可愛い男勝り

 キスされた。
 と、悟るまでに、ローゼは数瞬を要した。
 唇を塞がれたことよりも、顎に当たる無精髭ぶしょうひげのちくちくした感触の方がはっきりと感じられた。
 ローゼの薔薇色ばらいろの唇に触れている唇は予想外に柔らかい。それに繊細だった。羽根が触れるほどの、くすぐったいような動きでローゼの下唇をついばむ。
 バイルにこんなキスができるなんて思ってもみなかった。
 ついばむようにしていた唇を軽く押しつけられ、吸われると、ローゼは思わず背筋が震えた。
(ん――
 下腹部にともしびがともるような、きゅっとうずく感覚があった。その正体がわからず、うろたえて体を離そうとしたローゼの背へバイルは両腕を回して抱きかかえた。
 ローゼはもがいたが、逃げられない。
(どうしてこんなことに――
 二人は作戦室にしつらえられ長椅子にもたれ、身を寄せ合っていた。そばの卓には演習用の戦術図と兵棋などが置かれていたが、それについて語り合っているようには見えない。
 バイルは、ローゼの固く閉じたままの口を開かせようと、丹念に唇で唇を愛撫あいぶしていた。
 無理やり舌をねじ込んだりはしない。ローゼに自ら求めさせるのが燃えるのだ。
 ローゼの背から片手を滑らせ彼女の手を取る。細い指と指の間にバイルの大きく骨張った指が割り込み、絡み付いてくる。
 感じやすい女はそれだけでも震え上がったりするものだ。指の間の水掻みずかきも性感帯だ。
 手を握られたローゼは、ぴくんと小さく震えて、
「あ――
 とでも言いたげに、閉ざされていた口元がわずかにゆるんだ。
 すかさずバイルが舌先を忍び込ませてくる。
「!」
 ローゼとて初めてのキスというわけでもない。
 ラウル帝国領グラーフ公国の公女として、数多くの紳士からさまざまな口づけを受けてきた身である。が、それらは皆儀礼的なものだった。
 こんなに親密なやり方は初めてだったし、それに知らない。
 驚いてなすがままになっているローゼに一つ一つ教え込むようにバイルは舌と唇を使った。
 絡み付いてくる舌の動きにローゼはおののくばかりである。
 バイルからは酒と煙草たばこの強い臭いがする。それでもローゼがさほど不快に感じなかったのは、その軽薄な体臭の奥に、幾多の戦場を生き抜いて体に染み着いた血と硝煙の臭いが隠されているような気がするからである。
 軍人としてだけ﹅﹅なら尊敬に値する人物だ、とローゼは公正に評価しているつもりだ。
 だからこそ、今度のこともバイルに相談しようと決心して、この部屋で面会した。
「っ! バ、バイル! 離して!」
 ローゼは思い切って力一杯バイルの肩を押し返した。
 唇が離れ、自由になった口で大きく息を吸う。
「わっ、私は! こんなことをしにきたわけじゃないわ」
「そうか? 俺におねだりしに来たんだろうが、ラウル第一軍騎兵総監への推薦を」
――推薦してくれるの?」
「さて」
 ローゼは声をひそめ、
「その、私が、あなたの――言いなりになれば、見返りに――?」
「そりゃまあ、そーいうのはよくある話だがな?」
 バイルが再び酒臭い顔を近づけてきても、ローゼは逃げなかった。
(こんなチャンスは他にないのよ)
 火のついているローゼの功名心は自制心を麻痺まひさせる。
 高い地位と権力を望むのは何もローゼばかりではない。ライバルの男性士官たちを蹴落とさねばならないのだ。彼らと同等、いや彼ら以上のことが自分にできて、周囲もそれを認めているのだと、証明して見せなければならない。
 たとえそのために女性として辱められることになっても――
 ローゼは、バイルのキスと愛撫を甘んじて受け入れた。
 と、少なくとも彼女自身は思っていた。
 バイルは遠慮なくローゼの唇をむさぼり、無精髭を押しつけてくる。欲望を微塵みじんも隠そうとしない。
 ローゼは男にもひけを取らず上背のある方だが、バイルはそれ以上の体格をしている。のしかかられると山の大きなおおかみにでも襲いかかられているような思いがする。
 屈辱よりも、どうにもならない恐怖が先に立った。
(ああっ! やっぱりだめ)
 怖い。と反射的にバイルを押し返そうとしたが、今度はバイルがそれを許さなかった。
「!」
 バイルは、ローゼの背に回した手で、彼女の両腕を後ろ手にさせて抱え込んでしまうと、
「へへ――
 ローゼにキスしたまま唇の隙間から声をもらして笑った。
 空いた方の手で、ローゼの胸元を下からすくい上げるようにして掴む。
「んっ!」
 ローゼは身じろぎすることしかできなかった。
 バイルの手は腰へまとわりついて滑り降り、太腿ふとももの形を確かめるように軍服の上から指を食い込ませてくる。
 きつく閉じたローゼの膝がわずかにすり合わされる。
 バイルがいきなり脚の間にまで手を伸ばしてきた。
「んんっ!?
