背中
「よっこらせ、と」
と、こんなときまでお道化なくてもよかろうに、いささか間の抜けた声をかけながら太宰が後ろから覆いかぶさってきて、中島は裸の背をぞくぞく震わせた。
「あ、もう――?」
「もう。許してね」
と口調こそ軽いが、太宰もいささか息が上がって追い詰められているようだった。寝床へうつ伏せになっている中島の体を膝で跨ぐと、しかるべきところへ押し入ってくる。
「っ、んん、ま、待っ――」
太宰は待たずに奥まで押しつけてから、
「あ、すご――」
と、うっとりつぶやいて、頬を中島の首筋へすり寄せた。長い指の先で中島の前髪を掻き上げて耳に掛け、露わになった耳朶へ軽く歯を当てた。
「あぁ、ん、く」
また中島が震え上がって体を強張らせると、太宰もたまらなそうに眉根を寄せた。
「あっ今のすげーいい――もっとして」
と中島の耳たぶにしゃぶりついた。吸ったり、引っ張ったり、息を吹き込んだりした。
「あ、あっ、あぁ」
と中島は愛撫に応じながら、
(この人は――ついこの間まで入れるだけで大騒ぎだったのに)
俺だってこんなところに入れるの初めてなの怖いの!! と太宰が二の足を踏んでいたのを思い出す。そういえば、あのときもこうして背中から抱かれていた。
「あっ、背中からが好きなんですか」
と中島が不意に生声を挟んだので、太宰は耳たぶを咥えたまま「あんだって?」と問い返した。その拍子に重く垂れた前髪が中島の頬をくすぐった。
「んんっ――背中からだと見苦しいものも見えませんからね――」
あるいは実際のところは、この過敏な精神を持つ太宰という青年にとって、真正面から自分の視線を浴びるのが息苦しいのかなとも思った。
「いや別にそういうわけじゃないけどさ」
と、しかし太宰は言った。
「でもまあ、中島君の背中は好きだな」
「な、なぜ――」
「だってほら」
少し体を起こして、中島の背中を下に眺める。右手の中指で背の真ん中の窪みをするすると腰まで撫で下ろす。
「あっ」
腰のくびれのところまで来ると、今度はその指で痩せた脇に浮いた肋骨の線をなぞった。
「虎みたいじゃん――」
「っ!!」
「中島君そこまで頑張られると俺の方がもたないんだけど」
と、太宰は満更お道化でもなさそうに、ぐびと喉を鳴らして生唾を飲む。
「あ、あなたが、変なことを言うからですよ」
「うん。ごめん――」
太宰はにわかに獣のごとく動いた。
「あっ、あっ、待って!」
と腹の下で中島が身を捩ろうとした。太宰はそれを、まるで野生の虎がそうするのと同じように、首筋に愛咬を加えて押さえ込んだ。
(了)