道化師
                             太宰の道化は、ちょうど彼のネクタイが風にひらめいてけばけばしい赤い色がのたうつとき、ちらりちらりと裏の青い布地がわずかに覗く、そんな様子に似ている。と評したら好意的に過ぎるだろうか。
                             中島はまったく閉口していた。
                             太宰が、とにかく、うるさいのである。
                             有碍書に潜って、いつ何時侵蝕者に襲われてもおかしくないような状況であっても、例の道化をやめない。殊更人に構われないと気が済まないのがタチが悪い。
                            「うるさいぞ、お前」
                             と中島は突っぱねてみたこともある。太宰は、たぶん本心からビビっていた。その上でおどけて見せるのだ。
                            「こっわ! 怖いなー中島君。普段と雰囲気違うってレベルじゃないでしょそれ」
                            「俺は馬鹿の相手をするつもりはない」
                            「ひ、ひどいなぁ、俺だって同じ帝大に通ってたのに」
                             太宰は、そのくせ、いざ侵蝕者と戦う段になると、敵である彼らに向かって、
                            「可哀想なやつらだ」
                             などと、しみじみといい声で言うこともある。矛盾している。
                             ある日中島は、医務室の順番を食堂で待っている間、太宰と同席になった。またぞろ太宰が、
                            「もうやだ死にたい。今度は絶対死ぬ、死なねば、死んじゃう――」
                             とかなんとかわめいている。中島は、
                            「太宰」
                             と、不機嫌を隠そうともしない声で呼んだ。
                            「お前煙草を持ってるか」
                            「あるけど――」
                             と太宰はチョッキのポケットからバットの箱を出して、中島へ寄越した。中島はそれを一本抜き、吸い口をテーブルで軽く叩いた。
                            「
                             と求めると、太宰はそれもチョッキから出して渡そうとする。中島はかぶりを振った。お前が擦れ、と言う。
                            「何なの中島君、火くらい自分で――」
                             と文句を垂れかけた口へ、中島は叩いた煙草の先をねじ込んでやった。そして、ぷいとそっぽを向いてしまう。
                             太宰は当分間の抜けた面をさらしていた。やがて、自分で燐寸を擦って煙草に火を点けた。ようよう静かになると、中島が疲労のため息交じりに言った。
                            「文学において、道化は馬鹿と同義じゃない。馬鹿には務まらないのが道化師だ」
                             お前はどうなんだ。と中島は太宰に問うた。
                            「ほりゃぁね、あかじまくん」
                            「煙草を咥えたままで、喋るんじゃない」
                             太宰は、骨と皮ばかりの人差し指と中指の間に煙草を挟むと、紫煙とともに返答を吐いた。
                            「そりゃあね、答えないのが道化だよ。はいあっしはこの世の真実を知ってるでござい、なんて言うようじゃもう道化師じゃない。ただの笑い者に成り下がるだけさ」
                        
(了)