 ローゼの体が大げさでなく跳ね上がった。最たる性感帯に突然与えられた刺激は全く未知のものであった。
 バイルは、震えているローゼをなだめるように、キスを浅く優しくしてくれた。
 その一方で脚の間に差し込んだ指を容赦なく恥部へ押しつける。
 ローゼは息をんだ。
 バイルの手慣れた愛撫に合わせてこみ上げてくる快楽でくびれた腰をくねらせ、どうにもできずあえぎ声を上げた。もっともキスで口を塞がれていたので、鼻にかかるくぐもった声をもらしただけだった。
 バイルはあえぎ声をぶつけられても驚いた様子もない。
 ローゼの舌を舌で絡め取り、恥部をでさすっている指は憎らしいほど心得た動きで快楽をさらに引き延ばした。
「感度良好だなぁ」
 と、バイルがふと顔を離して言った。
 頬まで薔薇色に上気させ、声を上げるまいと唇を噛んで我慢しているローゼの顔をじろじろねめ回し、
「ローゼおまえ、本当に処女か?」
 半ば冷笑を含んだ調子で首をかしげる。
 ――侮辱された。
 とローゼは思った。
 間髪入れず、甲高い音を立ててバイルの左頬に平手打ちを食らわせた。
 バイルは避けようとしなかった。まともに張り飛ばされてねじれた首のまま、野卑な声を出した。
「悪かったよ、公女様」
「辱めだわ!」
「たまらんなぁ」
 首を元に戻す。顔の左半分を赤く腫らしている。そのくせ嬉しそうであった。
「燃えさせてくれる」
「っ、最低よ! あなた!」
「最低とか変態とか馬鹿とかひどいとか言われながらヤるのが楽しいんだろうが」
 もがくローゼを長椅子にやすやすと押さえ付け、上に乗りかかりながら、バイルは急に人が変わったように真面目くさった目つきになった。
「ローゼ」
「な、なに」
「騎兵総監の話だがな」
 ローゼは内心がっかりしてしまった。そしてそんなふうに感じた自分を恥じて一人で赤くなっている。別にバイルがきりっとした表情になったからといって、手のひらを返したように紳士的に愛をささやいてくれるだろうなどとは思っていないが。
「ローゼおまえよ、本当に構わねえんだろうな? どんな手段を使ってでも総監の地位が手に入ればおまえの自尊心は満足か? 引き換えに女として陵辱されても耐え忍ぶってか、健気なもんだな」
 バイルの言葉がえぐるようにローゼの胸に爪を立てた。
 ローゼは、考えてみるに、正直なところよくわからなくなった。自分の心のことなのにだ。返答が浮かばず、答えあぐねた挙句、バイルに胡乱うろんなことを聞き返した。
「そうだとしたら――私を軽蔑するとでも?」
 バイルは、は、と肩をすくめた。
 それ以上も、それ以下の返答もない。
 ローゼはまたがっかりした。そのことに気付いたのかどうか知らないが、さっきまで真面目だったバイルの顔が元のようにだらしなく崩れた。
「まあ俺としては、陵辱はしてえな」
「ひどいわ」
「もっと言ってくれ、燃えるから」
 バイルのしつけの悪い手は、口で言うより早くローゼの体をいやらしく撫で回し始めている。
「さっきは具合がよかったろ。イきそうになっただろ?」
「どこへ?」
 きょとん、と一瞬バイルは真顔になったが、すぐに意地悪げに口の端をつり上げた。
「よろしい、そこから教えてやろうじゃねえの。ローゼ、男と女のことにはな、もっとずーーーっと気持ちのいいことが山ほどあるんだぜ」
 バイルがローゼの耳へ吹き込むようにささやいて、ついでに耳たぶへそっと噛みつくと、ローゼはバイルの背に置いた手の指を食い込ませ爪を立てた。
「つっ」
 バイルはといえばぴくりと眉根を寄せただけであった。


「どうして女ってのはこう、後ろから抱きつかれるのが好きかね。背後を取られるなんて俺なら絶対にごめんだが」
