秘め事

「ほら、兄貴。持ってきたぜ」
 そう言って蛇骨が差し出したのは、小さな器に油を引いて火を灯した本当に小さな灯火だった。
「この破れ小屋の中じゃさすがに火は焚けねぇよ」
「…それでいい。そこに置いといてくれ」
「ん」
 静かに、蛇骨は灯火を足元に下ろした。
 そして自分も、その横に腰を下ろす。
 隣に蛮骨が座していた。
 いつもの通りの傾き装束で、白い小袖に白い簡素な鎧、傍らに蛮竜を抱えている。
 ただ、いつもと違うのは、その鎧のあちこちに大きなひび割れが入っていた。
 特に、左肩と、右のわき腹の辺りが一番大きく割れていた。
 蛮骨は肩の紐を解き、その鎧を身から外そうとした。
 手が震えている。
「兄貴」
 見かねたように、蛇骨が手を伸ばしてきた。
「…すまねぇ」
 蛇骨の指が朱の組み紐を解き、蛮骨の鎧の、左肩を覆っていた部分を床に下ろした。
「下は?」
 蛮骨の腹の部分を指して、蛇骨が言う。
 蛮骨は首を横に振った。
「いい。俺じゃどうにも……」
「よかねぇよ。せめて布でも巻いとかねぇと」
 言いながら、蛇骨は蛮骨が鎧を脱ぐのを手伝っている。
「弾は残ってんのかい」
 鎧の下から現れた、真っ赤に汚れた着物に蛇骨は眉をひそめた。
「いや…腹の方は、貫通してる」
 蛮骨が荒い息を吐きながら答えた。
「じゃあ肩は…」
「右肩は掠めただけだ。左は、まだ弾が残ってやがる」
 そう言って、蛮骨は着物の左半分を肩から引き摺り下ろした。
 覆われていた布を失くした部分に浮いていた赤黒い銃創に、蛇骨が小さく息を漏らす。
「酷ぇ…」
「痛ぇったらねえな、くそ」
 忌々しげに、蛮骨が呟く。
 どこから取り出したのか、小柄ほどの大きさの刀を右手に握り、その刃先を先ほど蛇骨が持ってきた灯火の先に近づける。
 何度か刃を裏返して炙る。
 刃先を、焼いて消毒しているのであろう。
 そして十分に焼けたことを確認すると、その刃先を己の傷口へと近づけた。
 蛇骨が軽く視線をそらした。
「……」
 傷口なんか、とっくに見慣れているだろうに、それでもさすがに己の兄分が自分で自分の傷口をほじくり返すようなところは、見るに忍びなかったらしい。
 蛮骨が奥歯を噛み締め、痛みに息をつく音が聞こえるたびに、蛇骨の表情が曇った。
 やがて……
 かこん、
 と音がして、それと同時に蛮骨が大きく溜め息をついた。
 振り返れば、蛮骨の膝元に、指先くらいの大きさの黒っぽい塊が転がっていた。
 血にまみれている。
 蛮骨の肩の肉の中に埋まっていた弾丸である。
「…兄貴」
「大丈夫だよ」
 息を整えながら、蛮骨はそれでもしっかりとした声で言った。
「何か、巻いとかねえとな…」
 己の傷をじっと見詰めながら、呟いた。
「うん」
 蛇骨は頷くと、何を思ったか己の小袖の裾に手を掛けた。
 膝上まで捲り上げてあった片裾を引き摺り下ろす。
 その先を掴み、
 びっ、
 と、音を立てて、引き裂いた。
「…蛇骨、おまえ、それ……」
 唐木綿の、気に入ってた着物じゃねえか……と、言いかけて、蛮骨は口をつぐんだ。
 蛇骨は笑っている。
「いいってことよ」
 膝丈近くまで破り取って、それを抱えて蛇骨は蛮骨の体の横へとにじり寄った。
「腹にも、巻いとかねえとまずいだろ」
「…すまねぇな」
「兄貴は自分の心配してなよ」
 言いながら、存外器用に、蛇骨は布を蛮骨の肩口へと巻きつけていく。
「熱が出るかもな」
 蛇骨が言った。
「たぶんな」
 蛮骨が頷く。
「…俺、外見張っとくからさ、兄貴ちょっと横になったら?」
「……」
「…俺の見張りじゃ信用できねぇっての」
「そうは言わねえよ」
 蛮骨が息をついた。
「眠っちまうかもしれねぇ」
「そのまま死んじまわねぇんだったら、好きにしなよ」
 蛇骨が、苦笑した。


 本当に、兄貴は寝付いたらしい。
 小屋の入口から外に注意を払いながら、俺は背中でそれを感じていた。
 僅かな変化だった。
 きっと、兄貴はごくごく浅い眠りの縁を彷徨っているんだろう。
