黄金色の発明

「気遣い感謝する。しかしエルフ我々に屋根の下の寝床は不要だ。――そうだな、村外れのあの大きな木の根元とこずえを貸してくれればそれでいい」
「し、しかし、村を魔物から守ってくださったお方にそのような」
 と村長はもう一度、村に泊まってくれるよう勧めようとしたが、ゼフィールはかぶりを振り、改めて断った。
「我々は森の戦士。その方がいいのだ――まだ人里に慣れていない者も多い――我々よりもリザードマンたちの方を心配してやってくれ。彼らは一見頑強そうだが、今夜のような肌寒さは身にこたえているだろう」
 ――
 エルフたちは巨木の周りに寄り集まって寝支度をした。根の窪みにすっぽり収まっている者、幹を登ってこずえの上で器用に横になっている者、交代でより高いところまで登り周囲を警戒する役目の者たちもいる。
 ゼフィールも太い幹に背を預け、目をつぶってじっと動かなかった。巨木の中心を根からこずえに向かって流れていく植物の生命の力を分け与えてもらうようなつもりでいた。
 と――その集中をき乱すちょっとした邪魔が入る。
「なあ、よぅ、ゼフィールのダンナ! ダンナってばよ! 村のみんなに何か言ってくれたんだろう? おかげで俺たち助かったぜぇホント」
―――
 ゼフィールが片目だけちらりとまぶたを上げてみると――見なくてもわかってはいたが――バンの巨躯きょくが眼前にぬうとそびえている。
「バン」
「あっもしかして、なんか邪魔しちまったか?」
 とバンはやっと気がついたらしく、「悪ぃ悪ぃ」と赤毛の頭をく。ゼフィールが両目を開けると、バンは暖かそうな毛織物のマント――というよりは毛布のような物を体に巻きつけていて、それをずいぶん嬉しがっているようだった。
「別にそんなことはない」
 とゼフィールは答えた。
「そうか?」
「そのマント――? は暖かそうだ」
「おおそうそう、これよこれ、村のみんなが貸してくれた。リザードマン俺たち全員分だぜ。おかげで今夜冬眠しちまわずに済みそうだ」
「親切にしてもらってよかったな」
「それもエルフのリーダーのおかげだって聞いた」
 と言ったのはバンではなく、彼の後からやって来た仲間のリザードマンの戦士の一人だった。バンと同じようにやはりマントだか毛布だかにくるまっている。バンはゼフィールに「里の仲間だよ」とだけ紹介した。
 ゼフィールが言う。
「私とバンがエステロミア傭兵団と行動をともにしていた頃、寒い夜などにはバンがすっかり参っているのをよく見た」
「地下遺跡に閉じ込められてたって話だろ。こいつから何度も聞かされたよ」
「うむ。そして君たちとは反対にエルフ我々は火が苦手だ。バンがき火の番を代わってくれたこともある。だからつまり、こういったことはお互い様だ。礼を言われるほどのことでもない」
「いいやつだねぇ、アンタの友達」
 バンの仲間は彼の脇を小突いて笑った。それからゼフィールに、
「エルフたちは人里の飯は口に合ったかい」
 と尋ねる。
「私たち家畜の肉の味ってもんを知らなかったからさ、驚いた。美味うまかったけど、まだ慣れないよ」
「私はもうずいぶん慣れた」
 とゼフィールは答えた。
「私はそうだが――他の皆はそれぞれだ。人間が自ら育てた獣や植物の命を奪って食すことに反感を覚える者もいないではない」
「俺は腹がいっぱいになりゃ何でもありがたいや」
 と明快に言うのはバン。
「アンタは単純でいいねぇ」
 仲間のリザードマンはちょっと肩をすくめて見せる。その仕草に――とでも言おうか、ゼフィールはなんとなくしな﹅﹅のようなものを見て取り、「はて」と小首をかしげた。
「すまない、もしや婦人だったか?」
