよ。今夜は筆がのらないからもう寝るのさ」
「そうなんだ」
 芥川がしかめ面で目をつぶっていると、島崎が電灯を消して布団へ入ってきた気配がした。
「ねえねえ、気を悪くした?」
 と、後ろから、芥川の耳元に島崎の吐息がかかった。
 芥川は、しばしもぞもぞしながら何か考えている様子だったが、やがて諦めがついたらしく、
「僕は――君が思ってるほど“いいこ”じゃない」
 とささやきながら、後ろ手に島崎の体をまさぐり出す。
「……そうだね」
 と島崎が苦笑すると、芥川はおもむろにこちらへ寝返りを打って、島崎を自分の体の下へ抱き込んだ。
 あとは、蜜月。

(了)