 さすがの兄貴でも、こんなときに熟睡できるほど能天気ではないだろうし、第一傷が痛んで眠れまい。
 思えば、兄貴だけじゃない、俺だってそうだが、こんな時じゃなくたって素直に眠りを貪れるようなことは年に数えるほどしかない。
 それにしても、あまりの破れ小屋ぶりに溜め息が出る。
 この冬の最中さなかに、戸も簾も暖簾も無いようでは、兄貴も傷で死ぬ前に凍死しちまうだろう。
 いや、勿論どっちにしたって死んでもらっちゃ困るのだが。
 俺は、ちらりと兄貴の方を振り返った。
 やはり、眠っている。
 目を閉じているだけ、にも見えるが、普段とはほんの少しだけ息遣いに違いがあった。
 俺は耳がいいのである。
 耳だけではない、五感が鋭い。その上に、勘もいい。第六感というやつである。
 まあ、それはどうでもいい。
 とにかく、蛮骨の兄貴は眠っていた。
 あどけない顔をしていた。
 浅い眠りではあるようだが、肩の力は抜けている。
 大きくて、切れ長の目を閉じて、静かに息をしている。
 たまらなく可愛い。
 いつもの俺なら、思わず前が硬くなるくらい、可愛い。
 だがそうならないのは、自分でも不思議なものだ。
 まるで、絵の中の男を見ているような感じなのである。
 可愛い、可愛くてたまらないとは思うのに、それは、どこか頭のとても浅いところでそう思っているだけである。
 もっと分かりやすく言えば、可愛いと思っても、それが股間まで届かないのだ。
 勃たないのである。
 もっとも、兄貴をどうこうできるわけはないのだから、それは勃たない方が都合がいいといえばいいが。
 こういう、不思議な感じは、俺が兄貴について来たときからずっと続いている。
 兄貴は、俺が今まで会ってきた男の中でも三本の指に入るいい男である。
 たまらなく、いい男である。
 可愛くて、かっこよくて、強くて、面白くて、不思議で……俺の兄貴分として不足は無い。
 あえて言うなら、女が好きじゃなかったらもっとよかったが、まあ、それくらいは目をつぶってもいい。
 いい男である、たまらなく。
 むちゃくちゃにいい男である。
 俺は兄貴に惚れている。
 あの、心臓が焦げ付きそうなほど愛しくて、血の臭いが嗅ぎたくて、勃ちっぱなしになるような、ああいうのとは違う。
 もっと静かで、穏やかで、それでいて肌が焼け付きそうなほど熱くて粘質的だ。
 どちらも、俺にとっては恋で、相手に惚れることだ。
 どちらも本気で、心の底から体の芯から惚れているのだ。
 俺は以前に、兄貴についてきたときに俺は兄貴と賭けをして、それは結局痛み分けで決着はつかないと言ったことがある。
 半分は嘘だ。
 そういう意味、では俺は完敗している。
 人によっては、こういうのを忠義だの、義理だの、忠誠だのと呼びたがる。
 俺は、これを恋と呼んでも構わないと思う。


 蛇骨が顔を上げた。
 来やがった。
 ちくしょう、結構早いじゃねえか、奴さんも。
 そっと蛮骨の方を振り返ると、蛮骨はまだ目を閉じたままである。
 …兄貴は動かさない方がいい。
 何せ、身体に二つも穴を空けているのである。
 動けば余計に血が流れるのは分かりきったことだ。
 蛇骨は、背に背負った蛇骨刀の握り手に軽く触れた。
 いつでも抜けるように、できるだけ多くの相手を仕留められるように、身構えた。
 蛮骨は、狙われたのである。
 否、狙われているのである、今も。
 七人隊を狙っているのではない。
 蛮骨を、狙っているのである。
 その訳は知れなかった。
 案外蛮骨本人は知っているかもしれないが、蛇骨は聞いていない。
 訳なんかどうでもいい。
 返り討ちにするまでだ。
 きっ、と外を見据え、しっかりと奥歯を噛み合わせて、蛇骨は身構えた。
 …いつもと同じように雇われて、七人隊は参戦していた。
 普段と何も変わったことは無かった。
 退屈なくらいありきたりな野戦であった。
 しかし油断はしていなかったはずである。
 ただ、蛮骨は意表を突かれた。
 槍合戦の真っ最中に、火縄の臭いを嗅ぎ取って、蛮骨は顔をしかめた。
 何だ!?
