最下段右の端

 元はと言えば、先日中島が図書室の当番だったときに、
「ねぇ、芥川先生の『羅生門』まだ貸し出し中?」
 と、太宰がふらりとやって来て、中島は文士への貸し出し記録を調べ、
「そうですね、来週の水曜日まで」
 と答えると、太宰はがっかりと肩を落として、
「今度こそ俺が借りるつもりだったのに! まーたタイミングが合わなかった」
 と、しょんぼりして、それがいつもの道化のポーズのようにも見えず正直な思いらしかったので、
「あ、あの『羅生門』なら私も収録された作品集を持っていますけど――貸してあげましょうか?」
 と中島もつい仏心を出してしまったのだった。それがよくなかった。
 『羅生門』の貸し借りをして以来、すっかり太宰に自室へ入り浸られるようになってしまった。中島の書棚の本を読み尽くそうという魂胆らしい。今では本棚の端から順に読んでいる。初めの頃は太宰も自分の部屋へ持って帰って読むなり、中島の机を借りて読むなり行儀良くしていたが、近頃はもう中島の部屋のベッドに我が物顔で寝転がって読んでいる。
 太宰は書物の形をしていれば何でも読んだ。文学作品は無論、中島が小説の資料のために手に入れた歴史書や、東西の古典、科学書の類まで食わず嫌いをしなかった。
 それに読むのが速い。ときにはぱらぱらとめくっただけで書棚に戻してしまうこともある。中島は、本当にちゃんと読んでいるのかと思って、
「あの、漢の武帝の性格についてどう思いますか」
 と尋ねてみたことがある(そのとき太宰は前漢時代の歴史書を手にしていた)。太宰は、皮肉っぽい調子で答えた。
「お坊ちゃんなのさ。学問好きのインテリ。そのくせ根がヤクザ! でもその頃の長安そのものがヤクザの町でバクチやケンカや闇商売ばっかりしてた。だから時の帝と馬が合って、外敵の討伐なんか歓迎したわけ。新しい学問もそろそろ時代が必要としてた頃だった」
 はなはだ大味だが、だいたい合っている、と言えなくもない。中島は「ちゃんと読まないなら帰ってください」とも言ってやれず、もぐもぐと黙り込んでいるしかなかった。
 こうして太宰にちょっかいを出したのがまたよくなかった。心安いと思われたのか知らないが、その後太宰の方からもちょくちょく議論を吹っかけてくるようになった。それに、中島が机に向かって書き物などしている最中でもお構いなしに話しかけてくるから参ってしまう。
「何書いてんの? 小説? 読ませてよ」
「う、後ろから覗き込むのはやめてくださいよ――私の書くようなものは、きっと太宰さんの趣味には合いませんよ」
「読んでみなきゃわかんないじゃん、そんなの」
 などとじゃれ合っているうちに時が過ぎて、結局中島は原稿を書き進められなかった、というオチになる。
 しかし、どうやらそんな騒がしい日々もそろそろ終わりそうであった。太宰は書棚の本をあらかた読み尽くしてしまった。今では最下段右端の数冊を未読に残すばかりになっていた。
(これを読み終わったら、太宰さんももう来なくなるんだろうな)
 やっと平穏になる、と思う。一人で静かに本を読んだり書き物をしたりできる。太宰と話し込んで何も手に着かないことも、太宰の芥川論を延々聞かされて寝不足になることも、ベッドのシーツにコロンの匂いが付いた付かないで揉めることもない。
――私には、静かな暮らしの方が性に合っているんです」
 と自分に向けてつぶやいてみると、心の中で誰かに叱られたような気がした。
 ある日、中島は司書にお遣いを頼まれて外出した。その帰り道、前を通りかかった書店の軒先に、新しい文芸雑誌がいくつか出ていた。つり込まれて中へ入ると、新刊の文庫本なども並んでいた。
 中島は文庫本一冊と、長らく欲しかった将棋の棋譜の本を一冊買い求めた。そして図書館の自室に帰り、それらを書棚へしまっておいた。最下段の右の端へ、そっと並べて立てておいた。

(了)