迂回

「うぅ――
 と、太宰が炬燵こたつ布団の下で目を覚ましたとき、部屋に残っていたのは中島一人きりで、中島は炬燵こたつ板の中央に置かれた鍋の残りを箸でさらっては胃袋へ片付けていた。
 太宰は目も満足に開かないまま寝ぼけた声で尋ねた。
「安吾たちは?」
「坂口さんと織田さんと三好さんは三人で買い出しに行きましたよ。お酒が足りないからって」
「こんな時間に?」
「まだ開いてる商店があるからって言ってましたけど」
「中島君は行かなかったの」
「太宰さんが起きたとき、一人だったら絶対機嫌が悪くなるからって坂口さんが言ってました」
「なんだよそれ」
 と、太宰はようよう起き上がって、「おお寒」と体を丸くする。
「じゃ、中島君は俺のために尊い犠牲になってくれたってワケ?」
大袈裟おおげさですよ、そんな」
「いやそれとも」
 と中島へ流し目を送って、
「俺と二人きりになりたかった?」
 と、甘ったれた声を出した。多少呂律ろれつが回っていない辺り、まだ酔いが覚めていないに違いない。
(この甘え﹅﹅に構うと、最後まで延々付き合わされることになる)
 と中島もわかってはいるのだが、なんとなくはっきりとは拒みかねている。
(こんなとき“彼”ならきっぱり断れるんでしょうか)
 自分の心の中をのぞこうとしてみても、もう一人の自分は例のごとく「馬鹿の相手はしない」と言わんばかりに黙り込んでいる。
 そうこうして中島がぐずついていると、太宰はそれをどう受け取ったものか、炬燵こたつの足を越えて中島のすぐ隣へ入ってきた。
 中島は咄嗟とっさに、
「もうじきに坂口さんたちが帰ってくるかもしれませんよ」
 と言った。
「嘘」
 と太宰はにやけている。
「当分帰ってこないんでしょ」
「な、なんでそんなことがわかるんですか」
「嘘つきは人の嘘を見破るのも得意なのさ」
 などとうそぶきながら、太宰は中島の膝の間へ自分の足を入れて絡めた。が、それ以上のことはしてこない。中島の無言の抵抗の前に、あくまで無理強いはしないのだと紳士ぶっている。
(そういうところが)
 中島にはやりきれない気持ちがする。いっそ無理やり奪ってくれれば楽なのにと思う。自分も太宰もお互い、もっと楽なやり方がいくらでもあるはずなのに。
 いつも二人して回り道を選んでしまう。中島が、ふ、と無言の抵抗を解くと、太宰はようやく手を伸ばして触れてきた。
 面倒がって炬燵こたつに入ったまま、トラウザーズを下ろしただけの格好で抱き合った。あお向けに寝ている太宰の腹を中島は膝でまたいだ。
「あ、ア、あぁ――ッ」
 太宰の胸板へしがみつくようにしながら懸命に体を揺すった。ずり落ちそうになる眼鏡をその度に押さえた。炬燵こたつ板の上の食器がカタカタ音を立てていた。
 太宰も下から動こうとして、しかしちょうど空のコップが倒れた音を聞いたので止めてしまった。
「寒いね――外は雪かなぁ。ホワイトクリスマスってやつ」
 と、酔いの回ったぼんやりした声でつぶやきながら、中島の着ているセーターの中へ裾から手を入れて、熱のこもっている背中といわず胸元といわず愛撫あいぶした。
「ッ、知りません」
 と中島は言った。返答を期待していなかった太宰は小首をかしげた。
「何か怒ってる?」
「別にそういうわけじゃ――ないですけど――こういうことをするのはできれば、太宰さんが酔ってないときがよかったです――
「じゃあ明日もしよう。明後日も」
 急に中島が眼鏡を取り落とした。
「そのままでいいじゃないか」と太宰は言って、中島を抱き締めて唇に唇を押しつけた。中島が夢中でそれに応じたのは、日頃慎重で控えめな彼にしては珍しいことだった。
 回り道をして、迂回うかいして、迂回うかいして、ときにはふと見知らぬ美しい景色の場所へ出ることも、ある。

(了)