「蛮骨だな」
 声がした方を、思わず振り返っていた。
 弾けるような音と、ずん、と、体の芯が震えるような音が同時に聞こえて、
「っぁ……!」
 右の脇腹に焼け付くような痛みを覚えた。
「て…めえっ!」
 異様な風体の男が、蛮骨の懐の中にまで間合いを狭めていた。
 みののように身体を覆いこむ真っ黒な布を纏ったその男の、布の腹の辺りに指先ほどの大きさの穴が空き、そこから煙がこぼれていた。
 火縄の臭いがした。
 火縄銃だと!? そんな……
 そんな、腹に抱えられるほどの小型の火縄銃があるはずがない、という考えが蛮骨の頭をよぎって、そのために蛮骨は出遅れたのである。
「ちくしょう!!
 蛮竜でその男の首を切り落とした直後に、二度目、三度目の銃声が聞こえた。
 二発目が蛮骨の右腕をかすめ、三発目の弾丸は左肩に食い込んだ。
 どこから撃ってきたのかはもう、分からなかった。
 銃の傷は、痛いのである。
 人間戦っている間は、少々の刀傷くらいでは、興奮した脳は痛みを感じないという。
 肉に食い込んだ鉛の玉は、たまらなく痛かった。
 しかしそれでも蛮骨は倒れはしなかった。
 気力で地に足をつけていた。
 蛮骨の異変に一番最初に気づいたのは、そのとき一番近くにいた蛇骨だったのである。
(兄貴が、狙われたんだ)
 小屋の外を睨みつけながら、蛇骨は思った。
(近くにいた俺には何も仕掛けてこなかった)
 心臓の鼓動が早くなっていた。
 敵の気配が近づいてくるのが分かる。
 どんどん、近づいてくる。
 くる。
「来るな」
 突然背後から聞こえた声に、蛇骨は驚いた。
「兄貴」
「お楽しみはこれからだな」
 蛮骨が蛮竜を肩に担いで立っていた。
「無理して動くと傷に障るぜ…」
「黙って寝てるのは性に合わねぇ」
「そういう問題じゃ…」
「いいんだ」
「……」
 何がいいのか、蛇骨には分からなかった。
「…何が、いいんだい」
「黙って殺されるくらいなら、敵陣に飛び込んで殺される方がいい」
「……兄貴らしくもねぇこと言いやがって」
「まあ、死ぬ気はねぇがな」
 蛮骨が笑った。
「ったりめぇだろ」
 けっ、と蛇骨が唾でも吐き捨てるように下を向いた。
「……二人一緒に生き残らなきゃ何の意味もねぇよ」
 静かな声だった。
 蛇骨は顔を上げた。
「行こうぜ」
「…行くか」
 蛮骨と蛇骨は、顔を見合わせた。
 こつり、と、握った拳と拳をぶつけ合わせた。
 ぐっ、と互いに押し返す。
「行こう」
 低くドスの聞いた声で、蛮骨が言った。


「さっさとくたばりやがれこの下衆げす!!!」
 開口一番に、蛇骨が言った科白せりふである。
 罵声を浴びせざま、蛇骨刀を振り抜いた。
 喧嘩は、気合いがものをいう。
 戦だって、喧嘩である。
耄碌もうろくジジイが!!