 腕の中にローゼをすっぽり抱え込み、軽く唇を重ねてから、それを耳元や首筋へ滑らせた。
 ローゼの軍服の前をばかに慣れた手付きではだけると、胸元へ右手を差し込んだ。
「っ、あなたにまともにのしかかられると重いからよ」
 と、ローゼは言った。自分でも愚にも付かないことをと思う。
「自分の身の丈がわかっていないんだわ」
「おまえこそ自分の立場ってもんがわかってねえな?」
 ちょっとバイルの声色が不機嫌そうになったと思ったら、後ろから急に頬へ頬をすり付けられて驚いた。無精髭が痛い。
 ローゼが抗議したところでバイルが離してくれるはずもなく、
「たまーにこれがクセになって感じる女もいるんだがなぁ」
 などと、のらりくらりしゃべくっている。
りなさいだらしのない」
「俺ぁ髭がないといい男になるから剃りたくねえのよ」
 バイルの厚い肉体越しにその鼓動が聞こえてくる。軽口とは裏腹に激しく脈打っているのがわかる。早鐘を打っているローゼの心臓と同じかあるいはそれ以上に。
 バイルの手が脚の方まで降りてきた。
(あ、また――
 ローゼは身構えた。が、そういうときに限ってじらすように膝や腿の内側を撫でて、肝心なところに触ってくれない。
「はぁあっ――!」
 ようやく望む場所まで指が届くと、ローゼは自分でも驚くほど甘えた声をもらしていた。バイルがこちらの顔をのぞき込んできた。恥ずかしさのあまりローゼは顔を上げることができなかった。
「なんだ、お待ちかねでしたかね? 公女様」
 バイルの指はほんの一時快楽を与えてくれただけで一旦離れ、そのままトラウザーズの端へかかった。さすがのローゼもその意味がわからないほど幼くはない。
 留め具を外されて緩んだトラウザーズの中までバイルの手が入ってくるのを、緊張と羞恥の入り混じった目で見つめていた。
「あっ、いや」
 空いている方の手で膝を掴まれ、無理やりに脚を開かされる。
 濡れそぼっているところへ触れた途端、バイルが低い声でかすかに嘲ったのがローゼにはわかった。ローゼは羞恥心をこらえて唇を噛んだ。
「んん」
「あーあこんなにして」
 ここを、と示すように指の腹でぴたぴたたたく。
 バイルは少なからず自惚うぬぼれた気持ちであった。可愛がっている女が自分の愛撫でこんなふうになったら、自惚れない方がおかしい。
 ひだに指を絡ませながら愛液をかき回す。
 唇を噛んでいたローゼの意志の弱い口元は次第に弛緩して、細いあえぎ声を切れ切れに上げていた。
 バイルは愛液にまみれた指を手前に滑らせて小さな突起を探り出した。
「やっ、なに――
 ローゼがじっと閉じていた目を開け、戸惑ってバイルを見上げる。すがるような視線の中で長い睫毛まつげが震えている。
 牙を立てて食らいつきたくなるような女だ。とバイルは思った。
未通女おぼこいなぁ、ローゼ」
 今まで男に言い寄られる機会がなかったとも思えないのだが。家格の高い一族の習いで、結婚生活のなんたるかくらいは教えられているはずである。まあ、男勝りなローゼの場合、そんなお勉強よりも乗馬や狩猟の方がよほど好きだったのかもしれない。
 従者や男たちを差し置いて、巧みな手綱さばきで馬を操り野山を駆け抜ける少女の姿を、バイルは思い描き、目の前のローゼに重ねた。
 優しい手つきで突起を撫でてやった。転がすようにくりくりいじると、ローゼは白い喉を露わにして身悶みもだえする。
「あっ、ん! い、いや」
 バイルはその喉に食いつかんばかりにしてキスした。
 ローゼは必死で声を出すまいと我慢した。しているのだが、敏感な突起は転がされる甘い刺激を待ちかねていたように快感を訴えてくる。
(ああこんなのって――!)
