第二の僕、或いは私
夜、明るい室内から窓越しに暗い外を見ると、窓がちょうど鏡のようになって自分の姿が映って見える。
中島が夜更けに図書室から自室へ戻る廊下を歩いているときも、長い通路沿いに並ぶ黒い窓それぞれが大きな鏡のようであった。廊下の照明は光量が絞られており、鏡の向こうの映像は不明瞭であった。
中島は窓の鏡に映る己の姿を見た。足を止めていた。どれくらいそうしていたものか。気がつくと中島は、窓に額が付くほども近づいて向こう側の自分と見つめ合っていた。
しかしそのとき、
からん、ころん、
と下駄を鳴らして近づいて来る足音を聞きつけて、中島は、はたと我に返った。飛びのくようにして窓際から離れた。
「おや、中島くん。今帰るところかい、君も宵っ張りだね」
廊下の向こうからやって来たのは芥川であった。
芥川は右手の指に火の
「どうも、部屋に帰るまで待ちきれなくてね」
中島は、
(さっきの姿を見られただろうか)
と心配して、
しかし芥川は「何をしていたの」とも言わなかった。見られてはいないかもしれない、と中島は多少気をゆるめた。
芥川は中島の隣まで来ると、窓を見つめた。あいまいな鏡に映った己の影と向かい合った。芥川の影も
「中島くんは第二の自分――いわゆるDoppelgaengerを信じるかい」
と、芥川は不意に言った。中島が
「僕自身は幸せにも第二の僕を見たことはない。だけど“彼”は二度現れたことがある。一度は帝國劇場に、もう一度は銀座の煙草屋に。“彼”に会った人に『先だってはついご挨拶もしませんで』と言われて僕は大いに当惑したよ」
「―――」
「僕は自分の死について考えるとき、死はあるいは僕よりも第二の僕に来るのかもしれないと思うことがあるよ」
「――やめてください!!」
と中島が急に大声を上げて話を遮った。遮ったきりで何を後に続けるでもなく、ただうつむいて険しい顔をしている。
「ごめんね」
と、芥川は優しい声で謝った。
「中島くん、第二の君と見つめ合うのも
おやすみ、と言って芥川は先に行ってしまった。
中島は、下を向いたままひどく赤面した。
(了)