 そういう理屈に基づいて、蛮骨と蛇骨の二人は敵の中へと飛び込んだ。
 遠慮はしなかった。
 誰一人逃がすつもりもない。
 やるなら、徹底的にやるつもりだった。
 皆殺しにしてやる。
 そう思っていたから、手加減なんかしようともせずに、得物を振りかぶった。
 とにかく振りかぶった。
 戻ってくる刃の反動で己が後ろに吹っ飛ばされそうになるほど強く、蛇骨は刀を振った。
 小気味のよい金属音が鳴り響いた。
 肉の切れる音がそれに混じった。
 手元に刃が返って来る度、よろけそうになる膝にぐっと力を入れて再び蛇骨刀を振りかぶる。
 返って来た刃の勢いを殺さないように、腰を入れて右肩が抜けそうになるまで振り切る。
 飛んで行く刃の一枚一枚を見つめながら、無意識に落ちた首の数を数えていた。
 刀を引きざま、手首を返して背後の敵の影を薙ぎ払った。
 蛇骨自身は決して背後は振り返らない。
「糞ったれ!!
 ほとんど地面に叩きつけるようにして、蛮骨は蛮竜を扱っていた。
 ほぼ右手一本で蛮竜を握っている。
 そうとは思わせない勢いをつけて、振りかぶる。
 地割れがするのではないかと思われるくらいの勢いで、叩きつけた。
 左腕は痺れてほとんど動かなかった。
 右腕は蛮竜の重みに軋んでいた。
 それでも、もう体がそうとしか動けないかのように、蛮骨は蛮竜を振りかぶった。
 急所を狙うなどという器用な真似はしようとせずに、相手の肩か胴を狙って、そのままぶった切った。
 細身の者は上半身と下半身を生き別れにさせられた。
 蛮骨は頭から返り血を被っていて、目の中にも口の中にも鉄臭い血液が流れ込んでいる。
 血で汚れた瞳が痛んで涙を流しているのにさえ、蛮骨は気がつかなかった。
 蛮骨も蛇骨も、必死であった。
 全力だった。
 ここで死ぬ気はさらさら無かった。
 殺す。
 生き残る。
 死にたくない。
 それだけのことしか、二人の頭の中には無い。
 あまりに刀を振りすぎて、蛇骨の上腕の肉が震え出していた。
 それでも奥歯を食いしばって、振るった。
 体中の感覚という感覚が、自分でも恐ろしくなるほどに敏感になっている。
 敵の武将が出す指示も、死んでいく者の断末魔の声も全部聞き取れた。
 背後に目でも生えたかというように、周りの気配を毛が立つほどに感じた。
 周りにいる奴らすべての動きが、普通の動きより一段遅く見えた。
 それは、久しく忘れていたような感覚だった。
 五感がすべて開いて﹅﹅﹅いる。
 完全に外に向けて開かれた視覚と聴覚と触覚と嗅覚と味覚とに、蛇骨は興奮すら覚えようとしていた。
 蛮竜の重みに、蛮骨の右腕は今にも悲鳴を上げそうであった。
 柄を短く握っているから重いのである。
 長く握ればそう重い物ではない、そんなことは分かっていた。
 だが長く握れば、片腕では威力が上がらない。叩きつけられない。
 腕がおかしくなってでも、振り上げるより他になかった。
 不意に、視界の端に蛇骨を見た。
 四肢の先から、蛮骨の身体に震えが走った。
「……」
 下腹の辺りが、ぞくりとした。
 性行為のときの、それに似ていた。
 己の身体すべてを使って、鬼のような形相で蛇骨刀を振り切る蛇骨の姿が。
 心臓を鷲掴みにするような刺激を、蛮骨に与えた。
 身体の芯を蕩けさすような刺激でもあった。
 目の裏に、蛇骨の姿が焼きついてしまいそうだった。
 荒い息を吐いて、長い手足を余すことなく刀を振っては、戻ってくる刃を身体全体で受け止める蛇骨の姿が。
 しなやかに動きながらまるで相手を犯してでもいるかのように呼吸を荒げて、口の端から赤い舌を覗かせている蛇骨の姿が。
 普段の蛇骨の姿には無い何かが、そこにあった。