 バイルの指は愛液を塗り付けるような動きで執拗に突起を撫で回す。
「ああ、はぁあ――あんっ!」
 指先が愛液をすくいに下りてきたとき、不意打ちで内側にまで潜り込んできた。その指を軽く前後させながらバイルが言った。
「これだけ濡れてりゃ痛くはないだろ」
「あっ! あ! バイル!」
「ここに入んだよ、これが」
 と、バイルは背後からローゼのお尻に硬くなった腰の物を押しつけてくる。
「入れてえな――
 濡れた指を抜いて薔薇ローゼ雌蕊めしべを弄び、また戻ってきて中を出たり入ったりする。くちゅくちゅ音が聞こえそうなくらいあふれていた。
「あっあっあっ! あっ! んん」
 もうほとんど意味をなしていないのに、ローゼはときどき思い出したように声をこらえようとしているらしかった。いかにも初々しくて悪くない。とバイルは思う。
「まだイくなよ」
 ローゼのトラウザーズから抜いた手を拭いもせず、そのまま両手でそれぞれの乳房を握った。
「はうぅ」
 ローゼの乱れた軍服からはみ出た白磁のような裸の胸乳むなじと小さな乳首が、バイルの岩肌じみた手の中で形を変える。
 ローゼが思わず前のめりに崩れそうになると、バイルはこともなげに抱き寄せて支えてくれた。そんな仕草にさえローゼは体の奥がうずく。
(だめよ! こ、これ以上は)
 火の点いた油紙みたいに手の付けられない肉体の欲望は克己心をたちまち飲み込んでしまいそうである。もしそうなったら自分がどんな痴態をさらすかわからない。
 それが怖くもあり、甘美なものにも感じられる。
 バイルの体にすがりついてしまいたい。
 もっとしてとせがみたい。気の済むまで淫らな声を上げたい。
「あ――
 欲望と誇りに代わる代わるさいなまれる。
 こめかみの辺りに頬をすり寄せてきたバイルの顔が目に入ったとき、悩ましく揺れるローゼの胸にふと妙案が浮かんだ。
「バ、バイル」
「あん?」
(キスして)
 と言いたかったが最初は声にならなかった。こんなに勇気のいる言葉だったのかと、このとき初めて知った。
「なんだよ」
 バイルのかすれた声が頬を撫でていく。
 同時に乳首を両方とも摘まれてローゼは身を縮めた。
「んっ!」
「言えよ」
 ローゼはためらって、本当にためらってから、勇気を振り絞って欲望に濡れた口を開き、
「キ、キス――
「キス?」
「して」
 とささやいた。
 バイルが口の端を上げて勝ち誇った笑みを浮かべたように見えた。それがローゼの自尊心を刺激した。
「か、勘違いしないで! あ、あなただって困るでしょう、私があの、悲鳴を上げてたりしたら。私だって人に聞かれるくらいなら」
「ま、別に理由は何だっていいけどよ」
 ぐい、とローゼは顎を掴まれて強引にバイルと向き合わされた。
 ローゼの唇が期待でうっすらと開く。
 バイルはおそらくそれをわかっていて、その上で突き放した。
「おまえの方からしろ、そっちがしたいって言ったんだ」
―――
 所詮勝ち目のある駆け引きではなかったのだろう。
 バイルは唇の先と先が触れるぎりぎりのところまでは顔を近づけてくるが、それ以上は頑として譲らない。
 やがてローゼの方から唇を預けた。最初は、震えていた。唇を押し当てるだけで精一杯らしかった。
「ちゃんとやれ」
 と言われてようやく、ローゼは欲望に身を任せて舌を使った。今までバイルにされたことの真似をして絡めたり、くすぐってみたり、吸い付いてみたり。いじらしい。
「上手だなローゼ」
 バイルは本心から褒めた。
 するとローゼが碧眼へきがんを弦月のように細めて、大人に褒められてはにかむ子供のような顔をしたのが可愛い。
