桜桃二つ

 太宰が桜桃さくらんぼを食べている。
 食堂で供された今日のおやつは果物で、夏蜜柑みかん桜桃さくらんぼ、南国の果物などが並ぶ中から各々好きなものを選んで皿に盛ってもらった。
 中島が格子に切った芒果マンゴーを皿に乗せて、嬉しげにテーブル席の方へ来ると、太宰がやはり嬉しそうな顔をして、硝子の器に盛った桜桃さくらんぼを一粒ずつつまんで口に運んでいる。
「太宰さん、ここの席は空いてますか」
「空いてるよ」
 と答えた声も機嫌がよかった。
 中島は太宰の向かいの席に座った。
 太宰は、ここのところの暑かったり寒かったりの気候や、雨振りのせいか、つい昼頃まではなんとなく憂鬱そうな様子であった。
(そんなに桜桃さくらんぼが好きなんだろうか)
 と、中島は芒果マンゴーを食べながら、ひそかに太宰の手元を観察した。
 仮説一、彼は赤いものが好きであるがゆえに桜桃さくらんぼも好きである。太宰が赤色に並々ならぬ執着を感じているらしいことは言をまたない。しかし、赤い食べ物の中でも特に桜桃さくらんぼは偏愛されているようである。
 仮説二、人間己に似たものには心をかれる。ゆえに太宰は桜桃さくらんぼが好きである。
(特に太宰さんの後ろ姿)
 目の覚めるような赤毛を丸く頭に沿うように散髪してあって、どうくしを入れても天辺の毛が少しぴょこんと跳ねている。その形状が――形状がである――
―――
 そこまで考えて、中島は阿呆あほうらしくなってしまった。こんなことを考えているのは私くらいだろうな、と思い、これからは芒果マンゴーの方に誠実に取り組もうと、スプーンを持った姿勢を正した。
「なぁ、中島くんちょっと、見て、見て」
 太宰が急に中島を呼んだ。
 中島が顔を上げると、太宰は茎の根本がつながった二粒の桜桃さくらんぼをつまみ上げて、
「中島くんがいたよ、ほら」
 と言い、それを中島の皿の上へ置いた。
 中島がへんな顔になって、首をかしげると、太宰はにやにや笑いながら人差し指を立てて中島の頭の天辺を指し、意味ありげにその指先を振って見せるのである。

(了)