 それが何なのかは、よく分からない。
 ただ今まで見たことが無いほどに髪を振り乱して四肢を激しく動かして必死で死に物狂いで戦っている蛇骨の姿に、惹きつけられていた。
 一瞬、蛮骨は気が遠くなりそうになった。
 気が遠くなりそうになりながら、また刺激されていた。
 真っ白になりかけた頭の中で、欲望が、じわりと湧いた。
 犯したい。
 性欲ではなかったが、それに限りなく近かった。
 自分の中でもっとも男性的な部分を揺さぶられたような気がした。
 腕の痛みも忘れて、蛮骨は蛮竜を握り締めた。
 振り上げなければ収まりがつかなかった。
 そしてそれを敵の身体ともども地面に叩きつけたとき、なんともいえぬ快感が、身体の中を通り抜けて行ったのが分かった。
 交合の最中に腰を使わなければ収まりがつかないのと似ている。
 再び蛮竜を振りかぶって叩きつけなければ、この気持ちに収まりがつきそうになかった。
 蛮骨の変化を、過敏になった蛇骨の感覚はしっかりと捉えていた。
 一気に鳥肌立った。
 勃起してしまいそうなほどの震えが表皮の上を走っていった。
 完全に、己の敏感さに対して興奮していた。
 その上にさらに、敏感な感覚に伝わってくる蛮骨の気配……声や息遣いや動き方や血の臭いやいろいろなものに、気を昂ぶらせた。
 男を嬲らずにこんな高揚を覚えたのは久しぶりだ。
 そしてその高揚が、蛇骨刀を振るって敵の首を落とすたびに少しずつ快感へと変わっていくのである。
 もう、少し頭がおかしくなっているのかもしれない。
 刀越しに伝わってくる肉の切れる感触や、音が気持ちよかった。
 すぐにイってしまいそうだった。
 身体の中に溜まっていくその快感だけで達してしまいそうだった。
 達しても、またすぐに次が来る。
 終わりの見えない、湧いても湧いても尽きることのない快感だった。


 ある意味どんな性行為より感じて、どんな交合より強烈な快感を覚えた。
 誰に咥えられるよりも気持ちがよくて、誰を犯すより気が昂ぶって、何人相手にしても得られない絶頂感であった。
 たまらなかった。
 たまらなくて、頭がおかしくなりそうだった。
 敵が退却を始めるまでに、それほど時間はかからなかった。
「待ちやがれ!!
 もの凄い形相で、蛇骨が腹の底から叫んだ。
 待てといわれて、しかし敵は待つべくもない。
 次々と姿を消していった。
 だが、
!?
 逃げて行く姿が半分ほどになったところで、急にそれ以上数が減らなくなった。
 蛮骨と蛇骨の前方で、濃い土煙が立ち上っていた。
「大兄貴! 蛇骨!」
 煉骨の声が、聞こえた。
 土煙を上らせたのは凶骨と銀骨だったらしい。
 煉骨と、睡骨と霧骨が、駆け寄ってくるのが見えた。
「大丈夫か!」
 そういう煉骨も、全身傷だらけであった。
「……」
 呆けたような顔をして、蛮骨と蛇骨は駆け寄ってきた三人の方を見た。
「……」
 不意に、腰が抜けたように蛇骨がその場にぺたりと座り込んだ。
 蛮骨は、気が抜けたのか、それとも血を流しすぎたのか、立ったまま気を失くして糸が切れた人形のように崩れ落ちた。


 結局、狙われたのは蛮骨と煉骨の二人であったという。
 昔、二人が参戦した戦に破れた国が、二人を恨んで今度のことに及んだのだという。
 蛮骨の傷が癒えるまでの間、七人隊は雇い主の下で、しばしの休養を得ることができた。
 深い睡眠を、貪ることもできた。
 時折、蛮骨と蛇骨の二人が、同時にではないが、ぼけっと宙を見つめていることがあったという。
 それはおそらく、あの、芯から蕩けるような快楽を覚えた、二人敵陣に切り込んでいったときのことを、思い出している。
 誰もしらない。
 二人だけの。

(了)