 ローゼはもう一度キスしてくれた。バイルはされるがままになって応じた。両手だけはローゼの乳房をみしだくのを止めていなかったが。
(この口にくわえさせてしゃぶらせてやりてえ)
 そんなことを考えている。
 乳房から片手を離して、親指でローゼの唇をなぞった。ローゼは自分から進んで舌先をのぞかせてきた。
「ん――
 口の中までバイルの指が入ってくると驚いて目を見張ったが、それでも健気に吸い付いて、柔らかく舌で包んで、絡み付かせた。
 バイルはうめかずにはいられなかった。同じ愛撫を限界までそり返った腰の物にさせたい。
「たまらんな」
 誰にも邪魔されない寝室で、知る限りのいやらしいことをみんな教え込んでから女にしてやりたかった。今はそこまでの時間がない。
 長椅子に横たわったローゼは、バイルにトラウザーズを脱がされながら、どこか不安そうだった。いよいよかとでも思っているのだろう。
「まだだぞ、ローゼ」
 両脚をあられもなく開かせ、ローゼが形ばかり恥じらったのは無視して、その間に身を屈める。
「い、いや、見ないで」
「どの口が言うんだかな」
 愛液にまみれたところまで指でそっと広げて視姦した。
「少なくともこっちの口は見られて喜んでるらしいが」
 とバイルはオヤジ臭いセリフを吐いた。さらに屈み込んでそっちの口にもキスした。
「ひゃんっ!」
 ローゼは一瞬何をされたのかわからなかったらしい。
「い、今何をしたの?」
 バイルはその問いには答えず、代わりにこう言った。
「ローゼ、おまえ大声が出そうなら、自分で口押さえるなりなんなりしろよ」
 言い終える寸前には舌先が突起の頭に届いている。
「あぁんっ! ――っく」
 気の遠くなるような快感がこみ上げて、ローゼは慌てて手のひらで口を覆った。いやいやをするようにかぶりを振った。
 バイルは意に介さず愛撫に専念した。包皮を指で押し上げて、き出しの肉芽をちろちろくすぐるようにして舐めた。
 唇にキスして荒っぽく無精髭を押しつけてきたときとは違って、驚くほど慎重に舌を這わせてくる。優しくそこを責め立てた方がよりローゼが乱れるとわかっているのかもしれない。
「んんんっ! んんーっ!」
 欲望のままにうねりそうになったローゼのお尻は掴んで押さえつけられた。
(ああすごい――!)
 けれどもローゼにはこの上なくいやらしい行為に思える。こんな野卑な愛撫に身も心もとろかされては、何か大事な物を自分の中から失ってしまいそうな気さえした。
「ん――ふ、だめ、だめよこんなこと!」
「嘘つけ。気持ちいいんだろうが××××が」
 バイルはローゼの知らない下品な言葉を吐きながら指を膣内へ突き入れてきた。うごめく指先はさっきより奥まで届いた。
「あふ、っんんん!」
 バイルの仕草一つ一つに翻弄される。
(気持ちいい)
「いく――イきそうなの――
 とローゼは恐る恐る口に出してみた。バイルの言っていたその言葉の意味が今ならわかる気がする。
「まだだ」
 我慢してろ、とバイルは無情に言って、そのくせ舌と指の愛撫は一層細やかにした。
 ローゼの体が、がくんと大きく跳ね上がった。


 ローゼは複雑そうな顔をして、バイルが衣服を脱ぐのを眺めていた。不安よりは、好奇心に近い感情がこもっているようだった。
 バイルは見られていても一向に気にしないらしい。さっさとトラウザーズを脱ぎ捨てると、ローゼの両脚を抱えて引き寄せる。
「たまんねぇな」
 ペニスの裏側に当たる小さな突起を軽くこすり上げてやると、ローゼは手もなく身悶えした。
「ローゼ、手ぇ出せ、こっちに」
 半ば強引に彼女の手を取ってペニスを触らせた。これが入るんだぞと教えてやったつもりである。