 と聞いてみると、バンの仲間は「そうだけど」と答える。
「これは、失礼をした」
「別に何もされてないよ」
「いや、私の心の内でのこととはいえ決めつけてかかっていて申し訳ない」
「ははは、本当にいいやつだね――ま、他の種族からすりゃ男と見分けがつかないのは仕方ない。女だからって体がふくらんだりしないんだ。私たち子は産んでもお乳をやらないから」
「なるほど――
「だから男ばかりと思われてトカゲ男リザードマンって呼ばれたのかも」
――何か他の呼び方をした方がいいか?」
「いいよ面倒くさいから」
 バンが、
「俺たちってみんなこんな感じさ」
 と横から言った。
「細かいこと気にしてねーんだ」
「アンタは特別気にしなさすぎだけどね」
 三人がそうして話し込んでいるのを、少し離れた物陰からこそこそうかがう小さな目がある。二つ、四つ、六つ――ちょろちょろ動き回るその視線に、バンが気付いて、
「誰だい?」
 と呼びかけた。
 観察者たちが「きゃっ!」と可愛らしい悲鳴を上げる。それを聞いてバンは「なぁんだ」と笑った。
「村のガキどもだぜ」
 物陰から子供たちが飛び出してきて、バンの足元ぐるりにまとわりつく。
「トカゲのにーちゃん、あれ、さっきのアレもっかいやって」
 とせがまれ、バンは快く引き受けて、子供たちを両手にひょいひょいと抱え上げた。そのままぐるぐると回ったり、子供たちを高い肩の上に乗せてやったり。
 リザードマンの巨体の一挙手一投足が子供たちにとってはスリル満点で、そのたびに黄色い歓声が上がる。
「バン、危ないぞ、ほどほどにしておけ」
「子供はのんきでいいねぇ。どの種族でもほんとに可愛い」
 ゼフィールとリザードマンの娘が代わる代わる言う。木の上のエルフたちも騒ぎを聞きつけて、なんだなんだと、こずえの間から姿をのぞかせる。
 そこへ、村の方から子供の母親たちが我が子の後を追ってやって来た。
「これ、おまえたちいい加減にしねぇかね。戦士さんは村のために魔物と戦ってくれてもうお疲れだよ」
 と親に叱られたので、子供たちはしゅんとしてバンの上から降りた。
「トカゲのにーちゃん、ごめんなさい」
「守ってくれてありがとう」
「明日ならいいだろ? また明日あそんでよ」
「おう、明日な。今夜はもう魔物も来ねえから、ゆっくり寝な。俺たちも休んで元気になっとくから。明日はもっと高く持ち上げてやるよ」
 母親たちは子供を迎えに来たばかりではなかった。そろって小脇に布を掛けたかごを抱えており、その中身はまだ温かい焼きたてのビスケットだった。
「夕飯はあんまり食が進まない方もおられたようだから――甘いものなら口に合うかもと思いましてねぇ」
「村の厚意に感謝しなくてはなるまい。確かにエルフにも、リザードマンにも、慣れない食事で戸惑った者はいた」
 とゼフィールが代表してお礼を述べ、木の上のエルフたちを呼んだ。
「皆降りてこい――これは麦を挽いた粉小麦粉牛の乳の脂バター蜜の砂砂糖を混ぜて焼き固めた、人間の発明品だ。どれも我々の森にはないものばかりだが――非常に美味だ」
 ゼフィールは率先して菓子を受け取り、事実嬉しそうに口へ運んだ。
「俺たちももらっていいのかい? やった。美味うまいんだよなこれ」
 バンも手のひらに菓子を載せてもらい、半分は里の仲間の娘に分けてやった。
 地上へ降りてきたエルフたちも、初めこそ黄金こがね色のビスケットの塊をしげしげ見て物珍しげな顔や怪訝けげんそうな顔をしていたが、ゼフィールやバンに倣うことにしたらしく、おずおずと口にし始めた。
 一口食べて目を丸くする。やがて一人、二人と、エルフたちも顔をほころばせていった。

(了)