息の合わない二人

「俺たちってさ、ほんっとーーーに息が合わないよね」
 とさっきから太宰がぼやいているが、中島は聞かない振りをした。
―――
 戸口から外の往来の様子を窺う。どこにでもありそうな田舎町の風景が遠くまで続いているが、辺りは不気味なくらい静まりかえっている。この有碍書の世界は――これも侵蝕の影響なのか――登場人物が誰一人いなかった。
 中島、太宰、それにもう二人ほど弓使いの文士とで潜書して、身の軽い弓の二人は偵察に出ている。残された中島たちは、通り沿いの小さな商店を拠点代わりに、仲間の帰りを待っている。
 店の中を探検(というほどの広さもないが)していた太宰が、どういうわけか硯と筆を握って戻ってきた。帳場辺りから持ち出したものらしい。それで何をするのかと中島が眺めていると、墨で行灯に落書きなど始めたから全く呆れてしまう。
(なまじ字が上手いのが嫌味だ)
 と思う。
 太宰が、俺たちは息が合わないと言う。それには中島も賛成だった。そもそも、中島は矜持の強い一匹狼気質である。少なくとも自分ではそう思っている。仲間と協力して戦うなんて性に合わない。
「まあそりゃ、俺だって本当は一人でカッコよく決めたいよ」
 と、太宰はしつこく話しかけてくる。中島が相手をしてやるまで止めない構えと見える。
「だけどさぁ、一応俺たち二人が力を合わせるものと信じて組まされてるわけで、人の期待を裏切るのは心苦しいじゃないか」
 と言う。何を言っていやがる、と中島は内心悪態をつく。散々他人の期待を裏切っているくせに、口だけは立派なヤツだと思う。
 そんな調子だから、侵蝕者との戦いにおいても二人の息が合うはずもなく、たいてい、見かねた他の仲間が手助けに入る始末である。
 太宰がのたまう。
「俺は、中島君が俺に合わせてくれるのを待ってるんだからさ」
(どうして俺が合わせてやらなくちゃならない。合わせるならお前が俺に合わせろ)
「なのに中島君たら、これ見よがしに島崎さんや田山さんとばっかり手を組んでさぁ」
(それはヤツらが勝手に手を出してくるんだ)
「あ、そーだ」
 と、何かロクでもないことを思いついたらしい太宰が、急に腰を上げて、中島のそばへ近寄ってきた。
「中島君、ちょっとこう、手を出して」
「?」
 中島は、つい、言われるままに右手を太宰へ差し出した。太宰は手にしていた筆の先を中島の手のひらに当てると、さらさらと自分の名前を揮毫し、
「ほら、こうやって名前を書いておいてあげるからさ、俺に合わせてくれるの、忘れないでよね」
 などとまことに身勝手なことを言うから、中島の方も腹に据えかねるというもので、
――俺にも筆を貸せ。お前の科白、そっくりそのまま返してやる」
 と、太宰から筆を奪い取ると、躊躇なく太宰の顔面に己の名前を「中島敦」と端正な字ででかでかと書き付けてやった。
 太宰はさすがに意表を突かれたらしく、しばらくはただただぽかんとしていた。が、やがて我に返ってわめき出した。
「げええ!! うっそ、俺のカッコいい顔に何してくれんの!?
「ふん」
「信じられない!! ちょっと、ひっど――
 偵察に出ていた島崎藤村と田山花袋が帰ってきたときも、中島と太宰はまだ手と顔に墨を付けたままやいのやいのと口説じみた物言いをしていて、
「ただいま――楽しそうだね二人とも」
「お前ら仲良かったんだな、知らなかった」
 と、島崎と田山が代わる代わる言うと、
「どこが!?
「どこがだ!!
 と二人ぴったり声を揃えて言い返した。次の侵蝕者との戦いでは、案外息が合うかもしれぬ。

(了)