「ご感想は?」
「大きい――
「大きくはないさ。普通だぜ、俺の息子は」
 とはいえ大きいと言われて悪い気はしない。だらしなく笑う。
「そうなの」
 ローゼは興味ありげにペニスを撫で、雁首かりくびや先端の方まで指を滑らせてきた。
「うっ」
 思わずバイルがうめくと、
「あなたも触られると感じるのね」
 と、ローゼは嬉しそうな顔をした。
「どうするのがいいの? どうされるのが好き?」
 ほっそりした指をぎこちなくペニスに巻きつけてくるからいじらしい。よほどそのまましごいてほしかったが、バイルは辛抱してその手を離させた。
 ペニスを潤みきった入り口にあてがい、
「このまま思いっきり突き破ってもいいか――
 戸惑っているローゼの顔をのぞき込んで聞いてみた。
「その方が、あなたは満足できる?」
「だとしたら?」
「じゃあ――望むようにして」
 ローゼは全てバイルの前に投げ出すようにおずおずと目を閉じ、長椅子のしとねに頭を預けた。
――ばか」
 正直なところ、ぐらっときた。
「ローゼ、惚れてもいない男にそんなこと言うもんじゃねえな」
「あ――!」
 バイルはゆっくり腰を突き入れてきた。突き破るなんて言って脅かしたくせに、実際はひどく優しくしてくれた。
 口だけは悪い。
「地位と引き替えに体を売る気持ちはどんなもんだ?」
「っ、ひどい」
 思い出させるなんて。
 だが、今のローゼの心のどこを探してもバイルを憎く思う気持ちはなかった。
 目を開けてバイルの顔を見上げる。クセのある黒髪や彫りの深い面立ち、無精髭を生やした顎の辺りまで、不快なところは一つもない。
 日頃セクハラ発言やオヤジギャグに辟易へきえきしたりしていたはずなのに、そんな記憶はどこかへ行ってしまって、素晴らしい用兵をする師団長としての姿や力強い歩兵としてのバイルばかり思い出す。
(私はこんなにこの人が好きだったかしら)
 それとも性欲に溺れて恋慕まがいの気持ちになっているだけか。
 どちらにしても、胸が慕情で締め付けられると、同じようにバイルを受け入れた部分もきゅんと反応した。
 想像していたような強烈な痛みはまだない。バイルはかなり時間をかけて入ってきて、あるときふと、
「全部入った」
 とつぶやいた。
「ほ、本当に?」
「ほら」
 さらに腰を押し込むと、先端が奥をつついてローゼをあえがせた。
「おまえのここは俺が好きらしいぞ。離してくれそうにねえや」
 と、バイルはローゼをからかった。そういうバイルも気持ちよさそうに、ぐようにゆるゆると動く。
――痛いか?」
 ローゼは黙って首を横に振る。
 バイルの顔へ手を伸ばしてきて、無精髭をざらりと撫でた。その手を首の後ろへ回して抱き寄せる。
「ローゼ」
 何か言いかけたバイルの口を塞ぐようにローゼはキスして、自分から舌を差し入れた。
 物覚えの早い優秀な生徒だ。とバイルは思った。
「んっ! ん! んんっ!」
 奥に押しつけるように腰を使うとちゃんとローゼも応えてくる。こんなに気持ちいいのだと、キスやお尻の動きで伝えようとしてくれる。
「上手だぞ、ほんとに、ローゼ」
 たまらずバイルも声にならない声であえいだ。
 一度ペニスを手前まで引き、一気に奥まで突き入れた。
「あっ、痛い」
 ローゼの体が急にこわばった。ペニスに絡み付くほど濡れていてもまだ痛いらしい。
 バイルは元のように奥の方で動き始めた。同時に指を手前の突起に当てて、下から上に撫で上げた。
 興奮で硬くふくらみきった突起を軽く触れられているだけでローゼはこらえきれなくなった。
「あぁあもう、もうだめ――!!
「いいぞ来い、ローゼ、来い!」
 苦しいほど力を込めてしがみついてくるローゼを受け止めながら、痛がるのを承知で繰り返し深く突き上げる。
 バイルだって死ぬほど気持ちいいのである。
 やがてそれが最高潮まで達した。
 バイルが不意にぐったりと全身を預けてきたので、ローゼはその重さに驚いて首をもたげた。
 バイルはその首筋へ気だるげに唇を這わせた。さらに胸元まで下りて、幼い子供がするように乳首を吸い上げながら、波が引くまでの短い間ローゼの中で名残を惜しんだ。


 小気味のいい衣擦れの音を立てて乱れた軍服を直すと、バイルは懐から細身の葉巻と火縄入れを取り出した。
 火縄の先のフリントを叩き、ふっ、と息を吹きかけると火がともる。端をちぎった葉巻に火を移し、口へ運んだ。
「ああ美味え――
 満足げに煙を呑む。
 充実した男女の閨事ねやごとに、吸い慣れた煙草、あとは美味い酒でもあればもう何もいらない。とでも言いたげにバイルはしばらく無言で葉巻を味わっていた。
 かたわらの長椅子に横たわっているローゼも何も言わず、それを見つめた。こちらも軍服をきちんと着込んではいるが、まだ余韻に浸っているようにぼんやりしている。
「ローゼ、おまえはここで休んでていいぜ。俺はこれからクルツの馬鹿と約束があるんでな、行かにゃならんが」
 手短に煙草を終えたバイルは長椅子の裏へ回り込んで来た。
 ローゼが枕の代わりにしている肘掛けのところまで来て、真上から彼女の顔を見下ろす。
「騎兵総監への推薦のことだが」
「ええ」
「俺はおまえを推薦するつもりはない」
 ローゼは長椅子から跳ね起きた。
「なんですって!?
「推薦はしないと言ってる」
「あっ、あなたそれじゃ約束が!」
「俺は一度だって、抱かせてくれたら推薦してやるなんて約束をした覚えはねえがな」
「っ!」
 なんて人! とローゼはなじった。
(こんな男に私は――!)
「まあそう怖い顔するなよ」
 バイルは腰を落としてローゼと目の高さを合わせ、
「俺は聡明な女が好きなんだぜ、公女様」
 と諭すように言う。
「あなたからすれば私は馬鹿な女だったでしょうね! ありもしない約束を信じて体を許したりして!」
「そういうことを言ってるんじゃねえよ。よく考えてみろ、俺がおまえの体と引き替えに総監に推薦してやったとする。当然おまえは選出されるだろう。それに見合う能力はある」
――お褒めに預かって光栄よ」
「だがその代わり、俺に体を売った負い目がいつまでもつきまとうんだぜ。そんなことが世間に知れたら身の破滅だからだ。もし俺が、それをネタにおまえを強請ったらどうする?」
―――
「お偉い騎兵総監は、俺がヤリたいと思ったらいつでもヤレる女に成り下がるわけだ」
「バイル、あなたが、そんなことをするの。私を強請ろうなんて」
「先のことはわかんねえからよ。性格のねじ曲がったジジイにならないとも限らねえだろ」
 だからな、と、落ち着いた声で続けた。
「それよりは、ちょっとした気の迷いで、おじさまのテクニックにめろめろにさせられて、ついうっかり気持ちいいことしちまった、ってことにしといた方がいいんだよ。わかるだろ?」
 ローゼは物問いたげにバイルの目をのぞき込んだ。
「ローゼ、他の男に、あんなふうに抱かれるんじゃない」
「バイル」
「それでいくら高い地位を手に入れたとしても、引き替えに女として屈辱にまみれた人生を送ることになったんじゃ何になる」
 ローゼは、淡い薔薇色の頬をうつむかせた。うなずいたように見えなくもない。
「賢い子だ」
 よしよし、とバイルはまるで子供扱いをしてローゼの頭を撫でてやり、体を起こした。
 バイルが出て行った後、一人残されたローゼは、長椅子で休んでいるうちにうとうとと居眠りをした。
 少女時代の懐かしい夢を見たような気がするが、目覚めるとじきに忘れてしまった。

(了)